10544日目 朝のティータイム(外伝)
文章のキレが悪いので気分転換に外伝です。久しぶりです。
爆発が起こった時、ジェイクは何をしていたかというと、子供の群れに揉まれていた。
なんで揉まれていたかというと、マジシャンが様々な手品をやっているところを子供たちに交じって見ていた。
こういうものは時代が変わっても変わらないものだ。
むしろ低重力を利用して様々な芸当をやってのけるマジシャンは過去のそれより進化していたと言えよう。
のんびりとその光景を見ていたジェイクは、だから何の警戒もしていなかった。
船体じゅうで爆発音が響いたその時までは。
「何かに掴まれ!」
船の与圧が破れた時、噴き出す大気の反動で大きく船は揺れることがある。
ジェイクも即座に手すりを掴んだ。
悲鳴が鳴りやまない。
振動と爆発は数分かけて断続的に起き、唐突にやんだ。
この区画の気密は破られていないようだ。
「あいててて……」
こういう緊急時はどうすればいいのかと言えば、宇宙服を手に入れる、特に厳重に防御された区画に避難するなどがあるが、どこが安全なのかの情報が必要だ。
だが、避難を指示するはずのアナウンスは流れてこない。
「おかしいですな」
上半身裸にターバンを巻いた謎のインド人が、ロープと蓋つきの籠を片手にジェイクへと声をかけて来た。
最も宇宙慣れしていそうだと思ったのだろう。
「ああ。とりあえず船内情報を知らないとヤバイなこりゃあ」
「さてどうし」
銃声。
老いたインド人―――マジシャンの言葉を無作法にも遮ったのは、古式ゆかしい火薬発射式の銃であった。
勿論当たれば死ぬ。
「すいませんねぇ、お楽しみの所。さて、乗客の皆さんには今から言うとおりにしていただきます」
言いながらホールに入ってきたのは、銃を持った馬面の―――もとい馬のマスクを付けた男。
「な、なんだあん―――ぎゃっ!?」
「あ、言う事を聞いていただけない場合こうなります。何か質問は?」
その後ろから、数人の男たちがニードルガンを手に走り込んでくる。
硝煙漂う拳銃を片手に、誰何しようとした中年のおっちゃんを撃ち殺した馬面。
動こうとするものはもう誰もいない。
「スペースジャック……」
ジェイクは緊張した面持ちで呟いた。
「まいりましたなこりゃぁ……」
インド人も同じ面持ちのはずだ。
周囲を見回しても、武装した男たちに囲まれており逃げ場がない。
それに下手に動いて、他の乗客が射殺されるわけにもいくまい。
「……お兄さん、腕に覚えがおありですな?」
「まぁな。でもこりゃ無理だよ」
「ほっほっほ、よろしい。私がなんとかいたしましょう」
「お、おいっ」
なんと謎のインド人、男たちの前へと堂々と進み出たではないか。
「なんだぁ?」
「なぁに、ただの手品師でございますよ。さあて寄ってらっしゃい見てらっしゃい」
馬面は怪訝な雰囲気―――顔は当然ながら見えない―――をしているものの、銃を向ける様子は今のところない。
その間にインド人はロープの束を床に下ろすと、笛を吹き始めた。
縦笛である。
うにょうにょうにょ
ロープが波打ちだし、まるで蛇のように先端をもたげた。
そしてそのまま、真上に伸びる伸びる。
すぐ天井に―――否。
天井がない。
皆の頭上には青空が広がっていた。
「……へ?え、ここは宇宙船の中だぞ!?」
馬面が空へ発砲。
……虚しく銃声が響く。
銃弾は虚空に呑まれた。
ロープの先が見えなくなるほど高くまで伸びても、ロープが尽きる様子はない。
インド人は笛を収めると、ロープに掴まる。
「ほっほっほ、ではさらばですぞ」
ロープにゆらゆら運ばれて、インド人は天高く去っていく。
「さぁさ、みんないらっしゃい」
そのインド人の言葉に、子供たちがわっと集まり、ロープに掴まった。
大勢掴まってもロープは頑丈であった。
ゆらゆらと大勢の人を乗せたまま、天高く。
やがて、皆が見えなくなり、残されたロープが尽きる。
最後に残った下端はプラプラと揺れながら、上空へと昇って行った。
一部始終を眺めていた馬面と武装集団は、はっと我に返るとあたりを見回す。
誰もいない。
まるでハーメルンの笛吹男である。
「くそっ!?なんだ、何がどーなってんだ!?」
悪態をつきながら彼らはその場から去って行った。
無理もない。
そして、誰もいなくなったはずのホールで。
「さて、お楽しみいただけましたかな」
ロープを抱えたままインド人はお辞儀。
まるで夢だったかのように、残された子供たちやジェイクや乗客たちは、ぽかーんとしていた。
「……すげぇ手品だったな。どうやったんだ?」
ジェイクの目には、インド人が馬面たちの前に行ったとたん、奴らがぼーっとして動かなくなったように見えた。その後、乗客が見えていないかのように去って行った。まるで催眠術だ。
「手品の種はご勘弁ください。商売ですので」
手品の種を明かす手品師はいない。
「まぁ、いつもならばお客様にあれで楽しんでいただいている、とだけは」
苦笑するジェイク。
インド人は敵に回さないで置こう。心底そう思った。
10544日目 朝のティータイム




