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71日目

「うぅ……頭痛いぃ……」

『飲みすぎたね……おぇ』

和室になっている船室から這い出してきたのは服も着ずに武装もしていない2人の少女であった。

いつもは立っている弓張月のケモノミミがくてん、と折れ曲がっているし、アテナも目がどんよりしている。

よほど昨夜の宴会がこたえたらしい。

どう見ても二日酔いであった。

でも強化現実で酔っ払ってたのにどうやって肉体に影響が出ているのであろうか?

二日酔いとは脱水症状により脳が縮み、頭蓋骨と隙間ができる事で痛みを感じる症状である。

基本的に体内で循環しているだけで体外に水分が出ない彼女らにとっては問題にならないのだが。あ、余剰分は出さないといけないので重水素補充のために水を飲んだらおしっこはします。

原因は単純であった。

確かに後遺症はなかった。彼女らのソフトウェアには。

問題は酩酊している間に体機能が攻撃を受けたのと勘違いして、免疫機構が活性化していたことにあった。過剰な活動でエネルギーを消耗。金属細胞が疲労したのである。

要するにアレルギーと同じだ。

なので彼女らが人間だったら全身が痒かったりしていたはずであるが、幸か不幸か彼女らは宇宙戦艦であった。生理機能は人間をモデルにしているが、人間そのものではない。だから痒みの代わりが頭痛であった。

まあ致命的では全くないので休めば回復する。

「み、水……」

『うーあー』

そういえばこの船に乗ってから水を摂取していない。ヘヴリング=ウズで十分に補充できていたためである。数か月無補給で戦闘行動をとれるこの機械生物兵器にとっては、船の修理など大して消耗する仕事ではない―――精神的にはともかく肉体的には。

でも今は飲みたい。

だが与圧区画はないし重力もない。どうやって水を飲むか?

「……とりあえず氷が張り付いてるとこなかったっけ?」

『外にあったね……』

必要なものはパックと氷だ。

2人はのそのそとゾンビのように這いまわると、キッチンへ向かった。


「うまーい」

『……酷い二日酔いだった』

水の作り方はこうだ。

船外に張り付いている氷を剥してくる。

飲料用パックに入れる。

体温で溶かして、パックから押し出した分を飲む。

簡単であった。

別に氷をそのままかじっても問題はなかったのだが、やはり液体の水が飲みたかったのだ。

腰から推進器を突き出した二人は、船体の上にゴロンと寝転がっている。

星がきれいだ。

アテナはふと思いついて、船体とリンクさせた強化現実に、船の観測機器から得た情報を被せる。

「でっかい観測機器があるだけに、よく見えるねー……」

船体には20m級反射望遠鏡もついていた。複数の大型の鏡が連動して動き、光学観測をしてのける凄い奴である。

石油時代の天文学者に見せたら泣いて欲しがりそうな代物だ。宇宙船にこんなデカいものを積み込んでいるのだから。

少なくとも少女たちのアイボールセンサー―――眼球よりははるかに高性能である。

贅沢すぎて泣けてくる。たった2人だけで全長1kmもあるバカでかい船体を使いたい放題なのだから。寂しい。

昨日から復活している観測機器は、刻々と星系内の天体分布状況を調べつつあった。

超光速機関にとっての「同一地点」とは位置エネルギーがまったく同じ(厳密には不確定性原理があるから、量子論的揺れ幅が多少許容される)場所という事だから、天体観測によって重力勾配を調べ、計算しなければならない。けれど、観測は光速限界に縛られる。例えば1天文単位―――地球から太陽までの平均距離―――だとおよそ光速でも8分かかる。が、超光速機関に必要な重力情報はリアルタイムなので、8分前の観測結果から計算して現在の状況を導き出さねばならない。これを光年単位でやらなければならないのが超光速航法による恒星間航行である。必要な観測能力とマシンパワーは途方もない。

肝心なのは、超光速航法の根幹をなしているのはアインシュタインではない、という事だ。いやまあ質量とエネルギーの等価性を言い出したのはアインシュタインではあるのだが、孤立系のエネルギーの総量は一定というのを言い出したのはデカルトやライプニッツが先だ。ここで重要なのはエネルギー保存則である。質量はエネルギーだから、位置エネルギーが同様の地点であれば別に今ある場所と別の場所に位置が変わっていても構わない。

質量をある場所で消去すれば、同じ位置エネルギーを得る別の場所に出現する事でこの宇宙全体のエネルギー量を保存する。だから割と大ざっぱな計算でも超光速航法は作動はしてしまう。めでたしめでたし。

どこに行くかは分からないが。

そこが問題だ。

これ以上変なところに飛ばされてはかなわない。ただでさえ故郷から遥か遠くへ飛ばされているのに。

ふと思いついたことがあって、今までの天体観測ログを確かめる。

「……」

相変わらず知っている天体分布状況ではない。この数百、数千光年近隣の星図を作り上げるだけでも数年はかかるだろう。

だがそれならそれで使い道はある。

『アテナ?』

弓張月が何かに気付いたようだ。

アテナは、現状の、穴だらけの星図に線を足して強化現実に反映する。

『これは―――?』

「星座よ。この星系最初の星座」

星は3次元空間に存在するものであるから、見る場所によって並び方、見え方は違う。

光年単位で人類が拡大した現代では、そうやって見える星の並びのバリエーションも相当豊富である。

当然星座も変わる。

この事実に適応したものの中に観光産業がある。

彼らはご当地星座、というものを作り出して観光ビジネスに組み込んだのであった。

星系の数だけご当地星座はあり、今では多すぎてその実態を把握しているものはいない有様である。

「わたしたちだけの、わたしたちのためだけの星座よ」

彼女には絵心があったとは言えない―――石油時代の神絵師と呼ばれた超人たちには及ぶべくもない―――が、それでも人並みの美術教育は受けさせてもらえていた。美術だけではなくあらゆる分野で。実を言えば大学の博士号も幾つか持っている。

その時に身に着けたCG技術で描いた線図は、琴に見立てた月を女神が奏でている。という図だった。

「こういうのも、ありかな、と思って」

『アテナとボクか……いいね。最高だと思う』

「せっかくだから売り出しましょ。人類史上初めて、人造人間が作った星座だ、って」

『人類史上初かぁ……楽しいなあ』

くすくすと弓張月が笑った。

こういうところは年齢相応なんだなあ、と、その顔を見てアテナは想う。

この年下の人型兵器が今までにもまして愛おしい。

と。

好事魔多し。

『……ずれてる?』

観測機器の視界には元から欠損が多かったが、何やら不自然な歪みが多数あるのに弓張月が気づいた。

二人の観測結果と、船の観測結果が一致しない。

確かに船の観測機器の方が優秀だが、それと2人の観測との間に大きなずれがある、ということは。

『……まいったな』

「あちゃー……また修理かぁ~」

間違った観測結果に基づいた超光速航法はできない。

またやる事が山積みになった、という事だ。

やれやれ、と起き上がるアテナ。

「ま、いいわ。時間だけはたっぷりあるしね」

彼女は腕を、弓張月に差し出す。

『うん、そうだね』

掴み返す弓張月。

前途は多難だが致命的ではない。

別に今まで通りだ。

二人はスラスターを噴かし、作業に戻った。



71日目終了。

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