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3日目

「暑い」

『暑いというか熱いね…』

片面だけが過熱しないよう、ゆっくりと回転するアテナと弓張月。

連星の隙間、真横から恒星が容赦なく照り付ける。慈悲の心はないのだろうか。

なお北風と太陽の逸話の如くふたりが服を脱ぎ捨てて耐えるのは不可能である。何故なら作戦行動中の宇宙戦艦は服なんて着ないからだ。着ていないものをどうやってキャストオフせよというのか。

見えたらまずい部分には装甲―――に見える生体組織―――が張り付いているが、別になくてもあんまり問題はない。乳首や性器なんて彼女らにはついていないからだ。

でもへそと排泄口はある。

その他、腰から後方に光圧で推進する光子ロケットを据えたスラスター、脚には放熱板がついており、全体的な印象は石油時代のジェット戦闘機と融合したかのよう。

今更ながらの外見解説である。まさか作者が忘れていたとは口が裂けても言えないので書いておく。

「…これは必要ね」

『なに?』

「家よ」

連星は超木星級のガスジャイアントと、500mの津波が表面を常に巡っている水の惑星である。どう考えても降りて居住するのは不可能だ。

『家か……何をするにしても拠点は必要だしね』

現状では身一つで可能な事しかできない。

生身で恒星間航行すら可能な超生命体が2人も揃って鉄鍋を作る事もできやしないのだ。

それを考えれば、家を作るのはいいアイデアではないかと思える。

安定した場所さえあれば、そこで様々な物資を造ったり、集積したりできるはずだ。

問題はどこに何を使ってどうやって作るか。

「場所はここでいいんじゃないかな」

『まあ、ラグランジュポイントしか選択肢はないね』

加工と言っても原材料をせいぜい切ったり割ったりくらいしかできそうにない。

ガスジャイアントの底まで行けば氷はあるかもしれないが、太陽熱には抗しきれそうにない。

波の惑星の方は水と岩盤。

岩を持ってこれるのは実証済みである。

「……岩で組んでみる?」

設計開始。

2人の間に立体図が現れる。

運べる重量、自分たちの能力の範囲でできる加工精度の計算。強度。

もろもろの要因をシミュレートする。

結論。

惑星上で岩を切り出し、宇宙空間まで運び、組み立てて建物を作る。

別に気密性などなくていいのだ。

 

さすがに3度目の海面ともなると危なげなく作業を開始する。

海面に降り立った2人はレーザーを素早く斜めに構えると、水面をぶち抜いて照射。三角柱を切り出した。

いや、やろうとした。

水蒸気爆発。

「ぷぎゃー!?」『―――ザ――ザッ――――!?』

人間ならミンチになってた。

気を取り直してやり直し。今度は水面に砲を突き込み、できるだけ岩から近く。慎重に。

うまくいった。

どうしても砲口に水が流れ込んでくる中攻撃用レーザーを照射しているため、湯気が凄まじいがなんとかやりとげる。

『じゃあ持ち上げるよ?』

「よっと」

二人は横に並ぶと石柱を抱き上げた。

波が来る前に飛び上がらなければならない。

「急ぐわよ」

飛翔。

と同時にボキッ。

『え?』

石柱が折れた。

重量バランスの変化についていけず、アテナが顔面から墜落。まだ速度が出ていなくてよかった。

咄嗟に折れた石柱を投げ捨てた弓張月はふらつきながらも安定。アテナの真横に着陸する。

『大丈夫かい?』

「……ま、まあなんとかね」

別に顔面から岩石質の海底とキスするハメになっても、宇宙戦艦にとっては屁ほどのダメージでもない。でも屈辱的ではある。

『いったん波を避けるよ』

「りょーかい」

 

数々の小失敗をしながらも最初の1つを切り出し、軌道上まで持ち上げてからは後は早かった。

石切り場と名付けた場所から大量の石材を持ってあげる事に成功する。

石油時代の宇宙技術者が見たらよだれを垂らして羨ましがりそうな運搬能力である。瞬間的に1000G、通常航行でも20Gは余裕で出せる―――しかも推進剤がいらない―――ので大気圏脱出は簡単だ。

次なる問題は組み立てであった。

『あ、そんな乱暴にしたら』

「いいのよこれくらい――あっ」

石油時代の宇宙技術者が見たら泣き出しそうな乱雑さである。

余裕を見て大目に石材を切り出してきてよかった。

釘も接着剤も使わないいわゆるノッチ組みぽいもので、石造の宇宙ステーションが完成しつつある。

接合に重力を頼れないので割と大変ではあったが。

そして―――

 

「でーきーたー!」

『やったね』

真空間にぽつねんと浮かぶ石造りの小屋。

シュールな光景である。

恒星熱に耐えるためにゆっくりと回転するそれは、多面体に長い柱が何本も突き出ているような外見をしていた。

昔の人が見れば天空に浮かぶ神殿だと考えたかもしれない。

入口は折り返すように作られ、陽光が差し込まないようになっていた。可動部は危険という判断からドアはない。

さて。

この段階で一つ問題が生じた。

「一番乗りの権利は私にあると思うの」

『石材を幾つもへし折ったのに?』

「う”……」

引きつった顔になるアテナ。

とはいえ彼女も負けてはいない。

「そういう弓張月こそ人の頭に柱をぶつけたでしょ!」

『あれは謝ったじゃないか!』

レベルの低い争いである。

『あ~もう。じゃああれで決めようか』

「あれ?」

『じゃんけん』

多分人類史上初、敵対する陣営同士の宇宙戦艦が行うじゃんけん勝負であった。

『最初h―――』「からパー!」

流石は勝利の女神の名を冠されているだけのことはあり、勝つためならば手段を択ばないアテナであった。

負けたけど。

『なんでそんな手が通用すると思うのかな……』

あきれ顔のまま小屋に入っていく弓張月。その後から悔しそうなアテナ。

まあ中は殺風景で何もないのだが。

「さて―――」

アテナの姿が揺らいだ。。

スラスター、放熱板、砲、その他人体にはありえない器官が消える。

不必要な戦闘用器官を収納したのだ。

量子的不確定性を帯びた彼女らの肉体は、必要に応じて複数の形を行き来する。

「―――つっかれたぁ……」

要所を装甲が覆っただけの姿で壁にごろん、とへばりつくアテナ。

『じゃあボクも』

右目の眼帯のような集積センサーが消えて肉眼が露わに。

背中にぶら下げた刀とその鞘、腰の砲塔、スラスターと放熱板が消失。

フラットだったそのボディは、武装の消失と同時に膨れ、程よい肉付きとなる。

人類は未だ、質量保存の法則に抗う術を持たない。何かが消えれば何かが増えるのが道理である。

変化はそれだけにとどまらず、髪の毛が伸びて全身を覆い尽くすほどに。

更には頭から2つ、ピョコン、と三角に尖った髪の塊が。まるで獣の耳である。

実際に集音機能があるのかもしれない。

アテナは変化が目立たないように設計されていたが、弓張月は露骨なまでの変貌であった。

―――やっぱり可愛くない?この娘―――

つい先日も思ったことをもう一度思い返すアテナ。

「化けたわね……」

『化けたは酷いな……ひとを狐か狸みたいに』

「その耳出しながら言っても説得力ないと思うな」

なお、よく見れば弓張月は、あるべき場所に耳がついていなかった。

別に耳がなくても皮膚で振動を感じ取れるし、何ならレーザーセンサーで物体の振動から音を拾う事もできるのだが。

徹底的に真空中での運用を考慮しているのが宇宙戦艦の特徴だ。

『これはね……やっぱり耳があった方が、家族と過ごすには便利だったからね』

おや、とアテナは意外そうな顔。

「家族いたの?」

『ああ。ボクは人間の家庭で育てられたから。おかげでスピーカーが手放せなかったよ』

人造人間が人間の家庭で育てられる事自体は実は珍しくない。

かつて人工知能の発達によって、人間の仕事は失われるだろうと言われていたが、実際は失われた仕事がある一方で新たな仕事が生まれもした。

農作業が機械化されて人手が不要になる一方、農業機械の製造・整備・販売の仕事が生まれたように。

そのうちの一つが人工有体知性の養育である。

人間を模した構造と知性を持つ人造人間に膨大な量の情報を学習させるのは容易ではない。

石油時代には、「常識」を人工知能にインプットさせるプロジェクトがあったというが、30年かかってもなおそれは終わらなかったという。

とてもそんな面倒な手段を取る事はできない。

そこで人類は、人類が伝統的に行って来た方法に多少の改良を加える事で、人造人間の学習を促す事にした。

生物的な「本能」をインプットされ、普通の人間の子供のように養育された人造人間は、人間がどのようなものかをきちんと理解し、自我を確立させる。

それを短期間で行うための「里親」は、高度な資格を必要とする特殊技能職である。人気も高い。

弓張月はきっと、愛情を注がれて育ったのだろう。それが分かる育ちの良さがにじみ出ている。

『父が軍人だったんだ。その縁で、建造されたボクを育ててくれたんだよ。母さんが資格を持っていたからね。1年くらいで軍に入って、一通り訓練を受けてから実戦配備された』

人造人間は高価で高性能だ。その大半は国家や大企業の費用で建造され、危険で困難、かつ高度な作業に投入される。

とはいえ、条件付きだが人権はあるし、高給もでるし、休暇を愉しんだり、なんなら人間と婚姻関係を結ぶ事すらできる。よほど旧式化して性能が陳腐化でもしない限り職業選択の自由はないが。

要は、人間の家庭で育った人造人間は、だいたいは人間と同じということだ。

「そっかー。私は研究所で育ったからねえ。12人姉妹の真ん中」

アテナが製造されたのは軍の研究所でだ。実験的に建造された最初の戦艦の1隻である。

数多くの試験を経て、宇宙戦艦としての戦術・戦略を確立させた存在と言える。

一通り実験を終え、戦争が勃発すると同時に彼女と姉妹たちは戦場へ動員された。

「あの頃は楽しかったなあ。皆でお風呂入ってる時に喧嘩して、気密をうっかり破ったり」

輸送船を改造した仮装空母相手の演習では、人工知能と人間のオペレーターが遠隔操作する艦載機を圧倒し、あっさりと相手を撃沈判定に追い込んで勝利したり。

人間の食べ物をどうしても食べてみたくて、こっそり研究員が隠していたケーキを食べたら味覚の違いから激マズだったり。

『なんだか聞いてるとイタズラばっかりだねえ』

「まあね」

故郷に帰られるのはいつ頃になるのだろう。

深く考えると泣けてきた。

慌てて話題を変える。

「それにしても……ちょっと狡いなあ弓張月は」

『なにが?』

「いや、その毛、もふもふしてて気持ちよさそうかな、って」

『そうかなあ?入ってみる?』

「え?いいの?入る入る!」

くっつき、弓張月の髪の毛にくるまって眠る2人。

話し込んでいるうち、瞼が重くなり、そして―――


 

三日目終了


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