72
千草の言い分はいちいちもっともですが、それを愛のいるところで話すのはどうかしら?
部屋の片隅で、小さい声でしたが、雰囲気も相まって、気がつかれていると思いますの。
現に、機械を準備している久延さんはこちらを見ます。
愛は、能天気に小田原とプラム姫とお話です。
あの子牛のぬいぐるみが実は話せて動けることを知らないのは、この中で唯一、千草だけです。
だから、気がつかれないように、やはり反対側によって、コソコソしているのです。
事情を知らなければ、感じが悪い、ですわ。
そうね、千草だけ除け者なのですわ。
そう考えると、可哀想ですわ。
同じ『春告娘』の一員なのに、疎外感があるんじゃないのかしら?
それが愛に対する不満へと繋がっているのかも。
「ねぇ? そう思うでしょう? 文化祭の件だって、勝手に決めて……おかしいわよ。
自分勝手すぎない?」
「そうね」
「そうでしょう? モモカが私に賛同してくれてうれ……」
「そうよ! 仲間に相談しないで、勝手に決めるなんて、駄目よね!」
「え?」
私は千草の腕を掴んで、部屋の中央に連れて行きます。
「愛! 愛! 愛!」
「なんですかぁ?」
「千草が、あなたに言いたいことがあるんですって!」
「え? 私が?」
「そうですわ!」
嫌がる千草に向き直り、その肩をしっかり掴んで、励ますように頷きます。
「大丈夫よ、千草。
あなたにはその権利があるわ。
やる気を表に出さないだけで、誰よりも真剣に『春告娘』の活動に励んでいるじゃないの。
愛と違って、一度も遅刻・早退・欠席もしていないし、ダンスだって、メンバー随一の実力!
臆することなんかないの。言いたいことは言わないと。
私たちは表面的な仲良しこよしグループじゃないの。
互いに切磋琢磨する、アイドルグループなのよ!
駄目なところは駄目、と忌憚なく意見を交わすことによってさらなるひやくをぉ……アイタっ! 唇噛んだー」
「珍しく難しい言葉を使うからだよ……」
静まり返った部屋の中で、ぼそり、と久延さんの声が響きました。
「ひどいですぅ……」
口を押さえながら睨むと、「ばーか」と言われた気がしました。
ひ……ひどい!!!
私だって、ちゃんと考えましたのに。
源葵を私に嗾けた子たちは、自分が相手を僻んでいる自覚があって、後ろめたい気分があったのだと。
だから、家柄、という一点で、相手よりも有利な私に代行させて、溜飲を下げようとしたのだと。
けれども、千草は違いますわ。
千草は愛に対して後ろ暗いところなんか無いもの。
むしろ、愛の方が千草に遠慮すべきですわ。
あんなに真面目にアイドル活動に取り組んでいる千草に対して、愛は失礼な行動が多すぎます。
魔法少女なのを知らない千草が、怒って当然。
千草は愛に、文句を言う筋合いがあるのですわ。
それなのに、遠慮して私経由で収めようとしているなんて……なんて、謙虚な姿勢!
でも、それではいけませんわ。
こういう風に、コソコソしないで、もっと大っぴらに文句を言い合うべきです。
「私たち、同じアイドルグループの一員じゃないの! ねぇ、千草!」
「―――いい」
「え? え? モモカさん、チーちゃん? なんですか? なんなんですかーーー???」
「さぁ! 準備が出来たよ! みんな、今日も張り切って行こう〜!!!」
空気を全く読まない小田原が、手をパンパンと打ち鳴らし、三人を定位置につけたせいで、話はうやむやになってしまいました。
今日はヨウくんを連れてこなかった千草は、いつものように、早々に帰ってしまいました。
クールに見えた千草の内面を知って、私は思いを新たにしました。
もっと千草と仲良くしないと、と。
―――その時は。
その後も、千草の愛に対する愚痴と不満はとどまることを知りませんでした。
私はその度に、それを受け止め、時に、同意し、時に、なだめることになりました。
愛も薄々、感じているようで、戸惑っているようです。
つまり、私と千草、愛の二手に分かれてしまって、なんとなく空気が悪いのです。
うーん、これってあんまり良くない感じ。
どうしたものかしら? と思っていたら、なんと! 千草の家にお呼ばれしました〜!
あの、千草が! あの千草が! ですわよ!
「ヨウが会いたがっているから」
あのヨウくんが、私に会いたい、だなんて! 嬉しいわ〜。
『千草もヨウくんも可愛いわよね!』
『……本当に行くの?』
『行きますわよ! せっかく、誘ってくれたのに! あの千草がですわよ!』
『そうね、あの千草が……ね』
モモカさまは乗り気ではなさそうでしたが、梅花谷邸に残られますか? という問いかけには頭を振りました。
バッグの中にモモカさまを入れ、私は千草から教えて貰った住所に向けて、車を発進させました。
「時平町……お嬢さま、このあたりのようですね」
運転手が言いました。
なんとなく聞いたことのある地名です。
最近、多いわね。
それがこの世界で見聞きしたものなのか、元の世界の知識なのか、混乱してて判別がつきませんわ。
さらに車を進めると、鉄柵のある大きな屋敷の前まで来ました。
大きな洋館です。トキムネさんの思い出の時計台と似たような建築でしたが、雰囲気は違っています。
あちらが陽なら、こちらは陰。
クモの巣とか、蝙蝠とかが似合いそうな陰鬱な屋敷でした。
いや〜。ゴシックホラーの舞台みたいだわぁ。
ここが千草の家? 間違っていない?
眺めていると、玄関の扉が開きました。
失礼なことを考えていた後ろめたさで逃げようとしましたが、出て来た家人が見知った人間だったので、足が止まりました。
「守屋常成ではなくって?」
「やぁ、モモカちゃん、いらっしゃい!」
そこで思い出しました。
時平町。
それはこの男が『千草の家の住所』として聞いた地名でした。
それに対し、小田原は「違う」と言わなかったかしら?
「ここ……」
「藤野千草とヨウくんの家だよ」
もともと、細身の常成ですが、前に会った時よりもずっとやつれているように見える男が言いました。
目の下の隈もひどいですし、手も傷だらけです。
「どうしたの? どうぞ……二人とも待っているよ」
「あなたは!? なぜここに???」
不審に思って聞くと、常成は笑いました。
「この家は、俺の尊敬する師匠の家なんだ。
千草とヨウくんは、そのお孫さんだったんだよ。
ここだけの話、師匠って、俺に似て気難しい芸術家肌でさ、奥さんと子供にも見捨てられ、寂しい生活をしていたんだ。
それが最近、和解したみたいでさ。お孫さん……千草とヨウくんね、が、しょっちゅう遊びに来てくれるらしいんだ。
俺、それ知らなくって、テレビ局で会った時、驚いてね。
写真だけは娘さんから送られてきていて、なんだかんだ言いながら、師匠が部屋に飾っていたから、顔は知っていてさ。
まさか? と思って、確認してみたら、そうだったんだ。
まったく、水臭いよね。俺に隠しているなんてさ」
「そうだったんですか!」
千草もいろいろありますのね。
いつも早く帰りたがっていたのは、弟の面倒だけではなく、おじい様へのご機嫌伺いもあったのかも。
家族思いの子なのね。
どちらにも欠点はあるけど、愛には愛の、千草には千草の可愛さがあるから、私、結局、どっちの味方にもなれないのよ……。
二人とも仲良くなって、三人で楽しくアイドル活動したいです。
その為には、千草のことをもっと知って、私が、愛との架け橋にならないといけないと思いますの。
そういうの、大の苦手、ですけど―――。




