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春告!~目覚めたらアイドル!うっかり魔法少女!え?悪役令嬢ってなんですか?~  作者: さぁこ/結城敦子
8月~転落と栄光のアイドル!?~

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 てっきり、橋を渡って帰るのかと思ったら、高砂さんは事務所の隣にあるマンホールの蓋を開けました。


「どうぞ」


「ここから帰るんですか?」


「そうだよ。橋は橋姫の管轄だからね。

大丈夫、この方法でも帰れるよ。

私の先輩も、似たような方法で異界と行き来していたんだから」


 高砂さんは、相変わらず微笑みながら言い、「はい、これは君の落とし物だよ」と、私に鞄を渡しました。

 それはこの世界に来る時に持っていて、どこかに落とした通学鞄でした。


「ありがとうございます」


「元気でね」


 マンホールの穴は暗く、元の世界に帰れるのか不安がこみ上げてきます。

 

 それに―――それに、本当にこれでいいのでしょうか?


 闇の中に問いかけます。


 このまま帰ったら、モモカさまはどうなるのかしら?


 聞けば、マンホールを通り抜ける頃には、魂と身体が分離するそうです。

 「桃香の身体はしばらく使い物にならないけど、必ず元に戻すから君は心配することはない。任せなさい」

 私の身体は、空っぽとのことです。

 「誰も中に入っていないから、すんなり元に戻れるよ。それに、時間軸も君がいなくなった直後になるから、なんの不都合もないはずだ」

 気になることを全て、聞く前に答えてくれます。


 それなのに、安心するどころか、その逆です。


 マンホールの蓋を開ける器具を両手に持った高砂さんを見上げます。

 彼はなんでも知っているようです。


 その人が、かつて私の……モモカさまブログになんとコメントを残したのでしょうか。



『今日の歌もとても良かったよ。

夏に会おう。

その時まで、仲良く頑張ってね。


高砂』



 『夏に会おう』


 その通り。私は夏に高砂さんに会えました。


 『その時まで、仲良く頑張ってね』


 では、これは?


 耳の側で、おばあ様のふるう、竹の物差しの音がしました。


 私はモモカさまと仲違いしたままです。

 もっと言えば、凪子ちゃんとも。

 

 あれはいけなかった。

 このまま帰ったら、私は、元の、家柄しか取り柄のない、嫌われ者の百花のままです。

 せめて、この世界では、この世界でだけは、私は美しくありたい。


 モモカさまのように。


 今、どこにいるのかしら。

 あんなひどいことを言って、謝りもせずに帰るなんて出来ません。

 まして、魂の無いモモカさまの身体では、アイドル活動が出来ないのです。

 凪子ちゃんに……私の最初のファンに、私自身でちゃんとした『モモカさま』を見せてあげたい。


 それこそが、モモカさまへの私が出来る、せめてもの恩返しです。

 あの輝く笑顔で、私を孤独から救ってくれたモモカさまへの―――。


 マンホールの縁から手を放しました。


「百花ちゃん、帰らないの?」


「帰りますわ」


「そうか。気を付けてね」


 なんでも知っている高砂さんは、いちいち私に問い質したりはしません。

 それが正解なのか、誤答なのかも教えてくれません。


 だけど、だからなんだって言うの?


 『モモカがそう決めたんですからっ!』

 それは絶対の正解です。


 心の中で、モモカさまの決め台詞を叫び、通学鞄を抱きしめて、堤防を駆け下りました。

 途中、振り返って、高砂さんに手を振ります。


「高砂さん! ありがとうございます!!!」


「桃香ちゃんによろしくね〜。飛梅の子も、よろしくね! あの子は……あの子も……次は、冬に会おうね! その時こそ!……そのときこそ……みんな……」


 周りがぼやけ、高砂さんの声も消えてなくなります。


「歌を歌いますから! あなたに届くように! またブログにコメントを書いてくださいね!!!」


 今度も、きっと大切に読みます!


 真っ白になるまで手を振り続けました。


 また機械的な『とおりゃんせ』の音が聞こえてきました。


 あの童子二人が両脇にいる横断歩道が見えてきます。


「おかえりなさい」


「おかえりなさい」


 私は帰ってきました。


「ただいま!」


 二人に言って、横断歩道を渡りました。


 確かに、行くよりも帰る方が難しかったわ。

 元の世界に戻れるという魅力的な話を蹴って、『こちら側』に『帰って』くるなんて。


 高砂さんは分かっていたんだわ。

 ちょっとだけ意地悪な人かも。

 

 ひゅん! と竹の物差しの音がしました。


 ひぇ! ごめんなさい!!!

 おばあ様と同じくらい、厳しくて、優しい人なんだわ。


 その証拠に、横断歩道の行き先は、元の街中ではありませんでした。


 鶯橋に似た大きな橋がある川の堤防でした。



「モモカさま! ……っと、紅!」


 鳥籠を持った、敵幹部・紅の姿を、私の目は捉えたのです。


「モモカさまを離しなさいよ!!!」


『あなた! 何しに来たの!?』


 今にも鳥籠に入れられそうになったモモカさまが、私の姿を認めました。

 口調が剣呑なのは、まだ怒っているからでしょう。


「迎えにきました! 私が悪かったの! モモカさまの姿を穢しましたわ。

これからは、もっと努力して、モモカさまに近づけるように頑張ります。

もう一度、私にチャンスを下さい!」


『……』


「『へぇ、帰らなかったんだ』」


 紅が驚いたように言いました。

 感情がないはずなのに、そう聞こえました。


「帰ってきたんですわ! 私の居場所はここです! 少なくとも、モモカさまにこの身体を返すまでは、ここで、モモカさまの代わりを務めます!」


 イタタ……恰好良い姿を見せたいのに、お腹が痛みます。

 つい、前かがみになってしまいます。


「モモカ!? 大丈夫か!?」


 後ろから、声がしました。

 白加賀久延です!


「どうして……」


 耐え切れないほど痛み始めたお腹を押さえながら、振り向くと、思った通り、久延さんがいました。


「……探していたんだよ」


 私を? それとも、モモカさまを?

 

「お腹痛いのか? もしかしてずっと? 今日の舞台の不調もそのせいか?」


「平気ですわ。アイドルたるもの、この程度の痛み……」

 


『駄目よ!!!』


 モモカさまの鋭い声が聞こえました。


『早く病院に行きなさい!』


 紅に握られたまま、身をよじって叫んでいるのです。


『でも、モモカさまを……』


『いつから痛いのよ! 最近、機嫌が悪かったのはそのせいなの!?』


『分かりませんわ。今月はずっと……』


 お腹をさすります。固く張っている感じがします。


『痛かったの!? 盲腸だったらどうするの!』


『盲腸?』


『そうよ! 盲腸はね、すっごくお腹が痛くなるのよ!

それを我慢していると、ひどくなって、腹膜炎になっちゃうの。

そうなったら、もう手術することになるんだから!』


 やけに詳しく、そして、やけに盲腸を恐れている様子に、私は首を傾げました。


『そこの久延さんの中に入ってる人! その子を病院に連れて行って!』


 聞こえるはずが無いのに、モモカさまが久延さんに命じました。

 しかし、それに反応したのは、なぜか紅でした。


「『……盲腸……もしかして、桃香? 君はあの時、本当にお腹が痛かったの?』」

 

『そ……そうよ……我慢したけど、どんどん痛くなって……病院に連れて行かれて、すぐに手術しろって……私は嫌だって言ったのに……』


 紅とモモカさまが見つめ合っています。

 二人には何か通じるものがあったようですが、私にはさっぱり分かりません。


 しかし、久延さんには、分からないなりに、分かった事実があったようです。


「あー、モモカ? そっちのプラムの方の……。その盲腸の話が君の経験談なら、こっちのモモカの方は、少なくとも盲腸の心配はないよ」


『どうしてよ!』


「手術したんなら、盲腸は取ったんだろう? なら、モモカの身体は盲腸にはならないよ。普通は。

この世界の人間も盲腸は一個だろう? 本で見たけどそうだった」


 至極、冷静で真っ当な意見に、モモカさまは動きを止めました。紅は……ちょっと笑ったかもしれません。


『…………!!! じゃあ、なんでお腹が痛いのよ!』


 その時、私が借りているモモカさまの身体に異変が起きました。

 とても殿方の前でしてはいけない……その……音と臭いが……。

 いやぁあああああああ!!! 誰か! 誰か代わって!!!


 動揺する私に、モモカさまが引きつった様子で問います。


『……あなた……最近、トイレ行ってまして?』


『あ、アイドルは……トイレには行きませんことよ』


『この期に及んでそんなしょうもないことを!!!』


 紅が手の力を緩めたのでしょう、戒めから解放されたモモカさまが私に向かって突撃します。


『やめて! 突っつかないで下さい〜』


『食べ過ぎなくせに、出してもなかったの!

お腹も痛くなるわよ! どうして気が付かないの! 普通、何日も出なかったら、気になるでしょうが!』


『元の身体で、こんなことなかったんですものーーー!!!』


 久延さんと紅の前で、こんな下品な話をするなんて、恥ずかしいのに、モモカさまの追求は止みませんでした。


『ないの!? 一度も!?』


『ありませんわ!』


『まぁ……羨ましい体質なのね。

私はちょっと気を抜くとすぐに……その薬の助けを……』


 完璧で美しいモモカさまにそんな悩みがあったなんて……。


「梅花谷家の食事に問題があると思うよ」


 すっかり呆れた様子の久延さんが言います。

 この人には、モモカさまの声が聞こえているようです。

 初めて会った時は、そうじゃなかったのに……。


「食事?」


「そう、君がよくブログにアップしている料理。

脂質と糖分が多くて、食物繊維が圧倒的に足りていないよ。

それでその体型を維持しているから、正直、すごいなぁ、とは思ってたんだ」


 まさか、愛だけでなく、私のブログまできちんと見ていたなんて。

 嬉しいけど、こんな駄目出し、嬉しくありませんわーーー!!!


「とりあえず、病院に行こうか? 

―――と言う訳で、俺たちは行くけど、君はどうする?

そっちがその気なら、やりあう準備はあるけど」


 ポケットから、あの木彫りの鳥を取り出した久延さんが不遜に微笑みます。

 

 そうでしたわ。

 高砂さんが言っていた飛梅の子孫。

 とても強い力の持ち主。


 紅もそれを知っているのでしょう。

 消えていなくなりました。


『モモカさま、ごめんなさい。

私が自分勝手な真似をしたせいです。

それなのに、私のことを心配して下さって……お優しいのですね』


 両手で小鳥型妖精の姿になったモモカさまをそっと包みます。


『―――私は……優しくなんかないわ!』


『え?』


 ぶるり、と手の中の羽毛が震えました。


『あなたの言う通り、私も悪かったわ……』


『いいえ! モモカさまは悪くありません!

こんないきなり小鳥のような姿になって、私のような女に勝手に身体を使われ、あまつさえ、イメージまで落としてしまうなんて!』


『違う』


 はっきりとした声に、胸を突かれました。

 言葉を失い、見つめたモモカさまは、小さくて弱くて……今にも消えてしまいそうです。


『違うわ。あなたは勘違いしている。

私は素晴らしいモモカさまなんかじゃないの。

嫌味で、嫉妬深くて、意地悪な女なの。

久延さんが振り向いてくれなくても当然なのよ。

だって―――だって!!!』


 『悔しかったんだもの!』と、悲痛な声が響きました。

 そこからモモカさまは堰を切ったように、愛への憎しみを語りました。

 ぽろぽろとこぼれる涙が、胸元のフワフワな羽毛を濡らします。


『だから意地悪していたわ。ええ、そうよ。

キツイ物言いをしたわ。そこの男の言う通りよ!

でも間違っても、物理的な嫌がらせはしていないわ! 

それだけは、私のプライドに誓って、一度もしていない!』


『モモカさま……』


『失望した? あなたの方が、私よりもずっと素敵なのよ』


 思わぬ告白でした。

 まさかモモカさまがそんなことを思っていたなんて。

 けれども、裏切られた気持ちにはなりません。

 なぜなら、私は知っているからです。伊達に長い間、一緒に過ごしてきたわけではないのです。


『―――モモカさま……それでも、私はモモカさまが好きですわ。

私は知ってますもの。

この身体……どれだけアイドルとして研鑽を積んで来たか、それだけは嘘ではありません。

それに……』


『それに?』


 次の言葉を躊躇ったのは、モモカさまへの気持ちが偽りだからではなく、側に、今や私たちの会話が聞こえる久延さんが居るからです。

 また変なことを言ったらどうしましょう……。

 恐れが、言葉を奪います。

 その言葉だって、他人の受け売りです。他人のふんどしで戦うのが、ほとほと身についてしまったようです。

 でも……それ以外、モモカさまを励ます言葉が思い浮かびません。


『過ちて、改めざるを、これ過ちという。

モモカさまは自分の過ちも、弱さも、ご存知なんですもの。

きっともっと素敵な人になれます。

私も、モモカさまを見習って、自分と対峙してみようと思います』


 一気に言葉を紡ぎだしました。

 堤防の上に、川から風が吹いて、一瞬、涼しくなりました。


 誰も何も言いません。おばあ様の竹の物差しの音も聞こえません。


 恐る恐る久延さんの方を見ると、彼は、私を見て、ニッコリと笑いました。


「送っていくよ」


 私は久延さんに連れられて病院に行きました。

 腹痛の原因は分かりましたが、ついでに見てもらった頭痛の原因は不明でした。

 ただ、頭痛の方は、自分で分かっているかも。この痛みは、自分を知るための痛みなのだと。

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