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220日目

朝。

目覚めた弓張月は、船内で発見してきた宇宙蝋燭(宇宙船用仏具)とスペース線香(やはり宇宙船用仏具)に光を灯し、コズミック仏壇(無重力対応)へ収めた手掘りの位牌に手を合わせる。

それはここ数日の日課であった。

現実にはアテナは生きている―――というかこれから作り直す―――のだが、やはり気持ちの整理を付けたかったからだ。

数分の間手を合わせたまま閉じていた瞳を開くと、彼女は立ち上がった。


暗く閉ざされた冷蔵庫の中に光が差し込む。

その扉が開かれたのだ。

身重の少女は、大切に収められていた幾つかの血液パックのうち、1つを取り出した。

お腹に手を当て微笑を浮かべる。

『あっ。蹴った』

胎内の赤ん坊は順調に育っているようだ。

―――このまま赤ん坊を育て上げてもそれは、弓張月の記憶を持つアテナができるだけだ。

彼女のメンタリティを復元するためには、血液コンピューターの移植が必要であった。

原理はさほど難しくない。

輸血と同じである。

手順はこうだ。

アテナの血液を弓張月に流し込み、体内で変異した成分を除去したものを、アテナの中に流し込む。

先日、アテナの最期の想いを秘めた血を弓張月は啜った。その記憶は、少女の中に溶け込み、しっかりとお腹の子にも伝わったはずだ。

だが、やはり状態が悪化する前の血液も与える必要がある。

その方が記憶の欠損も減るからだ。

医務室まで行って己の血管に針を刺すと、弓張月は輸血を開始した。

弓張月が己の体組織を割いて育んでいる子は、おそらく近日中には生まれてくることだろう。

へその緒で繋がっているので、彼女の知覚野が見える。

自分の子宮の中を直接確認できるというのも中々できる経験ではない。

暖かくて、真っ暗で、穏やかで、液体に満たされた狭い空間。

一方、子の方にも弓張月の気持ちが伝わっているはずだ。

同じ血液コンピュータが循環しているのだから。

もっとも、まだ胎児のアテナに知性はほぼない。

体積が小さすぎて、人間としての知性を発揮できる程の血液量がまだないからだ。

言い換えると宇宙戦艦は、ダメージを受ければ受けるほど馬鹿になるという事でもあったりする。

『アテナ……早く出ておいで。一人は寂しいよ……』

彼女らを生み出した人々はこれを想像していたのだろうか。

人の手を離れた知性体が、複製とはいえ繁殖を始めたという事実を。

新たな種族としての宇宙戦艦の始まりはこの時だったのかもしれない。


220日目終了。

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