8
心配は杞憂に終わりました。
こっそり部屋で、ダンスの練習に勤しんでいたおかげですわ。それどころか、練習の時よりも身体がよく動きました。
キレキレです。
息も切れませんし、まごついていたステップもすんなりと踏めます。頭で想像した通りに動けるのが楽しくて、楽しくて、休憩なんていらないほどです。
――モモカさまの肉体だからだわ。
三曲ほど通して踊った結果、私は悟りました。
これほどの運動量をこなせるほどの体力は私にはありません。
レッスンスタジオの隅の愛の荷物の上で、鋭い目つき……プラムはそういうキャラ造形なのです、なぜか……で私たちの動きを見ているモモカさまに、改めて尊敬の念を抱きます。
歌はどうしましょう、と思ったら、なんと!
……これは言ってもいいのでしょうか……『春告娘』は口パクだそうです。
「まっ、待って、モモカさん、ぜぇぜぇ、愛、もう動けない」
そうね、こんなお荷物がいては、歌って踊れるアイドルユニットなんて夢のまた夢ね。
私は余裕を見せつけるかのように、優雅にタオルで汗を拭きます。
なんて気持ちがいいのかしら。
もっとも、その気持ちは、息切れをしている愛に、甲斐甲斐しく水やらタオルを差し入れる白加賀久延によって台無しにされましたが。
『なによ!愛ばっかり!』
モモカさまが、私の肩の上で、地団駄を踏みました。
先ほどの話からすると、モモカさまは、白加賀久延がお好き……なのですかーー!!
『黙りなさい!』
『申し訳ございませんわ。
でも、中身は本物ではないのでしょう?』
『当たり前よ! 私の久延さんはあんなアイドルオタクじゃないわよ』
アイドルオタク……と言うか、愛推しだと思いますわ。
久延さんは練習なのにもかかわらず、曲中にある愛の自己紹介『愛し、愛され、愛の虜、めごです♪』に対する、コール『愛(I)! 愛(Love)! 愛!』という、通称・愛の三乗コールを返していましたもの。
モモカさまの『天下無敵の百花繚乱、花咲くモモカ!』にも『もっと! 気高く! モ・モ・カ!』というコールがあるはずなのに。
『久延さんの姿で、愛にデレデレしないで!』
辛そうに一鳴きすると、モモカさまの姿をしたプラムは定位置に戻ってしまいました。
その憐れなお姿に、私の義憤が募ります。
へたり込む愛を立ち上がらせます。
「ほら愛! まだ練習する曲があってよ!」
「へぇ? そんな曲、ないですよぉ」
「へぇ?」ってなんですの、「へぇ?」って。
およそアイドルらしくありませんわね。
「あるでしょう―――ほら……あっ」
っぶなかったですわ〜。
『春告娘』はデビューしたて、でしたわ。
持ち歌は三曲しかありませんでした。
もう何十周もしていて、デビュー時の歌を好きに選択できる私とは違うのですね。つまり、私は愛や千草よりも、ずっと先に進んでいるということね。
ですって私、『春告』の歌は二曲以外、全ての歌詞、振り付けを完璧に覚えているのですから。
『はぁ……私の中身まで、アイドルオタクだなんて……』
『ま、まぁ! 違いましてよ。私は、モモカさま推しですの!
ダンスパートだって、歌パートだって、モモカさま以外は知りませんもの』
モモカさまを元気づける為に言ったのに、怒られました。
『なんですって! 全員分の振りと歌詞を覚えるのがプロというものですわ!
今日から練習しなさい! 私が見て差し上げます』
『でも、モモカさまは愛のペっ……いえ、サポート役ではないですか? どうやって……』
『モモカがそう決めたんだから、そうするの! そうなるに決まっていますわ!』
わぁお! 本物のモモカさまの決め台詞!!!
恰好良い! ……かしら???
言われる立場になると、困りますのね。
愛がトイレに行ってしまったので、私はモモカさまの側に何気なく立ち、話していました。
その姿に、久延さんは『プラムが私に誘拐されないか』、と目を光らせています。
失礼な男。
すると、トイレに行ったはずの愛が慌てた様子で出てきました。
いやだわ、紙がなかったのかしら?
大体、アイドルがトイレなんか行くものではなくってよ……少なくとも人前では。
「お、小田原さん! 小田原さん!!!」
「どうかしたのか? 愛?」
「愛ちゃん、どうしたの? 紙がないの?」
……偽久延さんはデリカシーがないようです。
ポケットティッシュを差し出そうとする彼を睨んで、愛は小田原と引っ込んでしまいました。
『ああ、私の久延さんが』
モモカさまは打ちひしがれるし、久延さんは屈辱にまみれているし、私は除け者だし、もう、最悪。
しばらく経ったあと、「レッスンはこれで終わりだ」と小田原に帰るように促されてしまいました。
まだ三曲しか練習していないのに、まるで追い出されるようですわ。
私もですが、久延さんはさらに不満のようです。
ですが愛が「本当にごめんなさい。愛、お腹が痛くって……」と大根役者ばりの演技をすると、久延さんはあっさりと納得したのでした。




