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白加賀邸の今日のおやつは薯蕷饅頭ですわ。暦の上ではもう秋。もうすぐお月見ということもあって、うさぎの形をしています。
扇の形の漆塗りの皿に載せられたそれに、月を象った落雁が添えられていて、見た目も可愛らしく、そして、美味しい。
いいわねぇ、秋。夏もいいですが、秋も美味しい物がたくさん!
栗きんとんとか……ああ、それを干し柿にいれたお菓子も美味ですわね。大好きですわ。
お芋も出てくる季節。梅花谷邸できぬかつぎなんてものが出るかしら?
私、秋になると毎年、あれが食卓に出てくるのを、楽しみにしていますの。
里芋を蒸かしただけのシンプルな味に、どうしてあんなに美味しいのかしら?
アツアツでホクホクなの〜。
「人の話を聞けよ!」
ちっ、私が秋の味覚を堪能しているというのに、うるさいですこと。
久延さんにならともかく、マサムネに私の邪魔をさせるものですか。
そのままお饅頭を食べきります。
でも、まぁ、景色は良いですわよね。
いつもの席の華やかで高貴な面立ちの白加賀久延だけでなく、その脇に、これまた美しい顔立ちの男子が二人。
長髪黒髪のクールなマサムネに、短髪の長束。
子供受けと母親受けしそうな、少年のような大きなクリっとした目が印象的です。
もっとも、ゲームで見た時の様な陽気さは感じられませんが。
『春告』の三人の攻略キャラを改めて前にすると、三者三様の麗しさに緊張してきました。
私の人生で、年頃の男性、しかも美形……にこんな風に囲まれたこと、ありません。
言葉がつまったり、変に上ずったらどうしましょう。
落雁を口で軽く溶かしながら、自分を鼓舞します。
大丈夫。私はモモカさまなんだから。
この三人よりも、美しく気品のある姿をしています。
怖気づくことなんか、ありませんわ。
「なっ……んのご用だったかしら?」
「お前ら、一体、なんなの?」
トップアイドルとは言え、庶民の出のマサムネの質問は単刀直入すぎます。
私たちの世界では、もっと、真綿で首を絞めるような質問の仕方が好まれます。
手腕があれば、上手く抜け出せるかもしれませんでしょう?
こういう刃物でズバッと切られるような会話は、逃げ場がなくて嫌ですわ。
「私が誰と問われれば、未来のトップアイドル・梅花谷桃香さま、とお答えするしかありませんわね」
「誰もそんな話聞いてないよ」
可愛いうさぎのお饅頭を一口で食べてしまったマサムネが苛立ったように言いました。
「マサムネ……女の子にそんな乱暴な口をきいたらいけないよ」
隣の長束が諌めました。
さすが、子供たちのヒーロー! 立派な心がけですわ。
「悪い……つい」
マサムネが愁傷な態度をとります。
同じ年頃で、新しいシリーズとはいえ、幼少から憧れていた特撮ヒーローを演じている人間には、一目置いているようです。
「あなた方はお友達なのですか?」
そんな設定、あったかしら? と思い、長束に聞きます。
「夏の映画でSENGOKUがテーマ曲を提供してくれた上に、マサムネがゲスト出演してくれた縁で知り合ってから、いろいろと親切にしてもらっているんだ。
友達かな……マサムネさえよければ、だけど」
特撮ドラマは、夏休みの子供向けに、映画を作るのです。
長束ルートに乗ると、この映画に新人女性アイドル枠のゲストとして愛が出ることになります。
ゲーム内では、いろいろなオーディションを受けて、攻略キャラとなる男性と出会い、仲を深めていくはずの愛ですが、現在のルートでは、プラムの力が木鷽と子牛のぬいぐるみに分割されてしまったせいで弱体化し、ビーに苦戦しているせいか、正規の『春告娘』としての活動がやっとのようです。阿吽ジャーの夏の映画には出ていません。
「そうだ。
それでこいつが悩んでいることを知ったんだ」
「悩んでいる?」
長束が恥ずかしそうに俯き、マサムネは大きく頷きました。
「僕は自分が演じているアージャが、これでいいのか分からないのです」
大きな目を潤ませて、熱を籠めて話始めた長束は、正直、鬱陶しい。
「なぜだか分からないのですが、全て二番煎じのような気がするんです。
スタッフや共演者は、新しい話だ、斬新なアクションだ、と言いますが、僕は、この話、前にも聞いたことがある。下手をしたら演じたことがあるんじゃないかと思ってしまうんです。
そりゃあ、特撮ものは定石がありますが、そんな単純な類似ではないのです。
そして、何度も何度も、初めて受けた主役だというのに、何度も同じ敵と戦って、滅ぼしたはずなのに、また復活してきているような気がするんです。
子供たちはこれで楽しんでいるのか? 不安で仕方が無くって、役に集中出来なくなって……監督にそんな腑抜けた演技をするな! と叱られるようになってきて……」
熱が引いていきます。
青ざめて、震えている特撮ヒーローが、そこにはいました。
その原因を私は知っています。
既視感がある。
当然ですわ。
この世界は何度もループしているのだから。
『大湊長束は、この世界が繰り返されていることに気が付き始めているのね。
いいえ、そんな風に気が付かされているのかも。
久延さんにははっきりと、長束にはうっすらと感じさせることで、徐々にこの世界に絶望させようとしているんだわ』
すでにループに気が付いて三周目のモモカさまが、お饅頭の上で怒りの様相を浮かべます。お饅頭は周りが食べられ、真ん中の餡子が見えています。
それが奴らの手ならば、効果的な方法です。
久延さんの場合は、何度繰り返しても、愛に振られるという現実で絶望に落とす。
長束の場合は、ループに自覚すれば、それはそれと、同じ役を演じ続け、子供たちを喜ばせるくらい苦もなく出来そうなタイプです。
だからこそ、違和感を抱くようにだけ調整し、役に対する不信感を持たせ、身が入らない様にさせる。
そうすれば、それを見た子供たちの心も離れていく。感情を高める効果が薄まっていくのです。
「俺はそんなことはない。
子供たちはみんな、お前のことが大好きだってことを教えたくって、あのショーにこっそり出演することを提案したんだ」
ドヤ顔でマサムネが言いました。
―――え? と、言うことは?
「あのアージャはあなたが!?」
バイトじゃなかった!
本物が中に入ってた!?
どうりで決め台詞の声が本物だと思ったはずだわ。
見事なタイミングで誰かが音声を流したのだとばかり。
「マサムネの言う通りにして良かったよ。
子供たちは純粋に阿吽ジャーを慕ってくれていた。
あんな危機にさらされた時も、阿吽ジャーを信じて応援してくれた。
僕は……僕は自分があの子たちに相応しいか分からないけど、失望させたくない。
もう二度と、アージャを疑ったりはしない……この人生の全てをかけて……アージャを演じきって見せる」
立ち上がって、決意表明をする男の背後に炎熱が見えます。
やっと酷暑から解放されつつあるというのに、引き戻さないで下さる?
温暖化、反対!!!
「長束のやる気が戻って良かったよ。
トキムネもこいつと同じくらい単純だといいんだけど」
「トキムネさん!?」
「―――お前、俺は呼び捨てで、なんでトキムネは『さん』つけなんだよ、え?」
マサムネに絡まれました。
あら、やだ、私ったらつい、本心が。おほほほほ。
「トキムネさんもお悩みなのですか?」
「あいつはSENGOKUの作曲担当なんだ。
長束と同じように、自分の曲がどこかで聞いた曲に聞こえると苦しんでいる。
作詞家が提出してくる歌詞も、振付師が提供するダンスもだ。
無意識に真似をしていないか恐れるあまり、曲が作れなくなっている。
作ったとしても、自信を持って演奏を聴けない、歌えない、踊れない」
「まぁ」
それは深刻ですわ。
トキムネさんも、ループの弊害を受けていました。
ループに気がつかないこの世界の人にとっては、何度聞いても、新しい曲として受け入れられます。
気づいてしまった人は、それはループのせいと割り切れます。
しかし、はっきりと気づいている訳ではないものの、どこかに以前の記憶を残してしまった人は、理由も分からず、既視感に苛まれることになるのです。
ゲームの『春告』では、クリアするごとに、データやアイテムを引き継げますが、これは記憶はリセットされたのに、なぜかそれらは手元に引き継がれた状態です。不気味だし、訳が分からないでしょう。
「トキムネも!? そうか……あの化け物のことといい、この世界はどこかおかしい気がするんだ」
ようやく気温を下げてきた熱風が、自分以外の同胞を見つけて、安心したように座り直しました。
「で、最初の質問に戻るけど、君たちは一体、何者なの?
そこの彼は、変身していたみたいだけど」
マサムネがした質問を、長束が再び蒸し返しました。
ああ、蒸すのは芋だけでいいですわ。
久延さんの秘密が知られてしまいました!
まぁ、それは構わないのですが、長束は私の方に目を向けました。
嫌な予感がします。
良い予感はかすりもしないのに、こういうことはよく当たります。
ちょっと笑い顔で聞かれます。
「君も……変身しようとしていたよね? 失敗してたけど」
みぃーたぁーわぁーねぇー!!!
気絶していたと思っていた阿吽ジャー二人のうちのアージャは、実はただ伏せていただけでした。
マスクをしていたので、気がつきませんでしたが、しっかり目を見開いていたのです。
舞台袖で久延さんが変身したのも、私が舞台上で思いっきり素振りをしたのも目撃していました。
よりにもよって、あの素振りを……帰りたいですわ……元の世界なんていいません。せめて、私を梅花谷邸に戻して……。




