187日目
宇宙船 急にはみんな 止まれない
字余り~スペース川柳
どんな乗り物でもそうだが、宇宙船はそれが特に顕著である。加速した分と同じ時間、同じパワーで減速しなければ宇宙船は止まれない。
1Gで10時間加速した場合、同じく1Gで10時間あるいは10Gで1時間減速しなければ止まれないわけだ―――もっとも人間が乗った船で10Gを連続など不可能なので、結局のところ加速には上限がある。
だから、宇宙船は厳密に目的地を決めてからでなければ出発することができない。
そして、外宇宙船マルコ・ポーロはその目的地に到着していた。
6kmほどの岩石小惑星の前にピタッと停止している。
宇宙は相対的だから、「岩石に対して正対している」が正しいのであるが。
その巨大な船体から、搭載艇が分離。
ゆっくりと進むと、小惑星に降り立つ。
「んじゃあ、ちゃっちゃと調べるわよ」
『了解』
やる事と言えば、専用のセンサーで小惑星内部を調べる事だ。
超音波、磁気、レーダー、その他もろもろ。
遠隔で可能な調査は接近する最中に一通り済んでいるから、2人がすべきことは小惑星に張り付いていなければ不可能な調査である。
「温泉ありそう?」
『無理だねえ』
火山活動など存在しない小惑星で幾ら探しても温泉は無理だ。
アテナの冗談にも弓張月は真面目に返す。
岩を掘り返し、センサーを当て、試料を採取し。
あっという間に半日が過ぎた。
結果は、貴重ではあるがありきたりなデータ、というのが2人の出した結論である。
ごく普通の岩石小惑星だ。
ヘヴリング=ウズとバーラのような奇怪な天体ではなかった。意外とつまらない。
『まぁ、あんな変な天体ばっかりでも困るしね』
弓張月からは常識的な意見が飛び出す。
確かにあんな過酷な環境がそうそうあっても困る。
利用できない。
戦利品の岩石を、船の測定機器に読み込ませながらの会話であった。
「まーねー。
そういや結構なんも食べてないなあ。いっちょ食事しとく?」
『また岩か……』
ここしばらく肉体を損傷することはなかったから、2人とも何も摂取していない。
欠損した質量を補うためだけに彼女らは食事をするからだ。
「味付けは何とかなるとは思うけど」
人間が、自然界では希少な栄養分である糖分を好むのと同様に、宇宙戦艦も必要な微量元素を美味に感じる。
「とりあえず食卓塩でも振りかけようか」
『そうだね。淡白な食事はもうたくさんだよ』
3分間クッキングとはいかなかった。
機械で念入りに粉末状にした岩に、塩や各種金属元素を混ぜて焼結。
完成したのは不格好な灰色のブロックが1枚だ。
「まぁ、食べ物っぽくはなった…?」
『少なくとも見た目はマシだね』
とりあえず1枚の大きなブロックを、2人に分割せねばならない。
のだが。
『え?分けなくても大丈夫だよ。アテナ、まずそっち食べて」
弓張月は、ブロックを持ち上げると、片側をアテナに差し出す。
「ほえ?こう?」
ぽりぽりとブロックをかじるアテナ。
その反対側を、弓張月がかぷり。
『うん、かなりマシだね』
「うおおお、この天然イケメンめぇ」
『あれ、何か不都合あるかな?』
「いやこれ、最後は口がくっついちゃう」
『ボクはアテナとキスするならいいかな』
「これよこれ、ごはん食べるだけでこうなっちゃうあたり相当よね弓張月」
『そうかな。ボクはアテナのお嫁さんだからいいんだよ』
明らかにイケメンの所業である。
「じゃあ、私がお婿さん?やだよ、お嫁さんがいいよ」
『二人ともお嫁さんでいいんじゃないかな』
結論は出たようだった。
二人はそのまま、ブロックをもしゃもしゃと食べ続けた。
最後には、二人の唇はちゃんと合体した。
187日目終了。




