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春告!~目覚めたらアイドル!うっかり魔法少女!え?悪役令嬢ってなんですか?~  作者: さぁこ/結城敦子
12月~さらば!悲しみのアイドル!?~

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 当てはありませんでしたが、車は老人形師の館に向かいました。

 すると、門前に人がいます。

 この家に客人なんて、珍しいことです。

 

 車から降り、その人物を横目にチャイムを鳴らそうとしたら、話しかけられてしまいました。


「お嬢さん、この家の人と知り合い?」


 馴れ馴れしくて嫌な感じがします。


「そうですけど、何か御用ですか?」


「ここのご主人って、健在なの? 連絡取りたいんだけど」


 これで決まりです。この者は、人形師の知り合いではありません。押しかけ客です。

 何の用事かしりませんが、関わり合う必要はなさそうです。


 無視して、チャイムを鳴らします。

 男はその行動に不満は述べませんでしたが、こちらを観察して隙あらば、入り込もうとしています。


 残念ながら、私のチャイムも不発で終わったので、男の思い通りにはなりませんでした。

 良かったような、悪かったような。


 途中で買ってきたアイスケーキが冷たくって重いです。

 もうすっかり寒くなったのだから、ドライアイスなんて要らなかったかも。


 勝手に失望した男に、舌打ちされました。

 腹が立ちますわね! するなら、せめて、心の中でしなさいよ!


 さて、このまま帰るのも納得出来ないでいましたら、向こうから、なんと千草が歩いてきました。


「千草!」


 相手はギョッとして立ち止まりました。

 そう言えば、前回会った時は、敵として別れたのでしたわ。

 それが、こんな気軽に声を掛けられたら、ビックリして当然です。

 私、なんだかめごナイズされてしまっています。気を付けないと!


「チーちゃん!!!」


 ―――ああ、すでに行動が似てきている。


 愛までも、千草に屈託の無い笑顔で駆け寄ってきます。

 アイスケーキを持っているのも一緒です。

 仲良し三人組がクリスマス会に集まっているみたいです。


 おかしいでしょう? と戸惑っているのは千草だけです。

 こうして見ると、千草はとても人形には見えません。感情は抑えられがちですが、人間のそれと変わりありません。


「あ! 君、この間も見た! 娘さん? いや、お孫さん、かな?」


 先ほどの男がまだいました。


「あの人形の権利、今は誰が持ってるの?

再商品化したいんだけど、おじいさんに聞いてみてくれない?」


 『あの人形』というのは『ミス・バタフライ』のことでしょう。

 千草の顔が俄かに険しくなります。


『今更、ミス・バタフライに注目が集まったなんて、どういうこと?』


 モモカさまの疑惑はもっともです。

 しかし、聞き出す前に、男がタブレットを取り出し、それを指示しながら、ペラペラ話しだします。


 画面に映っているのは、どこから流出したのでしょう。あの梅花谷邸で行われた人形劇です。

 おまけにトキムネさんが関わっているのも知れ渡っていました。


「この動画がえらく面白いって評判でね。

噂じゃ、あのSENGOKUのトキムネの新境地の音楽も聞けるということで、閲覧者数がうなぎ上りですよ。

それで、この人形が可愛いって話題になって、みんな探しているんでね……なかなか数がなくって。

売れなかったんでしょう? この人形?

もしあったら譲ってくれないかなぁ?」


 媚びるように千草に笑みを向けた男に、どこまでも冷たい視線が降り注ぎます。

 ついでに私にもそれが向けられます。


 ええ、余計なことをしましたわよ!

 ヨウくんのトラウマに、人形師の古傷までえぐってしまいました。

 この男の口ぶりでは、人気があるのはミス・ブス・バタフライのようですもの。


「帰って下さい!」


 怒ったのは愛でした。

 小娘にそんな態度を取られた男は、本性を現し、すごみましたが、図太い精神にかけては、負けるものなしの愛には効きません。

 梅花谷邸の頼もしい運転手の加勢もあって、男は捨て台詞と共に尻尾を巻いて行ってしまいました。


「あなたたちも帰ってよ!」


 怒った口調で千草が言いました。

 うーん、やっぱり、怒ってるわよね?


『感情豊かよね。負の感情はいいわけ? どんな感情も許さないのが『奴ら』のスタンスなんじゃないの?』


 今度のモモカさまの疑問は、誰からも答えられませんでした。


「うん、チーちゃん。今日は帰るね」


 あっさり引き下がる愛に、拍子抜けしたような顔をする千草。

 うーん、やっぱり……。


「モモカさんも帰りましょう? ね?」


 千草の手には、私と愛が持っているのと同じ箱がありました。

 後ろ手で隠していたのです。

 チェーン店のクリスマスデコレーションのアイスケーキ。

 こんな夕暮れに、わざわざ買ってきた理由は一つです。

 アイスが大好きなヨウくんの為。


「そうね、せっかくのクリスマスを邪魔しちゃ悪いし」


「違っ……!」


「そうだ! これ、凪子ちゃんから預かったの。

ヨウくんと千草にって。

クリスマスプレゼントだそうよ」


 アイスケーキの上に、凪子ちゃん特製の、あの手作りお守りを乗せます。

 振り落とされるかと思ったけど、千草はそれをじっと見ています。


「早く『春告娘』で踊る千草さんが見たいです……凪子ちゃんからの伝言。

ちゃんと伝えたからね!」


「ほら、早くヨウくんの所に帰ってあげて!」


 「帰れ!」と言われた人間に、逆に家に押し込められそうになる千草です。


「愛も! チーちゃんとまた一緒に踊れるの、楽しみにしてるからね!」


「信じられない! あなたたち、なんなの?

こんな私を待って、活動休止するなんて! 私は敵なんだからね!」


「誰も千草を待っているなんて言ってないわよ。

……ブログ以外では」


 残念なことに、『春告娘』の活動休止はミス・バタフライほど話題にはならなかったのです。


 事実を指摘すると、みるみる間に千草の頬が赤らみます。

 うーん、これは…………。


「チーちゃん! メリー・クリスマス!」


「ヨウくんにも! 良かったら、また、遊びにきてねって。

今度は終始楽しい人形劇を作るわ!」


 唖然、茫然する千草を置いて、愛と帰りかけました。


「あ、愛! あなたそんな大きなアイスケーキ持って、一人で寮に帰るつもり?」


「―――はい」


 アイドル活動は休止しているというのに、魔法少女活動のせいで、冬休みでも実家に帰れずにいたのです。

 心なしか……いいえ、きっぱりはっきり、凹んでいます。

 仕方が無いわね。


「よければ、うちに来るといいわ。

アイスケーキ、二つになっちゃうけど、梅花谷邸は人が多いから、なんとかなるでしょう」


「モモカさん!!!」


 愛の声が弾みます。凪子ちゃんの雰囲気がありました。

 そんな私に、千草の悲痛とも言える罵倒が降りかかります。


「意地悪お嬢さま! 自分が嫌味で嫌われ者だって、私に言われて分かったから、愛に媚を売り始めたの?」


 振り向くと、泣きそうな顔がありました。

 この子はいつもそうです。

 私はモモカさまが言ったことを思い出しました。

 千草は自分の望みを諦めるのに、他人を利用する子なのです。

 わざと私と愛の間に亀裂を入れて、「嫌な子」と思われたいのです。

 学園祭の時と同じで、私か愛に「嫌い」と言って欲しいのです。 

 そうすれば、自分の願望を抑えることが出来ると思っている。

 でも、思い通りにはなりません。


「モモカさまは嫌味で意地悪なお嬢さま……そうみたいですわね」


 久延さんを半ば脅すようにして、『春告はるこく』の完全攻略ガイド&設定資料集(数量限定・最終完全網羅版)を見せてもらったのです。

 そこにはそうはっきりと書いてありました。それがモモカさまの『ゲーム』での役割。

 だから? それがなんだって言いますの?


「でもね、私はそう思わないわ。

最初からそう思わなかったし、モモカさまを知ったら、ますます、そうです。

他人がなんと言おうと、私はモモカさまを知っています。それによって、モモカさまは多少キツイ物言いと厳しい態度ではあるものの、悪い人間ではないと判断したのです。

私が! そう決めたんです!!!

私は二度と、他人の意見だけを鵜呑みにして、その人間を判断したりしない。

あなたのこともよ。

千草はダンスが好きで、弟思いのいいお姉さんだわ。ヨウくんは弟じゃなかったけど、それと同じくらい、それ以上に大切に思っていることは本当でしょう。

春告娘はるつげガールズ』のメンバーとして、一緒に活動してきたんだもの。

私と愛は、千草の望み通りには動かない。けれども、千草の望みは叶えてあげたい。

千草がヨウくんと二人で、この世界で幸せに楽しく暮らしていって欲しいの」


 それだけ言うと、今度こそ、千草を置いて、私たちは梅花谷邸に帰る車に乗り込みました。






『一人で敵の本陣に討ち入るつもりだなんて、相変わらず考えなしね!』


 モモカさまが愛に伝えるように催促します。


「討ち入りなんて……ただ、クリスマスにどうしているのかな〜って。

いろいろ考えていたら、自然とアイスケーキを買って、チーちゃんの家に来ていたんです。

ねぇ、モモカさん? ヨウくんは何度も同じ時をループしているんでしょう?

それなのにアイスも食べた事なかったんですよ。

捕らわれていた頃と同じような暗い部屋に閉じこもって、遊びにも出なかった。

そして、人を襲って感情を奪うだけの日々なんて、よくありません。

それじゃあ、ますます、過去の悲しみに捕らわれるだけですよ」


 こっちは懸命に考えて、ルールを破ってまで、凪子ちゃんに会いに行ったと言うのに、この天然アイドル魔法少女は本能で、対千草、対ヨウくんへの態度を探り当てました。

 

 私たちはただ彼らを倒すだけでは、真のエンディングには到達できない。そんな気がします。

 では、どう対処すべきか―――問と答えはあるのに、それを導く過程が思いつかないまま、SENGOKUの引退カウントダウンコンサートをモモカさまとプラム姫と愛とテレビで見ながら、年を越すことになりました。

 

 新年が開けます。

 暦の上では、新春。

 再び春が巡っています。それはすなわち、ゲーム『春告はるこく』の最終ターンの月が始まったことを意味しています。

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