表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/39

213日目

幾つか仮説を立てた。

体の自己改造中は動けないから、弓張月は検証をひたすら繰り返している。

癌は遺伝子(宇宙戦艦のそれは厳密には遺伝子とは異なるが、この際遺伝子と呼ぶ)の損傷によって起きる。

つまりは損傷する理由があったわけだ。

仮説その1

生体核融合の放射線による損傷。

仮説その2

異常化した癌細胞の破壊が上手くいっていない。

仮説その3

純粋に老化。


まず仮説その1だが、最初期の実験艦であるアテナの場合は十分に考えられる。

弓張月は、宇宙戦艦の生体核融合は極めて安全であり、出る放射線は全て体内の化学反応によって吸収され(より正確には化学的反応のエネルギー源として放射線をぶつける)、安定した状態に変換されて体内で蓄えられる、と習っていた。

機械的な常温核融合は古い歴史があり(なにせ何百年も前の船であるマルコ・ポーロですら常温核融合だ)同様に枯れた技術である人造生命との組み合わせ自体は画期的だったものの、それだけであった。

難しい事は何もない。

だが、戦乙女ヴァルキリィ級戦艦は、そういった試験的な行いの問題点を洗い出すための人造人間だ。

長期稼働のデータ自体を現在進行形で蓄積している最中なのである。

ひょっとしたら今回の病は、アテナだけが不運にも罹患したのかもしれない。

それくらいデータの蓄積がない。


そして仮説その2

癌細胞というのは実は、人間も若いうちから頻繁にできる。

が、そういった異常細胞は体内の機構によって普通は破壊されていく。

増殖が早かったり、破壊能力が低下していくと癌になるわけだ。

この辺の自衛機構も、後期型の宇宙戦艦になるにつれて洗練されている。

アテナのそれは旧式、というより不完全な可能性がある。


最後に仮説その3

老化。細胞の疲労の蓄積が表面化したものである。

老化現象には原因が幾つかある。

人間の場合細胞分裂ごとにテロメアが短くなるし、細胞分裂の際にコピーのエラーが蓄積していく。

が、宇宙戦艦の場合は細胞が劣化していかないように幾重にも自己修復機能と保護機能が設計されている。

だが人間の作ったものに完璧はない。

それに、戦闘を繰り返せば過剰な再生を連続して行う事となり、宇宙戦艦の肉体は、細胞の急激な世代交代が行われていく。

そうなれば細胞のコピーミスが起こる確率は上がり、それに伴って機能も低下していくはずだ。

他にも細かな仮説はいくつかあるが、アテナをむしばむのはそれらの一部あるいはすべての可能性が高い。

『誰だ、試作機は性能が高いだなんて言い出したのは』

ちなみに単純な戦闘能力もアテナより弓張月の方が圧倒的に高い。

何故1日目で相討ちになったのかと言えば亀の甲より年の功という奴である。


さて。暇なのでアテナの新しい肉体を胎内で培養する場合を考えてみた。

宇宙戦艦の生体機構は人体を元に様々な生物のいいとこどりをするように設計されていて、かなり大ざっぱな扱いをしても機能するようにできている(でないと武人の蛮用に耐えない)

全ての宇宙戦艦は、戦乙女級宇宙戦艦の遺伝子をベースに設計されているので生物学的には血縁関係がある(戦場で体組織が採取されたのだ)

2人は改良を挟んでいるため厳密には異種だが、極めて近縁な生命体だ。

樹木には接ぎ木という技術が存在するが、それに近い事は宇宙戦艦でも可能である(はずである。前例がない)

宇宙戦艦には不要という理由で移植免疫を与えられていない(生命構造が違うから炭素生命の病原体は取りつく余地すらない!)ため、極端な話Aという戦艦の手足をBという戦艦の胴体につなぎ、Cという戦艦の首を据え付けてDという戦艦の血液を流し込んでも生命活動は維持できる。この場合はABCの肉体を持ったDという個体になるはずだ。

ただし骨髄に相当する造血機能はCのため、Dの記憶と人格を持ったままそのうちCの血液に入れ替わって行くだろう。

なら、例えば弓張月の体組織で土台を作り、そこにアテナの体組織を植え付けて成長させれば、アテナと弓張月の双方の細胞を持つ子供が作れるはずである。

接合面からは細胞や、場合によっては遺伝子がまじりあってキメラ化する事もあるだろう。

―――いや、そもそもアテナの細胞である必要があるのかな?ボクの細胞で―――

最終的には、1個の肉体にアテナの記憶と人格を宿した血液が流れている状態を創ればいい。

不確定要素を排除するなら、完成した肉体と血液が弓張月のものであるのが最も望ましいだろう。

とはいえ、それをするなら培養した弓張月の肉体にアテナの血液という組み合わせをまず実行せねばならない。それはそれで、また不確定要素だ。何せ前例がないのだから。

当初の予定通り、アテナの肉体を培養した上で血液を移植するのがベストとは言えないまでもベターだろう。曲がりなりにも21年間正常に動いていたのだから信頼性はある。


―――体の改造が終わったら、まずはアテナから無事な体組織を採取して、それにボクの胎盤とつなげないと…

原理的には簡単だが、そういうのに限って実際は難航する。フラグという奴である。俺は詳しいんだ!(誰)

そしてもう一つやっておくべきこと。

今はアテナは小康状態で眠っていた。

その手を握りしめる。

『アテナ、ごめんね……心に入るよ』

弓張月はお互い開放しっぱなしにしている回線を通じてアテナへと侵入した。


213日目終了。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ