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「……サクラ……呼んだんだ」
愛に続いて千草もやってきました。
後ろには本当のプラムが入った仔牛のぬいぐるみを抱いた小田原がしかめっ面で続きます。
打ちひしがれたモモカさまが、お可哀想。
「サクラの何がいけませんの!!!」
「何がって、そんなことも分からないの?」
偽物の久延さんとはいえ、モモカさまは彼の姿をしている人間に批判されるのが堪えるようです。
それで私はますます、熱心にモモカさまを擁護いたしました。
「ええ、分かりませんわ!
人が集まらなかったら、誰にも私たちの存在も知られず、歌も聞いてもらえませんのよ。
今はお金で雇われた人間だって、もしかしたら中には、これが切っ掛けで私たちのファンになる者が出てこないとは限りませんわ!
と言うか、させますわ!
私たちの魅力で、この場の人間、全員を『春告娘』の虜にしてみせます!」
「そんなの、理想論だよ」
「黙りなさい! アイドルが理想を語らずして誰が語る!」
「――っ!!」
やったわ! 久延さんが言葉を失ってますわ。
なんて気分が良いのかしら。
朝起きてから、今日、初めてとても気分がよろしいですわ。
ぬちょり。
うげ、足を一歩前に出しましたら、また、ナメクジがぁあああ。
「そうですよね!
つまり試供品と考えればいいんですよね」
「試供品?」
未だ納得出来なさそうな千草と違って、愛は納得した様子で目を輝かせています。
ただ、言っていることが分かりませんわ。試供品ってなんですの?
「そうです。試供品。
私、化粧品とかのサンプル、たくさんもらうんです。
お店とか、街とかで。
その度に、この会社は無料でこんなに配って、大丈夫かな〜と思うんですけど、それを使って気に入ったら、商品が売れるわけでしょ?
宣伝費なんですよね。
モモカさんの私的なお金で宣伝して貰うのは申し訳ないけど、このチャンスを逃さず、ファンになってもらいましょう。
それには、私たちが素晴らしいパフォーマンスを見せることが第一です。
だって、せっかくの休日に集まってもらって、つまらないステージだったら、いくらお金の為とは言え、時間を無駄したと思われるもの。
それじゃあ、逆効果です。
来てみて良かった、って思ってもらえるように、頑張りましょうね!
あわよくばネットで拡散してもらって、話題になったりして」
両手でグーを作り、力説する愛の顔は、間抜けっぽいですが、可愛いですわ!
「そうよ! 愛! 私たちの力で、この場を熱狂の渦に巻き込むのよ!」
「はい! モモカさん!
千草さんも! 円陣組みましょう!」
円陣ですって? まぁ、アイドルみたい!
「愛ちゃん……」
私の意見に賛同する愛の姿に、久延さんは茫然としています。
けれども、愛の「スタッフのみなさんも!」という声に、我に返ったようです。
愛の隣に小田原や男のスタッフが来ない様に工作し、なぜか、私の隣に来てしまいました。
「ふっ、私の勝ちですわね」
「……やっぱり愛ちゃんって、可愛いなぁ」
「ちょっ、聞いてますの!?」
「何を?」
しーらーかーがーひーさーのーぶー!
貴方ときたら、愛の言うことなら絶対正義なの!
おまけに、私の脇で制汗剤を吹きかけるの止めて下さらない?
煙くてむせそう。
ああ、嫌だ。
モモカさまのことは抜きにしても、愛との恋愛ルートは潰させて頂きますわ。
ファイトー! おー!
いろんな意味で、気合を入れ直して、『春告娘』は大勢の観客の前に立ちました。
私の頭の中では、最初は興味がなく集まったものの、目の前で展開される女神のようなアイドルたち、特に最も高貴で美しいモモカさまに、群衆は魅了され、自然と生まれる手拍子、湧きおこる歓声、轟く賞賛の声……という展開を想像していました。
しかし、実際の舞台から見ると、いかにも義務とお金で集まりました、という観客のノリは悪そう。
最前列真ん中の二人、本来の観客であり、それ以後、ずっと『春告娘』を応援し、ファンの代表格となる松田と竹井が見えました。
この二人だけは目を輝かせ、愛を……ええ、愛を見ています。
確かに、愛は見事ですわ。
普段は間抜け面のくせに、舞台に立った瞬間、はじける笑顔がまさにアイドル! オーラがきらめいています。
観客もその笑顔にまんざらでもなさそう。
千草は、観客の反応など、どうでも良い、という感じですが、その媚びない姿勢がある一定の需要があるようです。
それから、ホットパンツから伸びる、スラリとした足も……。
それに比べて、モモカさまは長ズボンなのだから、不利。
そうよ、決して、モモカさまがいけない訳ではありません。
いけないのは私。
大勢いればいいと思った観客の前で、私、思いっっっきり、上がってしまっています。
一曲目のダンスときたら、ぎこちなくって、まるでロボットのよう。
愛だって、それほど上手では無いものの、活き活きとした動きが拙さを補ってあまりあります。
この子は舞台映えするのね。天性のアイドル素質があるとしか言いようがありません。
嫌いなはずなのに、隣でオーラをまき散らす愛の姿につい、目を奪われてしまいます。
くっ……この天性のアイドル好きの血が憎い。憎いですわ。
愛の向こう側からチラチラ見えるダンスが得意な千草は全く、そつがありません。
私だって、せめて、この靴の中にナメクジの這った跡が入ってなければもう少し、なんとかなってるはずです。
練習ではちゃんと出来てましたもの。
そんな私に梅花谷グループ社員からの義務的なコールが掛けられ、舞台袖からは久延さんが冷笑しながら見ています。
屈辱ですわ。
こんなはずではなかったのに。
デビューのリリースイベントでモモカさまに恥をかかせるのは、愛ではなく私だとは。
モモカさま、モモカさま、ごめんなさい。
フォーメーション替えの時に、愛や千草にぶつからないようにするだけで精一杯です。
とても、恥ずかしいですわ。




