1日目
真空間はクソったれだ。
戦いに出るたびにそれを思う。
256Gで加速。血液中の重水素がミューオン触媒で核融合反応を促進され、都市が1日で消費するエネルギーを絞り出す。
兵器は小型化の歴史をたどってきた。
小さくなれば被弾率が下がり、製造に必要な資源が少なくなり、運びやすくなる。いいことずくめだ。
宇宙戦艦の小型化が進んだのも当然の帰結と言える。
だからって人間サイズにまで小型化した宇宙戦艦を、わざわざ人間型に作るこたあないんじゃないの?
戦闘は人間によって行うべし。
そんなみょうちきりんな国際条約が遠い昔に結ばれた挙句、宇宙戦艦に限定的な人権が付与され、人間以上の知能と人間そっくりな外観が与えられたのはもう喜劇である。
彼女には感情があった。優先順位の低い問題を解決するのに計算リソースを割くのは無駄であるからだ。よってどうでもいいことを彼女は感情で決定する。
なのでどうでもよくない事は理性で決定するわけだ。
このバカげた状況への怒りをとりあえずパージ。
とりあえず中破した頭部の復元は後回し。血液供給のみ停止。止血しつつ回避機動。
全身がほぼ均一な機械細胞でできている彼女にとっては頭部がなくなろうと大した問題ではない。放熱索である髪と、知覚野が損傷しているのも現状ではさほど問題にはならない。
血中DNAコンピューターで思考しながら彼女は飛翔する。
パルスレーザー砲は放熱が終わっていない。ミサイルは撃ち尽くした。予備の蓄電コイルはほぼ空で、推進器は3割が故障。
結論はすぐ出た。
生体ミサイルを撃ち尽くした孔だらけの左腕をノーマルに復元。腰にぶら下がっているコンバットナイフを手に取る。
遥か前方にいる敵手も同じ事を考えたらしい。
保険が必要か。千切れかけた右腕を脇腹に差し込むと、中身を握り出す。
刹那に敵手と交叉。
相手の構える日本刀―――時代錯誤な!―――とナイフが火花を散らし、そのまま互いに行き過ぎる。
螺旋を描くように双方は軌道を描き、再度向かい合う。
戦艦同士の近接戦闘は、ピコ秒単位の演算がものを言う世界だ。
今度は真正面から激突。
石油時代の戦略核兵器並のエネルギー
復元しつつある頭部視界から相手の顔が見える。
右目に四角いセンサーを埋め込んだ、端正で中性的な顔。
意外に美人じゃん。
その無表情に腹が立ってきて―――
と、相手が剣を握る手の片方を離し、こちらへ叩きつける。
こちらは膝でブロックすると同時に、右手で握りこんだ切り札―――使い捨ての超光速チップ―――を起動。
行き先をランダムに指定されたチップがその機能を開放しようとしたその時、相手の手のひらが開き、そこにも稼働中の超光速チップ!
至近距離で作動した2つのチップが相互に干渉し、空間跳躍フィールドが拡大する。
「ちょ、ま……っ!?」
『……!?』
敵もこちらも飲み込まれる。彼女はなんと叫んだのだろうか。
こうして、小さな小さな宇宙戦艦の、これまた小さな戦いは幕を閉じた。
両軍の記録にはそれぞれ損失1とだけ刻まれた戦い。
けれど、当人たちにとっては命がけの日々の始まり始まり…
目が覚めたら波にさらわれていた。
冗談ではない。
蒼い空。強い日差し。天空には巨大な星―――衛星?連星?
そして眼下には広大な海。海。海!!
馬鹿馬鹿しいほど巨大な波―――高さ500mは優に超える津波に、彼女は今まさにさらわれつつあった。
「な……」
あまりと言えばあまりの状況に。
「何じゃこりゃああああああああ!?」
大気圧は20程度。地球より重力は上。大気は窒素が主成分で、酸素はほぼなし。人類には少々厳しい。
ちなみに宇宙戦艦には肺も声帯もない。なので先ほどの叫びは電波通信である。
何をどうやったらこういう状況になるのか。
そうだ、超光速チップが相互干渉して―――
ショックに耐えるために、保護機能により全身が硬化していたのか。
戦闘用の人造人間は宇宙戦艦に限らず大抵搭載しているが、全身に浸透させた保護液は大きな衝撃に対して瞬間的に固化。機能を保護する。
おかげで死ななかったのだろうからありがたがるべきなのだけども、それよりも今は。
「ここどこー!?」
ショックで停止していた間の記録がない。何がどうなっているのかさっぱりだ。
とか言っている間に、体が何やら波の下の方へ。
こんな状況で叩きつけられても耐えられはするかもしれないが、自分の身で試すのはまっぴらだ!
咄嗟に推進器を作動させ
「やだ、動かない……」
マヒしたかのように反応がない。神経系がイカれたか。
このままではあまりありがたくない着水へ向けて真っ逆さまだ。
と、そこへ。
『掴まれ!!』
高強度のレーザー通信に対して反射的に手を伸ばす。
力強い握り。
そのままグイ、と波から引っ張り出された彼女は、地獄への片道列車から辛うじて脱出した。
「あ、ありが……あ」
『どういたしまして』
目があった。
眼帯様の集積センサーをこちらに向けて、彼女を引っ張って飛行しているのはつい先ほどまで戦っていた敵ではないか。
「あー……」
『とりあえず話がしたい。一時休戦といかないか?』
状況を整理しよう。
放っておくと彼女は海面に叩きつけられて死なないまでも酷い目に遭っていた。
こちらは飛行能力すら喪失しているのに対し、相手はまだ十分余力を残しているように見える。
やろうと思えばこちらを簡単に料理できたはずだ。にもかかわらずやらなかった。
―――罠ではないわね。
「OK。お話しましょ」
グイ
相手は彼女を担ぎなおし―――いわゆるお姫様だっこだ―――加速。
大気圏突破する勢いだ。
「ちょ、ちょ!?」
『一度大気圏外に出よう。ここでは落ち着いて話もできない』
「にゃあああああああ!?」
酷い目に遭った。
「あ~まだくらくらする…」
『すまないな。ボクも女性を抱いたまま飛ぶのは慣れてないんだ』
こいつめ休戦が終わったらギッタンギッタンにしてやる!
と内心硬く決意する彼女。
「まぁいいわよ…で。何で休戦しようって話しなわけ?」
眼下には蒼い惑星。見える限りでは陸地はないように見える。
一方で、頭上には巨大なこれまた惑星。眼下のものよりはるかに巨大な、赤く縞模様に覆われた星。ガスジャイアントに見える。
『見ての通りの連星だ。先ほどの津波は、正確には津波ではない』
「あ~……あれが平常運転なわけね……」
時間をかけて観測すれば分かるだろうが、おそらくこの2個の連星は互いに楕円軌道を描くように動いているのだろう。
ロシュ限界ギリギリでこんなデカい相方がめぐっているのだから、そりゃあ波も巨大にもなろうものである。
『君、動力は?』
「へ?そりゃ水素核融合……」
『そうか。よかった。とりあえずはこれで生存できそうだ』
生存?
何やら剣呑な雰囲気がしてきたぞ。
『結論から言う。ボクらは遭難した』
「……~~~~」
彼女は天を―――宇宙空間で天もクソもないがとりあえず頭上を―――仰いだ。
「念のために聞くけど―――マヂ?」
『マヂ』
さて。
何故こんな変な惑星上でCV:くぎゅぽいのとボクっ娘という2人のメカ少女が頭を抱えているのか。
話は1961年にさかのぼる。
この年なにがあったかというと、ガガーリンが宇宙に飛び出した。やっちゃいました。
それ以後米ソ間の宇宙開発は過熱。
冷戦後一時は停滞するものの、人工衛星などで着実に実績を積んだ人類はやがて軌道エレベーターを建造。
太陽系内の征服へ乗り出した。
その間も着実に宇宙の謎は明かされて行き……
木星あたりにまで人類が植民地を作り始めている頃、唐突にその技術は産声を上げた。
超光速技術。ワープである。
人類は熱狂に包まれた。
誰よりも遠くに。物欲はパワーだ。
フロンティアは金になる。そうでなくても物好きがわっと押しかける。
そんなこんなであっという間に200光年ほどの領域にまで人類の生存圏は広まる。
さて。
広まってくると色々問題が出てくる。よくあるのは自治権である。
揉めた。
地球と対立する諸星系は揉めた。
揉めに揉めた。
最終的に武力衝突となるのはよくある歴史の悲劇である。
でもここから先がちょいと違った。
諸星系は金がない。工業力もない。人もそんなにいない。
それで大帝国太陽系第三惑星地球に立ち向かうのは無理だ!
というわけでじゃあ、ないないづくしで作れるものを作ろう!ということになりにけり。
結果として軽量でコンパクトで既存の技術の組み合わせで作れる戦闘用人造人間を宇宙戦艦と勇ましい名前つけて送り出すハメになってしまった。
が、この宇宙戦艦、製造者の想定を超えて名前負けしない活躍をした。
動力兼制御システムである血液―――と名前はついてるが、実際は生体のように振舞う無機物と水の複雑な化合物―――高度な自己複製能力を持ち、自然発生生物より遥かに整理された機能を持つ金属細胞、その細胞からなり血液を生成するわずかばかりの臓物、それらに浸透した保護硬化剤の複合が生み出す異常な頑強さはとりあえず太陽に放り込んでも中々死なないレベルに達していたし、その耐久性とコンパクト化による軽量化、光子ロケットのパワーは1000Gくらい楽々出せるし耐えられるという化け物じみたスペックを実現していた。
体が小さければ体重は等比級数的に小さくなるので、その分加速Gによる負荷も劇的に低下するという按配である。にしてもちとおかしいレベルだが!
武装も彼女らの体に合わせたサイズながら破壊力満点で、レーザーと電子ビームを同時に叩きつけて対象の原子核自体を破壊、核爆発させる砲が主力という有様。
それらに加えて体内で超光速用のチップを自動生成できるとなればもう既存の兵器で手におえるレベルではなく、諸星系の連合は当初優位に戦争を進めていた。
が、地球も黙ってやられてはいない。
当時息も絶え絶えだったとある日系企業が頑張った結果、諸惑星連合の戦乙女たち―――生物的には女性の方が頑丈なため―――に対抗できる強力な人造人間が誕生したのである。
戦争は人間の手を離れ、人工的に生み出された人造人間同士の決戦を持って決着がつくというそんな時代が今。
「ああもう!ボストークのバカヤロー!」
『ロシア人に文句を言ってもどうしようもないと思うが』
人類史上初の有人宇宙船への罵倒と窘めつつ、スラスターを噴かす。
ざっと観測した範囲では、少なくとも2人がいるのはいまだ人跡未踏の地。下手をすると人類の領域から数百光年では効かないかもしれない。
正確な位置はいまだ判然としないが。
そして彼女らの航行能力はせいぜい数光年。頑張っても十光年。無理ゲーである。
超光速での通信手段は今のところ、人類は開発できていない。
『とりあえずやれる事からやっていかないかな』
「やれる事って何よ」
『自己紹介』
あ、と彼女は口を押えた。そういえばまだ、お互いの名も知らない。
「そういえばまだだったわね。私は諸星系連合軍所属、高速戦艦 《パラス・アテナ》よ。アテナと呼んでちょうだい」
『ボクは重装巡航艦、《弓張月》。よろしく』
二人は握手。
こうしてサバイバル、第一日目は始まった。