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小田原は、私たちが入れ替わっているのを知っていました。
意外に狸な男でしたわ。
その狸が言います。
「白加賀久延は、自らが落ちる代わりに、この世界に新たな人間を召喚することに成功したんだ。
並行世界での彼に対応する人間は、偶然にも条件を満たし、偶然にもとても強い力を持つ若者だった」
それが久延さんの中の人。飛梅の子孫ですわね。
「ちなみに桃香に対応するのが百花だよ」
―――まぁああああああ!!! なんて光栄な!
「で、ところてん式に入れ替わったプラムはなんなのさ?」
久延さんは私の感動の心の叫びが聞こえているはずです。片耳を押さえて、顔を顰めていますもの。それなのに、無視します。
しかし、その答えに、私は、ちょっとときめいてしまいました。
「私がお守りする姫だ」
さすが、私。そして、モモカさま。
魔法の世界のお姫さまが、対応する人物なんて、ぴったりですわ。
「じゃあ、今の私の身体にはお姫さまが!」
「いいや、姫は、あの子牛のぬいぐるみに……」
ちっ、そうでしたわ。
高砂さんもおっしゃってましたでしょうに。今の私の身体は空っぽだって。
どういう状況にあるのか、気になります。
お姫さまの身体は魔法の世界らしく、解けない氷、もしくは、水晶の中に封じられているそうです。
なんて美しい……ファンタジーですわ!
「久延は自分と愛を結ばれる運命に導いてくれる人間を求めていたんだろうね。
それが『春告』というゲームに形を変え……君たちを試した」
その小田原の話には苦笑するしかありませんわ。
真の久延さんの思惑なんて、私の愛嫌いと、偽・久延さんの愛好きの前では全く功を奏していません。
二人とも、愛と久延さんのエンディングなんて求めていない、むしろ、最悪のエンディングと思っていました。
そうして、せっせと好き勝手に愛を操って遊んでいた。
『それでここに来るのが一周、遅れたのね』
モモカさまがうんざりした様子で言いました。
小田原は聞こえないようなので、私が通訳です。
ついでに聞きました。
「では、前回の周回は、何事も起らなかった」
「ああ、久延の捨て身の作戦も、失敗したと思ったよ。
それが今回、こうやって入れ替わりが行われて、いよいよ、と思ったのだが。
愛は逆に弱体化するし、そこの久延は変身するまでは、失敗したと思ったくらいだ」
私のせいではありませんわよ。
私はモモカさまになりきるのに、精一杯だったんですもの。
「私は愛ちゃんの為に頑張ってたよ」
「……役立たずだったけどね」
「なにを!」
「どれだけ私があなたを助けたか! 迷惑を掛けさせられたか!
そうだわ! まだお礼を言ってもらってません!
と言うか、あなた! モモカさまの家に、嫌がらせの手紙送ったでしょう!」
私の糾弾に、久延さんは怯みました。
『どういうこと! 手紙ってあの、最初のイベントの人が来ないっていう手紙?』
『そうですわ! そのせいで、モモカさまのご両親が会社の人を動員して……それをサクラだって批判したのよ。
自分でそうさせたのに!』
「わ……悪かったよ……」
どうやら私の思った通りです。
この人、悪い事出来ないわよね。
足跡ならぬ、梅の香りがついちゃうんですもの。
「おばあ様がよく申しておりましたわ。
いつも天神さまが見ているから、悪いことはしてはいけないって!」
「その通りだね。
俺はモモカがゲームの中のように、愛ちゃんに意地悪をする最低な女だと思っていたんだ。
それであんなことを。
反省している。アイドル活動においては、モモカは立派だと思っているよ。
それから君も……君は偉いね」
「―――そ、そうかしら?
おばあ様がそういう所だけは厳しかったのです。
ならぬことはなりませぬ! ってね」
ああ、また竹の物差しの幻聴が聞こえてきそうです。
「そうだった……好文家の先代ご夫婦は、幕末の愛憎を乗り越えたカップルだったね」
「???」
「まさか、そこも知らないの?」
「そこもって?」
「幕末」
ばくまつ?
何かしら?
はーあ、と大きなため息が聞こえます。
元の世界に帰ったら、ちゃんと勉強しますから、教えてくださいな!
その声に応えて、久延さんは、それでも、質問を重ねます。
「歴史区分だよ。ちなみに、今、どこら辺を勉強しているの?」
「歴史……ですか?
えーっと、確か……確か……か、かまくら!!!」
良かったですわ。口ごもっている間の久延さんとモモカさまの冷たい視線に、凍り付きそうになりました。
「鎌倉か……ちょうどその辺りに、小田原さんたちの世界と分かれたようだよ」
久延さんの発言に、小田原も大きく頷きます。
どうやら二人はすでに己の世界の歴史を付き合わせ、分岐点を見つけたようです。
「源平合戦だね。……知ってる? 源平?」
「―――知ってますわよ! 源氏と平家でしょ?
義経千本桜とか、一の谷とか!!!」
少しだけですが知っている単語が出たので、嬉々として余計なことまで話してしまいました。
「歴史じゃなくって、歌舞伎の演目じゃないか」
歌舞伎じゃなくて、文楽ですの! と反論しかけて止めました。
そこから話を展開していく自信が無いのですもの。
「とにかく、大きな分かれ目は、そういう大きな戦いによく出来るみたいだ。
勝者と敗者、二つの大きな区分が出来るからね。
さて、この源平合戦の際に、大元の世界にあった力の多くが、分かれていった方のものになった。
小田原さんや奴らの世界は、魔法のある方の世界。
しかし、この世界にはなぜか全く、そういう『力』が回ってこなかったらしい。
この世界には、全く、『力』の痕跡はない」
「そのせいで、奴らに目を付けられたんだ。
愛にプラムの持つ『力』を仮託して、『開花』してもらって凌ぐことで対応しているのだが……」
小田原は悔しそうに歯を食いしばりました。
「えーっと、そうですの」
ストローを咥え、シュワシュワする深いグリーンの液体を飲みました。甘くてさっぱりしますが、クリームソーダの糖分ごときでは、もはや、脳みその栄養を賄えません。
私一人を除け者にして、モモカさま、久延さん、小田原の三人には共有意識を持っていることを、普段なら悔しく思うのでしょうが、今は、そんな気は起きません。
むしろ、このまま放っておいて欲しい気持ちです。頭を使うのは苦手。
「うん。そして、私たちの世界と、この世界の分岐点は、幕末。明治維新の頃だと推定される」
「それ、ご自分で発見しましたの?」
「そうだよ、この世界に来て、調べた結果だ」
久延さんは、大気の構成やら、地球の自転や公転、人体の造りなどを比べ、ここが自分たちのいた地球と全く変わらないことを突き止めたのです。
違う所は、明治時代以降の歴史だったそうです。
だから初めの頃、あんなにたくさん本を読んでいましたのね。『学びて思わざるは〜』なんて偉そうに言わなければ良かった。
大きな声では申せませんが、私も一応、違う点を探しましたのよ。
『仕方がないわよ。学校じゃ幕末の歴史までいかないし』
お優しいモモカさまは慰めて下さいましたが、たとえそこまでいったとしても、気が付かない自信がありますわ!
歴史なんて、興味ありませんでしたもの。
「それに、この世界と元の世界、あまり変わってない気もしますし」
「え? でも、大統領制だし、道州制だし、結構、社会的制度が違うよ」
「―――え?」
「え? ……君、本当に代議士一族の娘なの?」
社会も苦手でして……うん? 公民かしら? って言うか! ええ、そうよ! 勉強全般苦手なの!
「そういう所が違うとしても、ご飯が美味しいのは同じだわ。食文化はそっくりよ!
とんかつだってあるし、すき焼きだってあるじゃないの!
あと、あんぱんもカレーパンもオムライスもあったわよ!」
悔し紛れに言って、私は空になったみつ豆の器を持ち上げました。
「そうですわ! だから、このみつ豆発祥と謳うお店の名前、私の知っているのと違うのねぇ。……味は同じだけど」
器を下げると、三人の六つの瞳が私にぶつかります。
そして、一斉に、笑い出しました。
な、何よ!
代表して久延さんが言いました。
「そうなんだ! それは知らなかったよ」
それから、とても真剣に何かを考える顔をしました。
「なるほど。それを含めて考えると、なぜ、私たちがこの世界に呼ばれたのか、分かるかも。
全ての出来事を把握している訳じゃないけど、この世界と元の世界は、親和性が高いんだ。
分岐点はあったし、社会制度には違う面が多いけど、その後の歴史の流れとしては、元の世界と大枠でほぼ同じ道筋をたどっている。
世界史の大きな事件や出来事が一致しているんだ。
双子の世界と言っても過言ではないから、別の世界よりも行き来が楽なのかもしれないよ。
味覚の差も少なく、だからこそ、そこから発想される料理も似てくるんだね。
君、食べ物に関しては、しっかり時代区分出来てるじゃないか。すごいじゃないか! さすが食レポの新星・モモカさまだ」
半分以上、理解不能の台詞の後半は褒められたように聞こえましたが、ちっとも嬉しい気分になりませんでした。




