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211~212日目

211日目


いつも通りの朝だった。

起きて、身だしなみを整えて、後から起きた弓張月に挨拶をし、今日の作業を打ち合わせし、作業を開始する。

いつも通りになるはずだった。

「え……あれ?」

血を吐いた。

『どうし―――アテナ?』

直前の慣性を保ったまま痙攣。エアロックに向かう通路を進んでいたアテナは、そのまま壁に激突する。

『アテナ?アテナ!?』

弓張月が駆け寄った時には既に、アテナに意識はない。

『ねえ?アテナ、ちょっと、冗談だろう?』

以前話したことを思い出す。

人間の手を離れた私たちはいつまで生きられるのだろうと。

『早くないかな?まだ1年も経ってないんだよ?』

返事はない。

『アテナぁぁぁぁぁぁっ!』


アテナは旧式だ。

最新式と比べれば、お世辞にもその体構造は洗練されたものとは言い難い。

だから唐突な故障が起きた可能性はある。

制御用OSは正常だったし、バグも見つからなかったからソフトウェアの問題ではない。アテナを研究室に運び込んでも原因は分からず、弓張月は自身のデータバンクと医務室の医療機器を駆使した。

人体と構造が違うとはいっても、幾つかの医療機器は体内を調べるのに役立つ。

異常が広がっていた。

前にアテナの体内構造を模式図で見せてもらったが、それとは変わり果てた場所が多すぎた。

至急異常を発症している部分からサンプルを取り、様々な角度から調査。

電子顕微鏡で細胞構造を見た時、原因が分かった。

癌だ。

全身に既に癌細胞が転移している。

手の施しようがない。

―――人間なら。

彼女は人間ではなかった。

その肉体はほぼ均一で、全身の細胞は血液からなる液体コンピュータの指令に基づき機能を分化させている。

液体コンピュータは少量でも機能するし(演算能力は低下するが)記憶はホログラムのように全体に保存している。だから、例えば部分的に血液を抜き取って保存できれば丸ごと彼女の記憶を保存できるわけだ。

よし。いいニュースだ。

いいニュースはまだあった。

全身が均一だから、どこか一部を切り取っても、適切にエネルギーを供給さえすればその部位は活動できるのだ。それどころか、そこから再生すらできる。

結論。

アテナを細切れにして、無事な部分から肉体を培養する。

酷い方法だ。

彼女を作った技術者ならもっとましな方法を思いつくかもしれないが、他に手が思いつかない。

そしてもう一つ解決すべき問題があった。

何故癌になったかだ。

癌は異常な細胞の自己増殖が原因である。

人間の模倣である宇宙戦艦も細胞構造を持っているので癌になる可能性は十分にあるが、アテナはまだ21歳。若すぎる。

まったくの新種の生命体だから、癌になるのが早かった、とも考えられるが、それ以外の要因があるのかもしれない。

それが分からないまま復旧をしようとしてもまた癌になるかもしれず、そして弓張月とていつ同じ症状になるか分かったものではない。

一刻も早く解明が必要だ。

ライブラリから、人体が癌になる要素を片っ端から抜き出し、分析。

とにかく実験あるのみで、調べ尽くすしかない。


とりあえず船内を与圧した。

各種機器は与圧下で使う事を前提としているからだ。

医療区画や研究区画は1/3気圧。その外側も隔壁を下ろした上で、徐々に気圧を下げ、外に近い場所の与圧は0。

気圧が低ければ空気漏れも少なくなる。

そこまでやった上で、弓張月はアテナの血液―――液体コンピュータを、死に至らない程度に抜いた。

3Dプリンターで作った専用の血液パックに小分けにして冷凍保存する。

冷蔵庫にそれを保存した弓張月は、とりあえず一息。

だがのんびりしている暇はない。

アテナは意識を喪失したままだ。

次は培養器が必要だ。それもできるだけ早く。

そこで、弓張月ははたと気づいた。

あるじゃないか。

『ボクの中に……』

宇宙戦艦が女性型なのは「他の生物を体内で生かす機能」があるからに他ならない。

生体ミサイルも自家受精して体内で作る生物だし、子宮の位置には超光速チップを作る臓器がある。

「これだ……!」

至急人体、それも女性の生殖器官についてのデータを開くと、弓張月は大急ぎで設計を始めた。自己改造のために。


徹夜した。

14時間で一通りのプログラミングが終了したのは奇跡と言えよう。

バグ取りはした。チェックは3回やった。

それでも怖いものは怖い。こんな大改造、ミスがあれば死ぬ。

でも、こんな場所でひとりぼっちで取り残されたら?

弓張月の脳裏―――脳で考えてるわけじゃないけどこの際許して―――に浮かんだのは一人の少女の姿。

『ええい、ままよ』

インストール開始。


下腹部に子宮を構築。

その際、両腕にあった生体ミサイル発射管のうち右腕のそれを潰して、超光速チップ生成器官に置き換える。ミサイルは左腕でも撃てるし、そもそも武装としてみてもレーザーより優先度は確実に下である。サバイバルを始めてから一度も使ってないし。

自己改造には長い時間が必要だ。

弓張月は、毛布でくるんだアテナの横に来ると、そっと抱きしめた。

『おやすみ。必ず助けるから』

孤独な、そして壮絶な戦いが始まった。


212日目終了。

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