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『モモカさま』のことを説明するのを忘れていましたわね。
梅花谷桃香さまは『春告』の中でも、もっとも高貴で美しいキャラクターですの。
父親は大財閥の当主で、母親はかつて人気をはくした美人女優ですから、当然ですわ。
本人も母親の居た芸能界でトップを目指す為に、アイドルとしてデビューすることになったのです。
ここが私と違う所。
私が幼い日、今は亡くなった曾祖母と共に歌番組の公開収録に参りました……その番組は曾祖母が後援しているオペラ歌手が出ていたクラシック番組で、その関係で招待されたのですが、特別企画で、当時、大人気だったアイドルがオーケストラをバックに歌う、というコーナーがありましたの。
揃いの、しかし、各自の個性を活かした衣装の可愛らしいこと!
愛くるしい人形のような顔をしているお姉さま方が、曲が流れた瞬間、人が変わったように激しく元気よく踊る姿の、なんて恰好良いこと!
前向きで愛の溢れる楽曲も、入れ代わり立ち代わり位置を変えていく一体感も、何もかもが素敵でした。
特に、ああ、その笑顔のまぶしかったこと!
視線が合うと微笑みかけてくれ、手まで振ってくれました。
人々は熱狂し、誰もが彼女たちに恋をしたのです。
私もまた、彼女たちを女神か何かのように思い、自分もそうであると、さっそく、家族の前でその真似をしてみました。
てっきり、いつのもように、みんなから誉めそやされると思ったら、好文家という名誉ある家柄に生まれた娘が、そんな短いスカートで大勢の人の前に立ち、媚び、踊って歌うなどと、下品なことはするべきではない、と、祖父から叱責を受けてしまいました。
そのような真似をするのは、名家の令嬢としてふさわしくないと言うのです。
そんなに踊りたいのなら、日舞を習いなさい、と。
ただ、曾祖母だけは、「百花ちゃんの歌、おばあ様は大好きだわ」とこっそり褒めて下さいましたが―――。
ですから、アイドルになってみたい……そのことを口にしたことも、態度に現したことも、それっきりありませんでした。
しかし、その感情は、ひそやかに、私の胸に眠っていたのです。
そうして高校生になった私の前に『モモカさま』は現れました。
好文院学園……名前の通り、私の家が運営している学校で、学園長は叔父です。
幼稚園から大学・大学院まで名門の子息たちが通う学園ですが、高校からは外部進学を受け付けます。
その中には、いわゆる、一般家庭の方も含まれ、その粗暴で礼儀知らずな態度は、常々、私達、内部進学者にとって、悩みの種となっていました。
小学生の頃から、先輩たちからその苦労を教えられてきた私は、なぜ、そんな方々を受け入れて、好文院学園の名誉を穢しているのか、疑問でした。
叔父はいろいろな境遇の方と付き合うことは大事だ、それも教育だと、意味の分からないことで、私の抗議を跳ねつけました。
それが、この結果です。
忌々しい女が入学して来て、私たちが享受すべき生徒会の方々や、皆の憧れの『薫君』の関心を奪うなんて。
……ああ、いけない。
今は、あの女のことではなく、美しく気高いモモカさまの話でしたわね。
外部入学者の方々は、私たちとは趣味が違っていて、ゲームなどというものに熱中しているようでした。
ええ、今はそれほど卑下するつもりはありませんわ。
他のゲームは知りませんが『春告』は素晴らしいゲームです。
モモカさまという偉大なるアイドルを生み出しただけでなく、劇中歌も踊りも、衣装も全てが高クオリティで、実際の声優たちによるコンサートイベントも大盛況です。
『春告』のメインテーマ曲は、かつて私が見て、憧れたあのアイドルたちの最大のヒット曲をリバイバルしたものです。
『とおりゃんせ』という童歌を、『恋に落ちるのは簡単だけど、諦めるのは難しい』と片思いの切ない気持ちに代えて歌い上げた名曲・『恋、とおりゃんせ』。
あの時、オペラ歌手と共演したのも、新旧『とおりゃんせ』を披露する意味合いがあったと、後から気づきました。
つまり、私と『春告』には運命的な縁があるのです!
たまたま、外部生の誰かが持っていた雑誌で、その存在を知った私は、主人公ではなく、その脇で、腰に手を当て、高らかに笑っているモモカさまの姿に釘づけになったのです。
高貴なる身でありながらも、品格あるアイドルとして活躍している存在がいるとは。
平凡極まりない愛がアイドルになるのは不遜ですが、モモカさまのような立場のお方が敢えて、人々の前に降りたち、美貌と歌声で幸せを分け与える様子はご立派で、この百花、感動で涙がこぼれます。
空想の中とはいえ、その生き様は、私の憧れとなりました。
大層、苦労しましが、モモカさまの出るというゲームを入手いたしました。
ゲームをするのは、本体というものも必要と知り、それを手に入れるまで、鍵のかかる引出に入れ、夜な夜な取り出しては、期待に胸をふくらませたものです。
最初に、プレイをしてみて思ったのは、思っていたのと違う!……でした。
皆に褒め讃えられるのが、歌も踊りも容姿も素晴らしいモモカさまではなく、愛の方だったからです。
男の方たちが恋するのも愛。
『春告』のヒロインは愛だからです。
私も愛となって、その世界を生きているのです。
でも、どうしても納得できませんでした。
第一、愛がやってきた経緯もおかしいものでした。
本来は藤野千草という、これまた平凡だけど、踊りだけは上手いキャラと二人でアイドルユニットを組みデビューするはずだったのが、直前になってプロデューサーが愛を連れてきて、モモカ、チー、メゴの三人組ユニット『春告娘』、これまた通称『ハルコク』を結成することとなったのです。
その時点で、迷惑千万。
歌も踊りも素人同然の愛の為に、モモカさまは大事なデビューの舞台であやうく恥をかくところでした。




