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10544日目 朝飯後 (外伝)

―――うん、いい旅だねえ。

穏やかな心持ちのジョニーは、無重量バスケットボールを楽しんでいるところであった。

美しい女性や気心知れた仲間と穏やかな時間を過ごし、美味い酒を飲む。これほど贅沢な時間の使い方があるだろうか。

ベッドインできなかった事は残念だが(人造人間に性行機能はない)、貴重な話を聞く事もできた。たまにはこういうのもありだろう。

ささやかな宴席を終えて解散してから、今は各々が船内で楽しんでいるはずだ。

船内に備えられた運動場で、人数が5人のグループに混ぜて貰った彼は、バスケで軽く体を動かした後、礼を言って彼らと別れた。

一通り汗を流し終えたジョニーは、重力区画の更衣室に入るとインナーを脱ぎ捨て、ダストシュートにポイ。

不織物のタオルで汗を拭きとり、駄目押しで送風機で汗を乾燥させてから、シャワー室の超音波シャワーで体の汚れを丹念に落とす。

超音波シャワーは、超音波で浮かび上がらせた垢や汚れを吸引する器具である。見た目は水を使うシャワーに似ているが、押し付けて使うため、背中に届くよう柄が長い。

水を使わないので無重量でも安全で、宇宙ではよく使われる。

汚れを落とし終えると、ジョニーは自販機からインナーを購入して着込んだ。

ちなみに船内で購入できるインナーやタオルは、ダストシュートに入れると繊維にまで分解され、汚れを取り除いたうえで不織物へ再構築されてまたインナーやタオルになる。

宇宙では水での洗浄よりこちらの方が安いのだ。

インナーの上から簡易与圧服を着ると着替え終了。

一般に出回っているものよりもピシッとして、中々格好いいデザインである。

―――さて。どうするかねえ。

とりあえずシアターで映画でも見ようか。この時間は何をやってたっけ?

そんな事を考えているところで、横殴りの衝撃が彼を襲った。

 

さんふらわあ号は、後部に大型のメイン推進器。各部に小型の補助スラスターを搭載した構造になっている。

今、それらの補助スラスターが過剰な光を放出していた。

全方向に均等に推進力を向けているため、船の軌道はおおきくは変わらない。

だが、明らかに異常な挙動に、船体は軋み、振動を始めている。

光圧で推進力を得る現代の推進機関は、限界を超えるエネルギーを流し込まれても推進力には変換しきれない。加熱し、溶融する。最悪、爆発する事も。

それが起きた。

さんふらわあ号各部でいくつもの爆発が起き、それだけでは終わらずに部品の脱落や崩壊が発生。

気密も幾つかの部分で破れた。

即座に応急処置が自動で始まるが、抜本的な対策は行われないまま。

それを行うべきパイロットを事前に失った以上、これ以上の回復は望めない。

多数の乗員乗客の生命は風前の灯火であった。

 

そしてジョニーは、風前の灯火どころか水をぶっかけられた灯火といった有様であった。

具体的には真空間に放り出された。死ぬわ!

石油時代には、宇宙で真空にさらされた人間がどうなるのか色々な説があったのだという。

人類が宇宙で日常的に生活するようになった現在、その謎には無数の実例という回答が与えられている。当事者にとっては有難くない事であるが。

真空に放り出されても人間は即死はしない。別に膨れ上がって破裂したり凍り付いたりということは起きないのだ。即座には。人間の皮膚の頑丈さは偉大である。

ジョニーも今まさに、面の皮の厚さを試されているところであった。

大気ごと船外へ吹き飛ばされた彼は、とにもかくにも簡易与圧服の上着を圧着して締めると、首元の紐を引っ張る事に成功。

襟から広がった透明なフードが頭全部を覆い、自動で締め付けて固着され、与圧まで行われる。

「―――げほっ、げぇ…!」

死ぬかと思った。

とはいえ、気密を確保しただけで、船から急速に離れている状況なのは変わらない。

「……事故か?」

彼の着ている簡易与圧服は本当に簡易で、ごく短時間の気密性を確保する機能しかない。本来は半ばファッション目的の衣類である。

とはいえそれで助かっているのだから世の中分からないが。

救難信号を出そうとしたジョニーは、さんふらわあ号の姿を見て思いとどまった。

「……おぃおぃおぃ」

各部のスラスターが同様に暴走して吹き飛んだのが明らかな姿。

「海賊ギルドのスペースジャックじゃねえか…」

彼にとってなじみのある手口とそっくりであった。

救難信号はなしだ。どうせ助けは来てくれない。それどころか下手に生きているのを知られたら撃たれる。

全身きり揉み回転しながら飛ばされているのを何とかしなければどちらにせよ死体になるわけだが。

腕に嵌めた携帯端末を指ではじく。

事前に幾つか入力しておいた裏コマンドを活性化。


さんふらわあ前部には、軽宇宙機の駐機スペースがある。

外部を密閉されていない開放空間で、船の表面に乗客が持ち込んだ小型の宇宙船を停めるのだ。

その中にある1機、繭のような形状の機体が動き始めた。

短距離航行用のアストロバイクだ。同一軌道上にあるコロニー間などの移動に用いるタイプに似ている。一応気密を保つが非常に狭い。

固定金具を弾き飛ばしながらバイクは飛翔。空中で軌道を整え、ジョニーへ向けて一直線に飛んでくる。

ジョニーの前を通り過ぎる寸前、アストロバイクは逆噴射。速度を同期すると、外郭を開放してジョニーを飲み込む。

外郭が閉じると同時に大気が満ち、バイク内部は与圧済みに。

「……ぷはっ」

簡易与圧服内の大気はそろそろ汚れて窒息死するところであった。危ない。

ヘルメット部分を跳ね上げて新鮮な空気をたっぷり吸いこむと、操縦機器をチェック。

「おう、よく整備してあんなあ」

ちなみにこのバイク、ジョニーのものではない。城太郎の私物である。

緊急時用に裏コマンドを入れさせておいたのだが役に立つとは。

後で城太郎に一杯奢ってやらなければなるまい。

計器は正常。エネルギーも十分に残っている。

センサーで確認した限り、さんふらわあは加減速なし。エンジンは沈黙、本来ならばその船尾の推進器から減速のための微弱な噴射がなければおかしいはずである。

ジョニーはバイクのエンジンに火を入れると、さんふらわあの針路上に飛翔。船体に正対すると、そのまま接近する。

宇宙船のセンサーの伝統的な死角はエンジンの噴射方向だ。

進行方向へエンジンを向けたさんふらわあは、至近距離の小さな物体に対して完全な盲目であった。

本来小さなデプリ程度は噴射で弾き飛ばせるため、それも問題ではないはずなのだが。

乗船時に船内図で確認した、非常用エアロックを探して接近。

みつけた。

バイクはさんふらわあに接近。アーム展開。船体へ固定。ファンデルワールス力を利用した接着機構は確実な固定を可能にする。

深呼吸したジョニーは、再び与圧服のフード部分を被りなおすとバイク内を減圧。

空気がなくなったところで外郭を展開し、エアロックに取りつく。

共通規格のエアロックは最悪の事態に備え、手動でも開放が可能である。

するりと船内に侵入したジョニーは、扉を閉めると慣れた手つきで船内端末を操作。エアロックの動作警報をkillしてから与圧する。

船内ネットワークを慎重に調べると、やはり自動による応急処置以外行われていないようだ。十中八九間違いない。事故ではなく事件である。

「なんで休暇中まで仕事するハメになるかね」

ワーカホリックじゃあないはずだったのだが。ついていない。

とりあえず彼は、仲間たちとの通信確保を考えた。後、船内で顔見知りと言えば

「カーリィさんは……まあ大丈夫だろうな」

彼女は身ひとつで、衛生軌道上から地表の小都市くらいなら焼き払えるほどの戦闘能力を持つ。心配するだけ無駄だと苦笑するジョニー。

むしろこっちが心配される側だろう。

―――まあいい、アテにさせてもらおう。

ひょっとしたら伝説の片鱗くらいは拝ませてもらえるかもしれない。

こうして彼は、船内の探索を開始した。


10544日目 朝飯後

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