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置かれている状況を懸命に理解しようとしていたら、ドアがノックされました。
返事をすると入って来たのは、モモカさまのお母さまでした。
とすると、今は私のお母さまになるのかしら。
なんて美しいお母さま!
ゲーム画面で見るよりも、素敵です。
大体、『春告』のグラフィックはヒロイン周りばかり優遇されすぎると思います。
誰が愛の弟や愛犬なんかの一枚絵が見たいと言うのでしょう。
麗しい梅花谷家の家族写真の方が、段違いに価値があります。
それがもらえるならば、バッドエンディングだって我慢して全部のエンディングを見ても良かったのに――。
「桃香さん? 大丈夫ですの?
起きたと思ったら、すぐに部屋に引きこもって……体調を崩してしまったのかしら?
デビューからこちら、忙しいかったものね」
「いいえ、お母さま。
ご心配おかけして、申し訳ありません。
モモカは元気ですわ……ただ、ちょっと混乱を……いえ、なんでもありません」
「そう?
では、今日の予定はこなせそうかしら?」
「きょ、今日の予定???」
気が付いたらモモカさまになっていたばかりの私には、なんのことか分かるはずもありません。
幸いなことにお母さまは、コクンと頷いて説明をしてくれました。
「ええ、白加賀さまの観桜会に一緒に行きましょう。
ようやっと御衣黄が咲いたらしくって、今が見ごろですって。
桃香さんは、久しぶりでしょう? 白加賀邸に行くの。
今日は久延さんもご出席のようよ」
――白加賀久延。
その名前を聞いた瞬間、血の気が引いてしまいました。
彼こそ『春告』の裏の正ヒーロー。ヒロイン・愛の憧れの君。
しかし、多くの女性プレイヤーたちはそのことに気が付かず、パッケージでも中央に描かれている表の正ヒーローとされる男性アイドル『SENGOKU』のリーダー・マサムネを筆頭に、別の攻略キャラたちとの恋をしてしまうのです。
彼の存在は、ひた隠しにされていましたが、よくよく見れば、ゲームの冒頭から登場しています。
『春告』の始まりはこうです。
***
『桜の舞い散る中で、幼い三好愛は泣いていた。
彼女が住む小さな町に、映画の撮影隊がやってきたのだが、世界的にも有名な監督は様々な注文をつけ、その度に協力を申し出た町中が一丸となってその望みを叶えていた。
この映画がヒットすれば、このさびれた小さな町は一躍有名になるはずだ。
観光客もくるだろう。
その為には多少の無理もする。
そんな中、子役の女の子が一人、病気になって帰ってしまった。
監督が厳しいせいで嫌になって逃げてしまったのだ、と人は思ったが、そんな噂話にうつつを抜かしている時間などなかった。
早急に、女の子が一人、必要になった。
スケジュールの都合で、撮影日も残り少なく、都会から呼び寄せる時間もなかったスタッフは、町に相談した。
「なら、町役場に勤めている三好さん家の愛ちゃんがいいですよ。
とても可愛らしい女の子で、歳もピッタリです」
推薦を受けた女の子は、「町の為に」と父親に懇願され、映画に出ることになった。
しかし、演技経験の無い女の子にも監督は容赦なかった。
度重なるリテイク。
それでも、必死で何度も彼女は演技をした。
父やみんなが町の為に奮闘しているのを知っていたからだ。
この町は駄目だ、と思われたくない。
それだけが彼女の支えだった。
それでも明日もまた撮影があるのかと思うと、愛の目からは涙が出てきた。
「どうしたの?」
不意に、声をかけられた愛が顔を上げると、そこには大層、美しい少女が立っていた。
映画の主役である、天才美少女子役だった。
桜の花びらが滑り落ちるほど、さらさらの黒髪を持つ少女は愛を見て微笑んだ。
「愛は嘘をついちゃいけないって、お父さんから教えられたのに……思ってもいないことを言ったり、やったりなんか出来ないよ」
演技することに疑問を抱く少女の感性に、黒髪の美少女は意表をつかれたようだ。
しばらく考えた後、降りしきる桜の花びらの中、彼女はポケットの中から、小さな木彫りの小鳥を取り出し、愛に渡した。
「これはね『ウソをマコトに替える』と言われているお守りだよ。
演技は嘘かもしれないけど、君が役になりきれば、見る人の感情は動かされる。それは偽物の気持ちじゃなく、本当のものだ。
大丈夫、心配しないで。君のウソは、この子と、スタッフのみんながマコトに替えてくれるよ」
彼女の助言と演技指導のおかげで、愛は無事に撮影を終えた。
その時からだ、彼女が芸能界に憧れを抱いたのを。
そして彼女を励まし、撮影では見事な演技をして見せて、強烈な印象を残したあの子に会いたい、と強く思ったのも――』




