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高砂さん探しは全く進展がありません。
アイドルとしての活動も、なかなか思うようにいきませんでした。
サクラの提供を拒絶した結果、人の集まりは目に見えて悪くなりました。
それでも、松田と竹井は必ず、どんなイベントでも姿を現します。
あの神童親子は一回しか来ませんでしたが、サクラとして動員された社員たちの中から、数人ほど、興味を持ってファンになった者もいます。
たとえ愛目当てだろうが、私……梅花谷家へのゴマ擦りだろうが構いません。
いつか必ず、モモカさまの魅力を分からせてあげますわ!
モモカさまほどのアイドルはこの世にも、どの世にもございませんわ!
そのモモカさまに、執拗に嫌がらせする輩がいるなどと、信じられません。
初めてのリリースイベント以来、モモカさまに対する嫌がらせは収まることを知りませんでした。
私たちもやられっぱなしではありません。
それぞれに意見を出して対策を講じました。
『私でしたら、櫛に瞬間強力接着剤をつけておきますわ!
頭に櫛を付けたままステージに立つか、切り刻んでざんばら髪になればよろしいのよ』
『モモカさまはお優しいですのね。
私は飲み物に下剤ですわ。
ステージにすら立たせませんことよ』
『衣装を切り刻むのは鉄板ですわよねぇ』
『メイク道具に漆か何か仕込んで、かぶれさせるという手もありますわ!』
様々な場所で、リリースイベントを行いましたが、どこに行くとしても、自分の荷物は自分で運び、管理しました。
飲み物も、メイク道具も自分の荷物の中から、自分の手で出したもの以外は、決して使いません。
荷物はプラムの姿のモモカさまが、その大きな目でしっかり監視してくれましたので、おかげで、その手の嫌がらせは回避することが出来ました。
実際、用意されていた櫛には瞬間強力接着材がついていましたし、飲み物には下剤がしこまれていました。
他にもいろいろしたかったでしょうが、前述のように、『私たちの考えた最強の嫌がらせ』の前では付け入る隙を与えませんでした。
ふっ……しょせん、人に嫌がらせするような下賤の身の浅知恵。私たちに通じるものですか。
ぜぇったいに負けませんことよ!!!
しかし、それも、あくまで、対策が出来る範囲までのことでした。
ステージの上で歌い始めると、そうもいきません。
ある時は照明が消え、ある日はマイクの調子が悪い。
最初のリリースイベントで音源がなくなったのも偶然ではなく、嫌がらせの一環だったようです。
重大なハプニングではないところが地味に苛立たせてくれます。
ステージの立ち位置に蝋が塗ってあった時は、あぶなかったです。
危うく、みんなの前でみっともなく転んでしまう所でした。
モモカさまの反射神経で、華麗なターンからの決めポーズで衆人の注目を浴びれたのは、災い転じて福となす、ということでしょう。
ただ、いつも『春告娘』のイベントを動画に撮り、ネットに上げる『自称:春告娘の動画班』の竹井が、その場面を捉えてくれることを期待していたのに、愛にレンズが向いていせいで、見切れてしまっていたのは悔しいことでした。
それにしてもイベントの度にこれでは、いつかモモカさまの身体に怪我を負わせかねません。
頭上のスプリンクラーが突然作動し、びしょ濡れになりながらも歌い切った私は、そろそろ根本的に解決しないといけないと、思うようになりました。
「大丈夫ですかぁ?」
私の隣……と言うか、センターの愛にも飛沫がかかったようで、髪の毛と衣装が湿っていました。
「勿論、大丈夫ですわ。
水も滴るいい女を実践しただけですのよ。
おほほほほほほほ……くしゅん」
「モモカさんって優しいですね」
ええ、そうですの、モモカさまはお優しいのよ。
よく分かっているじゃないの、愛。
でも、なぜ今、そんなことを?
そう思っていたら、普段は温厚な小田原がイベント会場の責任者に詰め寄っていました。
「うちのアイドルに何かあったらどうするんだ!」と、怒っているのです。
あら、頼りがいがある姿に見えます。
私はこれまでずっと、こんな嫌がらせを受けてきて、それをどう上手く避けられるか、相手に勝つかに集中していて、管理責任を問う、などという発想はありませんでしたわ。
確かに、スプリンクラーはこの施設のものなのですから、その点検、整備不良は許されるものではありません。
しかし、これが故意だとすれば、責任を問われる人もとばっちりと言うものでしょう。
第一、この施設は、梅花谷グループの持ち物なのですから、責任は巡り巡ってモモカさまのお父上に辿りついてしまいます。
いいえ、いけないわ。
消防法に違反している施設なんて噂が流れたら大変。
「小田原、そんなことよりも、今は特典会の準備をなさい。
ファンが待っていますのよ」
モモカさまがすかさずタオルを持って飛んできてくださったので、身体を拭きます。
「五分で着替えますので、お待ちになっていて」
「着替える? だが、衣装は……」
当然、予備を用意してありますわ。
梅花谷の財力を頼るのはモモカさま的には不本意だったのですが、背に腹は代えられませんの。
いつ切り刻まれても、ペンキを掛けられても、泥水の中に浸され踏みにじられてもいいように、ちゃんと準備しておいて良かった。
私とモモカさまには先見の明がありますのよ。
見たか! 嫌がらせ男! ……か、女!
「濡れただけで良かったですわ」
『ええ、乾かせばまた着られますものね』
今度も勝った気分で、私とモモカさまは控室に戻って、着替えを荷物から出しました。
敵も、この隙間で予備の衣装をどうこうする余裕もなく、もしくは、その存在を考えていなかったのか、無事に乾いた新しい衣装に袖を通し、十分後には何食わぬ顔で握手会に参加することが出来ました。
この日は、初日を除く、初めて百人を超えるファンと握手をしました。
あまりアイドルに興味が無さそうなご年配や中年のご婦人が多かったのは不思議です。
「それはモモカがあんな派手にスプリンクラーの水を浴びながら歌ってたからでしょ。
同情票よ……」
相変わらず可愛くない千草がぼそりと呟きました。
同情票ですって!?
モモカさまの真の魅力ではなく、憐れみの感情、情けを掛けられた結果だなんて。
屈辱ですわ。
嫌がらせに勝った気分だったのに、一転、負けた気分だわ。




