6日目
アンテナを作ろう。
言い出しっぺはアテナだ。
『どうやってだい?』
面白そうに尋ねる弓張月。
「材料ならあるじゃない。ここに」
アテナは自らの髪の毛を弄びながら言う。
確かに彼女らの髪の毛は一種の導体であり、アンテナでもある。
そして人間のそれと違って、必要な栄養素―――珪素等―――を摂取している限りはあっという間に伸びる。やろうと思えば一日で10mくらいは可能なくらいに。
となれば、あと必要になるのは骨組みと、そして受け取った電磁波を増幅する電子回路。そしてそれを記録する媒体である。
『電子回路はどうする?それともボクらがずっと常駐して接続するのかい?』
「……トランジスタって手作りできるのかなぁ」
考えてなかった顔である。本人の名誉のため誰のとは言わないが。
『シリコンのインゴットを用意して、電気炉で溶かして、溶解と結晶成長を繰り返して不純物を泳動させて純度高めて、清浄な作業環境で冷やした塊切り分けて、微量に有毒物質―――まあこれはボクらには関係ないけど―――しみこませて焼き付けて、半導体にする操作をするなら』
文明が何故分業制なのかよくわかる事案である。
アカンこれ無理や!
やはり道具を作る道具を作る道具を作る事から始めるしかないのであろうか。
でもそこで救いの神が。
『よし。じゃあこれも使おう』
毒を喰らわば皿まで。
弓張月は、へそに指先を突っ込むと、その奥、胎内で生成されている超光速チップを取り出した。どうせ髪という自分たちの肉体の一部を使うなら、もっと使う部位を増やしても問題あるまい。
宇宙戦艦が女性型をしている理由の1つに、『女性は自分と異なる個体を内部で生かす器官を備えている』というものがある。
その鋼鉄の子宮に与えられた役割は、子供を育む代わりに、使い捨ての超光速航行機器を作る事だ。
チップそのものは1日に数個の速度で生成できるが、その使用に多大なエネルギーと計算力を必要とする割に跳躍距離は短い。
そして重要な事だが、このチップは独立した電子機器としても機能する。本体が投げた先に空間の穴を空けて、自らは次元のはざまへと消滅するこの機器は、本体のエネルギーと計算力を使用するためには通信能力が必須だからだ。
「弓張月賢い!その発想はなかったわ」
『髪の毛を使うという発想にびっくりだよ、ボクとしては』
相も変わらず決定したら動きは速い。
昨夜ヘヴリング=ウズと名付けられた惑星に降り立つと土木作業開始である。
あっという間に石材を切り出し、大気圏外に脱出すると、今度は連星の間ではなく、ヘヴリング=ウズを挟んでその裏側にあるラグランジュポイントまで航行。
前回の反省から、ガラス状になるまで溶融・接合させることで石材の接着強度を高める。凄まじい作業速度である。
何度か小休止を挟み、食事と水分補給をしてから再度作業。
数週間でとりあえず骨組みにはなりそう、という事が分かった段階で、今日は休憩する流れになった。。
何せ手作業で作るアンテナである。精度も悪い。
既に完成したシステムである彼女ら自身より優秀に作ろうとすれば、よほど巨大にしなければならないので大変だ。
そんなものを一日二日で作れるはずもない。
まだまだ建造途上のアンテナの上に腰を下ろす2人。
その眼前には、恒星―――この星系の太陽。
天然自然、むき出しの超巨大核融合炉だ。
人類が最初に扱ったエネルギーが太陽光すなわち核融合である、というのも中々示唆的である。いまだに人類のメインエネルギーは核融合なのだから。
この熱源への対策を怠ると、宇宙では酷い目にあう。際限なく温度が上がりすぎてゆで上がる。
というわけで建造中の骨組みの表面は、熱を反射しやすいようにガラス化させられていた。つるつるである。
ガラス職人としても食っていけるのではなかろうかこの宇宙戦艦カップル。
SHAGYAAAAA!
語尾の伸びた、特徴的な鳴き声が脳裏に響き渡る。
2人は通信回線を繋ぎ、強化現実を共有していた。
見ているのは古い映画だ。
口から放射能火炎を吐き出す二足歩行の超巨大怪生物に、大国の都市が蹂躙されていく物語である。
最後は自らの細胞から生み出された超巨大植物と相討ちになるという幕引きだ。
人類の英知も核エネルギーにはかなわないのだろうか(教訓
「…(バリボリ)」
『…(ボリボリ)』
ポップコーン代わりに作業で出た端材を食べている2名。
ちなみに核融合炉が見える場所に浮かんでるからとかそんな理由で選んだわけでは全くない。
二人は映画に深く没入していた。
蹂躙される人類にではなく、敵同士でありながらふたりぼっちでもあった、植物と怪生物に対する共感。
映画が終わったあと、どちらから、という事もなく自然とくっついて目を閉じた。こまめな睡眠は精神の回復には重要だ。
その夜2人が見た夢は、植物の絡みついた太陽をバリボリと怪獣が喰ってしまうというよくわからないものだった。
6日目終了