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308日目

おそらく人類史上初である、妊婦の宇宙戦艦である少女は、布団の上でダウンしていた。

昨夜からお腹の痛みが激しい。

多分初の宇宙戦艦が宇宙戦艦を出産する事案なので(なんという字面だ)適切な表現が浮かばないが、あれだ、人間で言うなら陣痛という奴ではないか。

『あ』

ふと大事なことを思い出した弓張月。

そうだ育てる事ばっかり考えてたけどどうやってお腹から出すのこの赤ちゃん。

入ってきた穴は小さすぎて出られない。

そこまで広がるようにはできていない。

「……切るかなあ」

久しぶりに肉声―――というか電波発信の声。

刃物で掻っ捌いて穴を広げても別に死にはしないしすぐに治る。

そうだ。人間も帝王切開をするじゃないか。

『だんだん行き当たりばったりになってるな、ボク――』

行き当たりばったり担当がいないので自分が行き当たりばったりにならざるを得ない。

強いられているんだ!(誰にだ

弓張月は準備を開始した。


医務室の床に正座すると、武装形態になった弓張月は背中から刃を抜いた。

色々検討した結果、ハラキリいわゆる切腹という奴が一番効率的かつ上手にお腹を切開できるという結論に達したからだ。

ただし切腹と切る場所が異なる。

刃を下腹部に当て、戸惑う。

『……アテナ、ボクに力を―――』

一気に切開。

刃を投げ捨て、手で切れ目を広げる。

中から―――少女の膨れたお腹の中から、小さな小さな赤ん坊が、出て来た。

へその緒でつながった少女と赤ん坊。

「おかえり、アテナ―――」

レーザー受光器官がまだ発達していない赤ん坊へ向けて、弓張月は電磁波の声を発した。

産湯を用意した。

別に宇宙戦艦は100度の熱湯に突っ込まれようが火傷するわけではないが、温度は慎重に調整。

弱いとはいえ人工重力と与圧はこういうとき必須である。

少女は小さな容器に満たしたお湯へ、赤ん坊のアテナをゆっくりとつける。

泣きはしない。

彼女の中にはアテナとしての記憶が全部詰まっている。

ただ、体が小さすぎて―――すなわち液体コンピュータの容積が小さすぎて、複雑な思考をするだけの知性が確保できていないだけだ。

きちんと成長して、元の体格にまで戻ればきっと以前のアテナが戻ってくる。

赤ん坊から体液をさっぱりと洗い流し、水分をしっかりふき取り、そして用意してあった服を着せる。

じーっと弓張月を見つめるアテナ。

その視線の先には、豊満なおっぱい。

赤ん坊とおっぱいが揃えばやるべきことは一つだ。

「大丈夫……ちゃんと準備したから」

弓張月は、非武装状態でも胸を覆っている一部の装甲を消去すると、赤ん坊にそれをくわえさせた。

新鮮な体液が、乳房内で加工されて栄養満点な液体となり、赤ん坊の口へと届く。

一心不乱にそれを飲みほす赤ん坊のアテナ。ひょっとして君自意識しっかりしてないかい?

と思うくらい熱心だ。

「おいしいかい?」

アテナは答えない。

だが宇宙戦艦が摂取できるものとしてはおそらくトップクラスに美味な筈だ。宇宙戦艦が一番おいしいと感じるのは宇宙戦艦の体組織であるから。

やがて、お腹いっぱいになって満足したのか、眠りに落ちる赤ん坊。

『……ありがとう。アテナ。ふたりでいるのがこんなに幸せだなんて思わなかった。帰ってきてくれて、本当にありがとう……』

弓張月は赤ん坊を大切に抱きしめると、いつまでもその姿勢のままでいた。


308日目終了。

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