10544日目 開始 (外伝)
ちょっと息抜きに外伝です。
『超光速航行は無事終了いたしました。シートベルトを外していただいて結構でございます。重力区画はただいまより営業を開始いたしました。目的地到達は船内時間で明後日の午前8時の予定です。
それでは皆様がた、よい旅を』
恒星間貨客船さんふらわあ号、胴体部の客室にそんな放送がながれた。
すぐに、ずらりと並んだ客席に座る乗客たちはシートベルトを外し、体を伸ばしたり、連れとおしゃべりしたりと思い思いに過ごし始める。
そんな中、カーリィは一人物思いにふけっていた。
「おぅ、こんな美人さんが乗ってたのに気づかなかったとは、僕としたことが不覚を取ったかな?」
カーリィが声のした方を見やると、そこにはポークハイハットを傾けた伊達男の姿。
その後ろには和服でサムライ風の男と、スーツの男もいる。全員30代くらいだろうか。
「お嬢さん、よろしかったら僕らと一緒にお食事でもどうですか?」
この男、嫌味にならない程度にこういうしぐさが出来るあたり中々やるかもしれない。
そんな事を思いつつも、カーリィは彼らの勘違いを訂正してやるために、耳元へ手をやった。
『お嬢さんと言っていただけるのは嬉しいのだけれど、私、こう見えて結構おばあさんですよ?』
声帯を持たないため、乗客に使用を開放されている船内の指向性マイクを使い、カーリィは男へ言葉を伝える。
髪をかき分けた中にあったのは、金属製の感覚器官。真空間用人造人間の証だ。
「おおっと、こりゃ失礼。お詫びに、僕に一杯おごらせてくれませんか」
『お上手だこと。それではご相伴に預からせていただきますね』
重力区画にあるラウンジまで降りて来た4人は、テーブル席を確保すると注文ボタンをぽちり。
集音マイクが作動し、人工知能が注文を確認する。
『じゃあ私は重水素水に岩塩を』
「僕はウィスキーをロックで」
「芋焼酎を頼む」
「ビールで」
ちなみに重水素水は重水素を多めに含有させた、核融合駆動型人造人間用の飲料である。石油時代に存在したという偽科学の産物とは何の関係もない。
足元が全面強化ガラスで宇宙空間を見渡せる、という視界がよすぎて広場恐怖症の人間には辛いラウンジの客入りはぽつりぽつりだ。
「あ、僕はジョニー。そっちのノッポがジェイクで、サムライが城太郎です」
紹介されたスーツの巨漢と、和服のサムライは会釈。
『まあ、三人ともJなんですね?』
「ええ。なのでJ3って名乗ってます」
『面白いですね。皆さんのご関係は?』
「同業者仲間なんですよ。たまには一緒に旅行しようってなりまして。あなたはどちらまで?」
『実は、400年前に死んだはずの姉が見つかりまして』
「ほう!では、ニュースでやっていたあの…?」
『ええ。それで、取るものもとりあえず、こうしてやってきた次第です』
「と、言う事は第一次知財大戦に従軍されておられた?…まさかあなたは、戦乙女級戦艦ですか!」
『よくご存じですね。私みたいな旧式戦艦の事を』
そこで、今まで話を聞いていたジェイクがニカッと笑みを浮かべた。
「こいつは戦史研究が趣味でしてねえ。とはいえ、あなた方の事を知らない奴ぁ、宇宙で荒事してる者の中にゃいないでしょうな」
『あら、何か軍関係のお仕事を?』
それに答えたのは城太郎。
「我らは海賊狩人を生業にしている」
『なるほど……失礼ながら、個性的な方々だと思っておりました』
「それは僕らには最大級の賛辞ですよ。さて、あなたは何番艦…いや待ってくださいね、当ててみますから」
『あらあら』
「《パラス・アテナ》は7番艦だから、それがお姉さんということは8番艦以降、現ぞ…失礼、…となると……濡れるような黒髪、11番艦 《モリーアン》 ですか?」
『惜しい。12番艦 《カーリィ》 です。モリーアンは32年前に会ったきりで、最近はどこで何をしているのやら。クリスマスカードは毎年送ってくるんですけどね』
人造人間型宇宙戦艦の生物学的な寿命はほぼ永久と言われている。少なくとも現時点では老衰で死亡した者はいない。
そのため、市井にはたまにとんでもないお婆さんの宇宙戦艦が若い姿のままで生活していたりもする。
なお、登場が古い時期だったこともあり、一時は人造人間型宇宙戦艦は他の兵器に押されて下火になったのだが、最近の過激化する宇宙海賊相手の非対称戦―――海賊戦争と言われる―――で見直され、現在では装備は更新されつつ旧来型構造の個体の生産数が増大している。
通常兵器と比較すると非常に安価な維持コストで、海賊船を相手にするには十分以上の戦力が配備可能である。最近では民間輸送船2隻に、護衛として3人の宇宙戦艦を乗せるという計画もあるらしい。何かしら表現が奇妙とよく言われる事案ではあるが(輸送船に宇宙戦”艦”を乗せるなんて!)
今の会社に雇われるきっかけが警備主任としてだったカーリィとしては、海賊は頭の痛い問題であると同時に飯の種でもある。
「いやあ、それにしてもめでたいですね。お祝い申し上げますよ」
『ありがとうございます。姉が聞いたらきっと喜びます』
そこに、台座からマジックアームが伸びたロボットがやってきた。上には各自注文した飲み物が乗っている。
「それじゃあ、僕らの出会いと、お姉さんに乾杯!」
ジョニーの音頭に皆が唱和する。
「「『乾杯!!』」」
カチン
貨客船さんふらわあ号は、恒星間航行を行う定期便である。
大きな貨物室を備え、そこそこの居住性。数日から数週間の航海を前提にしておりそれなりには快適な旅が可能な標準船だ。
その運航は高度に自動化され、今回のような短期航海ではパイロット2名だけで航行が可能だ。
『おーい、開けてくれ』
インターホン越しに、トイレへ行っていた機長の声が響いた。
「今開けますよ、っと」
音楽を聞いてリラックスしていたサブパイロットは、機長の呼びかけに合わせてドアの開閉スイッチを入れた。
テロ対策として、ブリッジへのドアは内側からでなければ開けられない構造になっている。
「おかえ―――え?」
振り返ったサブパイロットの顔面は、無数の針によってグチャグチャになり、眼窩を抜けた針によって脳まで破壊されて即死した。
彼の瞳に焼き付いた最後の光景は、顔面蒼白な機長と、その後ろにいる、銃を構えた2人の男の姿だった。
「ひ、ひぃ!?」
「ありがとよ。おかげで楽できたぜ」
ロクに確認もせずにドアを開けた間抜けなサブパイロットの死体を脇にどかし、ゴーグルをつけた男は手にしたメモリをポートへ差し込む。
「何分かかる?」
「6分」
キーボードを叩く音が静かな空間に響く。
冷酷な振る舞いを平然と行う男たちに、機長は震えあがっていた。
「こ……これで子供と妻の命は助けてくれるんだろうな?」
「おっと、そうだ。まだいたんだな。もういいよ」
もう一人の男は、無造作に機長の口へニードルガンを押し込むと、引き金を引く。
結果は即死。
「天国で家族水入らずに過ごせや」
やがて、インストールが終わった表示が出ると、ゴーグル男はメモリを引き抜いた。
「終わったぜ」
「分かった。ボスに合図を出せ」
ゴーグル男がキーを叩くと、船内の回線を通じて一つの電子情報が飛び交った。
―――ぴ
「成功だ。始めるぞ」
非常灯のみが点灯した空間で、面覆いをした男たちを前に、まだ少年と言っていいほど若い優男が命じた。
男たちは無言のまま散っていく。
その手には銃器が握られていた。
10544日目 開始