70日目
「なおった~!」
『お疲れ様』
それは、虚空に浮かぶ巨船が復活の時を迎えた事を示す喜びの声。
直しては試運転をし、不具合が起き、更にそこを直すと別の不具合が……という具合で、外宇宙移民船マルコ・ポーロのエンジンは少女たちをてこずらせた。
しかしそんな日々も(たぶん)もうおしまいである。
「さて、じゃあ試運転行ってみよう」
『だね』
2人がいるのは船内の機関室である。
「じゃあいくよ~」
コンソールのキーボードをアテナが叩く。
ぽちっとな。
うぃんうぃんうぃん……
などと音はしない(しません)
しかし、事前に充電しておいた超伝導コイルからの電力供給を受け、ミューオン触媒が生成され、そして核融合反応が開始される。
ちなみにコイルに充電した弓張月はその後、三日くらい起きれなかったほど大変だったことを付記しておく。
電力供給が安定してきたところで。
「……成功、かな?」
『うん、成功だよ。やったよ』
「……やったぁ!!弓張月やったよ!私たち2人だけで核融合炉直せたよ!」
『アテナのおかげだよ。ありがとう…本当にありがとう』
長い努力が報われた瞬間であった。
「よし……じゃあ船内に電力を供給するよ?」
『うん、やろう』
もういっかいぽちっとな。
船内の優先設備から順に電力が回されていく。
不必要なところに電力が回って漏電でもしてはえらいことなので、その辺の監視は慎重に。
息を飲み、配電状況を見つめる二人。
『やったかな……?』
「……よし」
メインコンピューターや航法が息を吹き返す。
「……よっしゃ!これで船が動くよ!!」
『今夜は祝杯だね』
「気が早いわよ」
アテナは苦笑。
「とりあえず、メインのシステムチェックしとかないとねー」
『この船の素性も知りたいしね』
ブリッジの機器を生き返らせ、メインコンピューターからの情報を引き出してみた結果はあまり芳しくないものであった。
「あっちゃー……結構メゲてる」
『古いからね……』
コンピューターの半導体素子の寿命というのはじつそれほど長くはない。
嘘だと思うのなら、あなたの自宅にあるデジカメを数か月~2年ほど放置してみればいい。不揮発性メモリから綺麗にデータが揮発しているはずである。どこが不揮発性なんだ。バックアップ大事。
この船は移民船であるから、それなりに強度と耐久性は与えられてはいるが、それでも使用されていない期間が長すぎて、かなりの量のデータが欠落していた。
「まあ航法の欠損は致命傷じゃないわ。バックアップつなぎ合わせれば行けるし」
宇宙船で最も重要なコンピューターは航行用である。
これがなければあっさりと宇宙で迷子になってしまう。そのため、万一に備えて多重にバックアップが施され、更に他の用途のコンピューターでも航法に駆りだす事が出来る。
ましてや今は自力で恒星間航行能力を持つ宇宙戦艦が2人も乗っている。演算能力はなんとか工面できた。
問題はそれ以外のデータである。
『こっちの復元はやってみたけど……大したことは分からないね』
外宇宙船マルコ・ポーロ。
建造は西暦2216年。
おおよそ200年前の船だ。
乗員名簿や積まれている物資のリストも欠損が多い。
文字化けしまくりである。
そして何より肝心な航行ログが消えている。これでは何がどうやって遭難したのか分からない。
「で、超光速機関は動きそう?」
『動くけど、これかなり慎重にやらないと危ないだろうね……事故品だし』
超光速機関は原理的に、「Aという場所とBという場所のどちらにも存在する確率がある物体」を、「Aという場所にいられなくさせてBという場所に実体化させる」機構である。
問題は、これが「Aという場所と【Aにより近いBという場所】と【Aから離れたCという場所】」と3か所やそれ以上の箇所に存在確率がある場合である。
通常BとCの2地点で存在確率がある場合、近い方がより存在する確率が通常は大きい。
なのでこの場合はほぼBに出現する。
が。
観測や計算のミスで実はBに存在確率がない場合は?
あるいは滅茶苦茶運が悪い場合。
こういった時、超光速航行を行った船はCに出現してしまう。
アテナや弓張月がこの星域に出現したのもこれが原因であった。Bを計算せずにどこかにあるはずのCへお互いを飛ばそうとした結果、2人まとめて同じC地点に跳躍してしまったわけだ。
まさに相討ちである。
賢明なる読者はじゃあ、即座にもう一回超光速航法したら戻れるんじゃないの?という疑問を浮かべるかもしれない。
この存在確率が同じ地点は刻一刻と変化しているため、行った直後にもう一度行おうとしてもそれは既に同じ地点ではないので不可能である。天体の動きで決定されるからだ。
『とりあえず、船の観測機器を生き返らせよう。目標は、星系内を跳べるかどうか。目的地はヘヴリング=ウズでいい?』
ヘヴリング=ウズ自体は移民船があってもほとんど使い道がないが、あの連星の衛星は大量の水資源がある。
利用価値は極めて高い。
「そうしましょ。せっかくだから星系内を調査していってもいいけど。どうせ他に目的地にできる場所ないしね」
『じゃあやってみよう』
作業開始。
超光速航法のための天体観測を自動で行うようプログラムしなければならない。
『にゃ~』
念のために言うと弓張月の発言である。
「ちょ、何呑んだの!?酔っぱらってない!?匂うわよ!?」
ちなみに真空中なので文字通りの意味で匂うわけではない。
簡易な電子ドラッグが強化現実を通して弓張月から漏れてきている、という意味だ。
畳敷の部屋を微妙な雰囲気が漂う。
『ほぉらぁ~、あてなものんれ、のんれ~?』
「アカン、かんっぺきに酔ってるわこれ……」
弓張月は明らかに酩酊作用のある電子ドラッグの影響下にある。
これは時限式のコンピュータウィルスのようなもので、後遺症は一切残さないが効果時間中は、使用した人工知性に酩酊と軽い快楽を与える。
きっとメインコンピューターに入っていたのだろう。
ワンカップ酒のアイコンを押し付けてくる弓張月はどう見てもただのタチの悪い酔っ払いであった。
「……ま、いっか。祝杯をあげるって約束したもんね」
アテナは慎重にワンカップを受け取ると、丹念に中身をサーチしてから、おっさんのようにあぐらをかく。
意を決すると、一気飲み。
「ぷはぁ~、たまらんわ!」
久しぶりの電子酒は旨かった。安物なので酔いが回るのも早い。というか安物には酔いくらいしか取り柄がない。
「こう見えても酒には強いのよ、20歳過ぎてるから!!」
『りゃあ、もっと、のんれのんれ~あはは~』
「へ?ちょっとそれはナニ樽は無理、無理だからアッー!?」
酒樽には勝てなかったよ……
70日目終了。




