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雲一つない青空の下、刑場に引き出された少年は、物珍しげに周囲を見渡した。
十年ぶりの外。
「お迎えにあがりました。さぁ、一緒に、遊びましょう」と誘われて外に出たら、たくさんの『友達』が出来た。
清潔な衣服、丁寧に洗われ、切りそろえられた髪の毛。
その全てが、自らを終焉へと向かわせる為の準備などとは思いもしていない様子だった。
ただ、大事に持っていたお人形をどこかに置いてきたのだけが心残りだった。
彼の寂しさを癒してくれた、たった二人だけの友達。
こんなにたくさんの『友達』が出来ても、彼らは特別だ。
その子は最期の瞬間まで、人を疑うことをしなかった。
磔にされ、火をかけられた、その時ですら、何か楽しい遊びをしているのだとしか認識していなかった。
熱さと煙に巻かれ、肺が焼かれ、苦しさの中で知った。彼らは『友達』ではなかったと―――。
「幼君が亡くなった後、天変地異が起こるようになってしまった。
そこで、亡骸の灰を集め、手厚く葬ったが、それでも収まらなかった」
小田原が深刻な顔で言いましたが、そりゃあ、そうでしょうとしか思えません。
そんなむごい殺され方をして、祟らない方が不思議です。
「祖父はさらに考え、幼君が持っていた人形を探し出し、一緒に埋めることにしたのです。
ですが、これには周囲の反対がありました」
「俑を作る……」
久延さんの発言に、みんなが注目したので、彼は照れたように「いいや、なんでもないよ」とプラム姫に促しました。
『俑を作る』って、おばあ様から聞いたことがあります。
『俑』とは、死者と共に埋葬する人形のことですわ。それをすると、後々、本当の人間を一緒に埋葬する殉死の悪習が始まってしまうから、『俑を作る』は、悪い前例を作る、という意味になるのだと。
私はそれを聞いた時、不思議に思いましたのよ。だから良く覚えています。
逆じゃないの? って。ほら、饅頭は、人間の頭の代わりに供えたのが起源だって言うじゃない? それを聞いた時、二日は饅頭が食べられなかったわ。
―――あ、私ったら、小さな頃から食い意地が張ってましたのね。食べ物関係の由来だけは、よく知っていて、覚えているものですわ。
プラム姫の世界でも、その言葉はあるらしいですが、幼君の件では別の理由からです。
「世に恨みや、強い想いを残した人と一緒に人形を埋めると、その魂が人形に宿ってしまうという俗説があるのです。
ですが、祖父は敢えて、それをしました。
いつも二体の人形さえ与えていれば満足していた大人しく優しい幼君は、それで鎮まりました。
鎮まったはずだったのです」
ショックのあまり泣いている愛を、マサムネが肩を抱き寄せて慰めています。
モモカさまは紅の肩に。
トキムネさんと長束さんは信じられないものを見るような目でプラム姫を見ています。
批判的な雰囲気が支配する中、毅然と、子牛のぬいぐるみは先を続けます。
「父には私しか子供がいませんでした。
わが国では、娘は領主になれない規定だったので、父は焦りました。
祖父があんな手段を講じても得た地位を、次の代で渡してなるものか……と。
あらゆる方策を試し、ついに、父には息子、私にとっての弟が生まれたのです。
父の喜びようは大きく、その地位を盤石にするために、生まれたばかりの弟に領主の地位を渡してしまったのです。
かつて、幼いゆえに統治は不可能と、幼君からその地位を取り上げた男の息子が、さらに幼い子にその地位を譲ったのです。
―――その日から、幼君を埋葬した地の周辺の村に奇妙な病気が流行りはじめました」
人形病。
朝、元気だった村人が、夜には動かなくなってしまう。
それはまるで人形のように。
その病にかかる人は次第に増えていき、村から村へと伝染していった。
そして、彼らは一気に動き出し、他の人間を襲いだした。
感情を奪い、同じように人形とするために。
「私はことの次第を知っていましたから、それも仕方がないと思ったのです。
きっと人形が二体では足りなくなったのでしょう。
私は甘んじて彼の人形になろうと。それで、気が済むなら、一緒に遊んであげようと。
けれどもユージンが……」
「姫を奪われる訳にはいきません!
ええ、個人的な感情ですよ。
それでも、私は姫をお守りしたかったのです!
―――しかし、逃げる場所はなかった。
姫の母君のご実家のある隣国へ助けを求めたのですが……」
「断られたの。
私たちはほとんど忘れていました。小さな幼君のことを。
でも、周りの国の人間は覚えていました。
自業自得だと。
彼らは国境を結界で封鎖しました。
憎しみが、自らの国に及ばない様に……」
「姫が悪い訳ではないのに!!!」
憤った小田原が立ち上がりました。
「そうでしょう? 姫は何もしていない」
同意を求められました。一人一人、目を見られました。
ある者は見つめ返し、ある者は逸らしました。
「姫は優しく、領民にも慕われていました。
たとえ祖父や父親に罪があっても、姫になんの咎が?
それなのに、現領主、姫の父親は娘を生贄にしようとしたのです。
姫を幼君に捧げれば、怒りを鎮めてもらえると言いだして……それで姫を連れて逃げようとしたのですが、姫はそれを断ったのです」
「私は役立たずなのですもの。
父の望んだ男の子に生まれることが出来ず、母は離縁されてしまいました。
母は女の子として生まれた私を憎み、一緒には連れて行ってはくれませんでした。
小さい頃からずっと、私は一人でした。
ですが、民は、親切にして下さいました。
彼らのために、犠牲になることでお役に立てれば、生まれてきた意味もあろうと。
それに私、寂しかったであろう幼君の気持ちが少し、分かる気がするのです」
そうかしら?
プラム姫の物言いに違和感を覚えました。
さすが愛のパートナーだけあって、自己満足のいいこぶりっ子という単語が浮かんできます。
両親に疎まれたのは真実としても、小田原には愛され、民にも敬愛されていたのなら、「私は一人」ではないと思いますのよね。
「ですから、私が無理やり姫を連れ出したのです。
どうしても動かぬとおっしゃった身は、幼君の魔手が及ばぬように水晶に封じ込め、魂だけを持っていた木鷽に封じ込めて、異世界へと逃げたのです。
姫の本意ではありません」
「そう、私は逃げてしまった。
領民を見捨て、幼君の憎しみから逃れ異世界へ……。
それも、ユージンという恋人に助けてもらって。口では綺麗事をいいながらも、どこかで満足してしまった心。
幼君が追ってこなかったら、木鷽の身体のまま、故郷を見捨て、暮らしたでしょう。
ですが、彼はやってきた、この世界に。私を追って……。
この世界の人間を危機に晒してしまったのは、間違いなく私だわ。
全ては私の罪。
ごめんなさい。ごめんね愛……」
謝られた愛は、言葉も無く泣いていました。
「『はっきり言って無責任だよね』」
被害者の会を作るのなら、会長に推薦したい、敵幹部の中の人になってしまった紅が、愛の代わりに厳しい態度で臨みます。
「まぁ、姫とか騎士とか言ってるくせに、全体的に恋愛脳だし、守るべき領民を見捨てて来たんだろう?」
「マサムネは厳しいなぁ、と言いたいところだけど、同感です。
ヨウくんたちが追ってこなかったら、対抗もしなかったということですか?」
「そんな風に責めるのは、さすがに可哀想だよ!
だって、生贄にされそうになったんだろう?
それに、逃げてすぐは興奮してまともな判断も出来なかっただろう。
しばらくして冷静になれば、ヨウくんが追ってこなくても、故郷の為に戦っていたはずだ!」
「けど……その『敵』ってなんだろうね」
巻き込まれた『春告』の攻略キャラたちが、それぞれの立場で、言い合います。
「プラムのせいじゃないよ……ヨウくんも千草も、プラムも小田原さんも、みんな、誰も悪くない!
もう、愛、分かんないよ!!!」
ザ・八方美人的な発言ですが、さすがに批判できません。
だけど、小田原とプラム姫には、もう少し言ってやってもいいと思うわ!
仲間なのに、こんな大事なことを隠していたのよ。
愛なんて、千草に罵られながらも、アイドルと魔法少女を両立させて戦ってきたのですよ。本当のことくらい話しておきなさいよ!
「あ……」
「モモカさん?」
「愛……あなたの遅刻の原因って千草だわ……」
「あ……」
「そして、嫌がらせも……そうよね? 紅?」
思えば、スタッフ以外で『春告娘』の楽屋の荷物や食べ物に悪戯出来る人間は、『春告娘』のメンバーしかいません。
どうして気が付かなかったのかと思いますが、だって、千草を疑うなんて、考えもしませんでしたわ!
『そうよ! 『久延さん』が『私』に水風船を投げつけたのーーー!!!』
「そうだわ! ひどいですわ!!!」
モモカさまの言葉は、全員には伝わらないので、訳します。
ついでに、私が受けた嫌がらせの数々も暴露します。
みんな同情してくれました。おまけに「そんな目に合ってもアイドル活動を続けていたなんて、とても立派だ」と褒めてももらいました。
ああ、すっきりした! 苦労が報われましたわ。
「『ごめん、モモカ。
そうするしかなかったんだ。
モモカなら避けてくれると思って』」
「と言うか、君は最初からヨウたちを裏切っていたの?
で、俺を召喚して、自分の身体を乗っ取らせたの?
なぜ?」
当然の疑問を久延さんが口に出します。
久延さんは、本当は久延さんではないのですものね……。
「『桃香を守らないといけないと思って』」
『……!!!』
「め、愛の為じゃなくって!?」
驚きのあまり、言葉にならないモモカさまの言葉を訳してみました。
勝手にやったことですが、見事、当てたようです。
小鳥の頭が激しく上下します。
「『それもあるけど、どっちかと言うと、それは『世界を守る』の範疇に入るかな。
桃香を守って、世界を守ろうかと思って』」
銀髪と赤目の美しい紅の顔が、優しげに微笑みました。
さすが『春告』攻略キャラの一員。見事な美形っぷりです!




