214日目午前
人間の感覚というのは割といい加減なもので(いや偉大なのかもしれないが)仮想空間にそこらじゅう抜けがあっても、適切なアイコンを配置しておけば細かい部分は勝手に自分で補完してしまう。
いや、意識する範囲を自ら狭めているのかもしれない。
宇宙戦艦のデータ構造体の中は、遥か過去の石油時代、天才たちが生み出したGUI―――グラフィカルユーザーインターフェイスの発展形である。
3D壁紙の空間にそこらじゅうアイコンが浮かんでいる形だ。
ただしそのアイコンが割と立体感溢れているのが違う。
ダブルクリックすれば開き、開いたら中に入る事もできる。
弓張月が探しているのは、アテナの体構造に関わる全てだ。
彼女の全てを別のハードウェアへ移植しようとしているのだから、まずはその設計図がなければ話にならない。
つい先日酩酊へのアレルギー反応対策(ちなみに移植免疫とは別の免疫系が起因する)でお互いに情報を開放しあったから、認証鍵はある。
アテナの意識がない今、彼女の全て―――それこそ魂そのものを書き換えて作り変える事もできるだろう。
思えば、あの時既に彼女は予想していたのかもしれない。
認証鍵が必要になるかもしれない、と。
『…それはそれとして整理しようよアテナ……』
宇宙戦艦の記憶。
人格と深く結びついた記憶は基本的にはごちゃごちゃしているものだが(それでも人間のそれよりははるかにすっきりしている)、システム関連は通常すっきりしているはずである。
何せメンテナンスをやらなければならない。宇宙戦艦の心の中にGUIが備わっているのも、人間の技術者が後でいじれるようにするためだ。
が、アテナの中身はしっちゃかめっちゃかに散らかっていた。
まぁデータが散らかっているだけならまだ分かる。
でもなんで口の空いたダンボール箱が転がってて、中身がこぼれてるわけ?
なんでアイコンがこんなに凝ってるの!?
以前アテナの中に入れて貰った時はやたら整理されていたように見えたのだが、猫被ってたらしい。それも巨大なのを。
『隠さなくてもいいのに……』
どうやら見栄っ張りらしい。我らが女神さまは。
この中から、アテナの設計図を掘り返さないといけない。
弓張月は虚空からエプロンと箒と塵取りを取り出すと、自らのアバターに被せる。
『さあ、やるぞ!!』
弓張月は気合を入れた。裸エプロンで。
214日目午前終了。




