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春告!~目覚めたらアイドル!うっかり魔法少女!え?悪役令嬢ってなんですか?~  作者: さぁこ/結城敦子
6月~視界不良のアイドル道!?~

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 真面目に勉強すると疲れますわねぇ。

 

『そんなに勉強してたかしら?』


わたくし的には、小学生以来ですわ! こんなに物を覚えましたの』


『小学生?』


 ええ、小学生の夏休みに、おばあ様に論語を朗読させられたのですわ。

 小さい机の前に正座しましてね、間違うと、その机の上に竹のものさしがピシィ!!! と小気味の良い音を立てて唸るのです。

 怖いですわー。

 これは思い出さなくても良い記憶でしたわ。


『結構、スパルタでしたのね……なのにどうしてこんな……』


『反動ですわね!』


 アイドルになる夢を反対されれば、憧ればかりが募り、勉強を強要されれば、やる気をなくすものです。

 人間の感情なんてそんなものです。

 なんて面倒な……。


『駄目!』


 いきなりモモカさまの甲高い声が頭に響きました。

 軽く頭痛がします。


『ど、どうなさいましたの?』


『駄目よ。そんな風に思っては。

とても危険な考えなの。この世界では……奴らが嗅ぎつけてやってくるわ』


『奴ら?』


 聞き返すまでもなく、『奴』らはやってきました。


 勉学の場に悲鳴がこだまし、大勢の乱れた足音がします。


『私のせい!?』


『いいえ、他の誰かよ』


『どうしましょう!』


『―――あの子がいるでしょう』


 モモカさまがそっけなく言います。

 そうでしたわね。

 この学校には桜の戦士・メゴこと三好愛みよしめごがいるのでした。




 あの子、あの仔牛のぬいぐるみを学校に持ち込んでいるのかしら?

 変身できたとして、ビーたちに対抗できるのかしら?

 この世界で分かっていること。

 ゲームの世界よりも愛の魔法力が低い。



「あなたの心をざわめかす! 桜の戦士・メゴ! 開花宣言いたします!」



 窓から中庭を見下ろすと、ちょうど『開花』を済ませた愛が口上を述べていました。

 すでに季節外れの桜を舞い散らしながら、案の定、苦戦し始めます。

 

 うーん、見捨てたい気もしますが……おばあ様の『ならぬことはならぬものです! ……ピシィ!!!』を思い出した今は、幻の竹のものさしの風圧を感じます。

 これは義を見てせざるはなんとやら。


『勇無きなり、ですわよ』


『あ、でしたら見て見ぬふりをしてもいいのかも……だって、私、勇気はあまり持ち合わせていませんから』


『そうね……でも、そんな意気地なしのあなたにも出来るいい考えがありますわよ』


『へっ?』


 混乱の中、小鳥の姿のモモカさまが校内を飛んでいても気に留める生徒たちはいませんでした。

 ビーからもうまい具合に逃れています。良かった。あの化け物、本当に怖いんですもの。

 モモカさまを追っていくと、ほどなく着いた場所は、『校内放送室ぅ?』。


 戸惑う私の前で、嘴で器用にスィッチを入れていくモモカさま。


『顔出しはする?』


『―――いいえ、声だけで』


 これまでと違って、梅花谷桃香の声だと分かってしまいそうなので、少し声音を変えます。

 メゴを助けたと思われたくないですし、こんな非常時に呑気に歌を歌っている女だとも思われたくありません。

 曲もポップなアイドルのものは止め、おばあ様がお好きだったオペラの曲にしましょう。

 『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」などはいかが?


『素敵な選曲ね』


 モモカさまが気に入ってくれたこともあって、歌声の伸びは上々です。

 やっぱりモモカさまの声と肺活量と腹筋は素晴らしいです。今まで出なかったような高音も楽々〜。素敵〜。

 マイク越しでは不安でしたが、一曲歌い終わって外の様子を探ってみると、どうやらビーの襲撃はメゴが見事に退けたようで、生徒たちのざわめきと、教師たちの指示や安否確認の声が飛び交っていました。


 これでこの場は安心。

 モモカさまの方を向き、微笑みかけると、満足した様子の瞳と目が合いました。


『さ、邪魔者はいなくなったわ。

久延さんのお見舞いに行きましょうか』


『……モモカさま……まさかその為に愛に手助けを……』


『あら? いけなくって?』


『いいえー』

 

 恋する乙女の考えることは、私には量りかねます。


 本当に、あの白加賀久延のどこがいいのでしょう?


 見た目?


 ふむ。『春告はるこく』の真の正ヒーローなだけあって、見事な美貌であることに異論はありません。

 

 白加賀邸の庭園は今を盛りと薔薇の花が咲き誇っていましたが、その中に座っていても負けないほどの美しさです。

 成長して、さすがに身体の線は硬くなり、男っぽさが出ていますが、かつて美少女女優として一世を風靡した面影は十分、伺えます。

 今は落ち込んでいるせいか、猛禽類の如き鋭さは鳴りを潜め、愁いを帯びた表情が、ますます、そちらに拍車をかけているのか、中性的な魅力が押し出されています。

 薔薇を背景にして、おとぎの国の王子さまみたい。

 

 不覚にも胸がときめくではありませんか。


 頬杖をつき、耳にイヤフォンをつけ、音楽を聴きながら読書をしている姿はまるで―――まるで、そう! 薫君かおるのきみを思い起こさせます。


『薫君? その優美な名前のお方はどなた? 

恋をしたことがない、と言いながら、ちゃんと好きな方がいらっしゃるじゃないの?』


『はぁ? 私が薫君を? それは誤解ですわ。

薫君はいうなれば学園のアイドル! アイドルは遠くから崇めるものであって、恋愛する対象ではありませんの。

少なくともわたくしは、ですわ。

……薫君が握手会をして下さると言うなら……うーん、並んだかもしれませんが、薫君はそんなお方ではなくってね。

いつもああやって、物静かに音楽を聴きながら本を読んでいるようなお人でしたわ』


 その高貴なお姿の方に、私の姿を視界に入れるなんて冒涜です。

 それに、何を話題にすればいいのでしょう。

 きっとクラシックや、詩集なんかがお好きなのでしょう、と皆さんは推測されていましたが、詳しいことは存じません。

 ただ―――


『とても良い香りがするというお話は伺ったことがあります。

生まれながらに芳しい香りを放っていた、と』


『それで薫君かおるのきみとおっしゃるのね』


 モモカさまは話に聞く薫君に陶然となさっていました。

 本物の白加賀久延に似ているからでしょう。

 もっと教えて差し上げたかったのですが、生憎、元の知識も乏しい上に、あまりに薔薇の香りが強すぎるせいでしょうか? 頭が痛くなってきて、今回は記憶もそれほど戻ってきませんでした。


『そのようですわ。本名もそれにちなんで―――ええっと……多分、薫と言ったのではないかしら』


 ご自分の世界を持っていて、孤高を保ち、近寄り難い方でした。

 ただ、その麗しい姿は遠くから見ているだけでも十分すぎる存在でした。


 その薫君がなんだってあの女と―――

 




『本当に、取り替えてくれるの?』


『ええ、いいですよ』


『でも、これどうするの? 君はこれが欲しいの?』


『ネットオークションに出せば、それなりのお金になるんですよ。

先輩もやってみますか?』


『いや、いいよ。俺は。

君がそれで儲けを出しても、文句を言ったりはしないから。

じゃあ、取り替えてくれる?』


『はい、取り替えましょう!』



 

 元の世界での最後の記憶。

 橋の上で、二人が会話していました。

 薫君が挨拶以外で女の子と話すなんて初めて見ました。

 

 手には黄色の……いいえ、山吹色の箱。

 対する相手の手には桜色の箱。


 



 ―――かえましょう、かえましょう



 あっ……たま、が、痛ぁい……ですわ。

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