184日目
今日は恐れていた日がいよいよやってきた。先延ばしにする事は出来ない。
『船体チェック終了。いつでも行ける』
「検算終り。観測結果との矛盾はないわ」
超光速機関の試運転を兼ねた跳躍がこれから始まる。
この日のために何か月もかけ、船を修理したのだ。
これなしでは、星系内ですらまともな移動はできない。
ブリッジに陣取り、船長席に腰かけるアテナ。その横、副船長席には弓張月が。
二人ともコンソールには手を伸ばしていない。そんなものがなくても、強化現実で操作できる。
視界内だけではなく、人間には存在しない各種感覚器官や電子情報を直接処理する知覚野も総動員して、流れ込んでくる情報を捌き続ける二人。
失敗して、跳躍できないのはまだいい。
同じくどこか知らないところへ飛ばされるのも最悪ではない。既に知らない場所にいるのだから。
最悪なのは船がショックで分解する事だ。
こればっかりは幾ら念入りに点検したとはいえ、ぶっつけ本番になるまで分からない。
「超光速ユニット接続」
『復唱します。超光速ユニット接続』
正規手順で船内の超光速機関が―――事前に何度も点検され、大量に残っていた中から厳選された1つが、機器と自動的に接続される。
「カウント開始」
『復唱します。カウント開始』
強化現実上の表示でカウントダウンが始まった。
凄まじい勢いで数字は減少していく。
「……」
アテナは祈った。
―――何に?
彼女らには神はいない。彼女らを作ったのは人だ。
『大丈夫。ボクら二人で頑張ってきたんだから』
振り返ったアテナへ頷き返す弓張月。
そして、大量のエネルギーが超光速機関へ流れ込み、機能し、跳躍空間―――物体の存在を停止させるフィールドが広がり。
巨船は虚空へと消えた。
184日目終了。




