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一晩でアイドルになっていました。
美少女コンテストで優勝した訳でもなく、オリンピックで金メダルを取り注目された美少女アスリートな訳でもありません。
私、好文百花は、文字通り一晩でアイドルになっていたのです。ただし、魔法アイドル恋愛ゲーム『春告〜告白は春の訪れと共に〜』の中の登場人物として―――。
どういうことか、私自身も未だよく理解出来てはいません。
起きてきた私に皆、一様に「おはようございます。モモカさま」と声を掛けてきましたので、気が付くのが遅れましたが、朝食の間で席についていた両親は全く別の人間でした。
そう言えば、使用人たちの顔も、見慣れないような……気がします。屋敷の作りや大きさは同じくらいでしたが、白亜の洋風で全く違っています。我が家は明治期に作られた赤レンガの和洋建築なのです。
驚いて自室に駆け込むと、ほっと安心しました。
この部屋だけは、いつもと同じ。変わっていない……はずなのですが、マントルピースの上に飾ってある写真を見て、絶句してしまいました。
そこには昨日までプレイしていた『春告』の登場人物の一人、梅花谷桃香さまの姿があったからです。
ゲーム画面の漫画やアニメ風の絵柄のものではなく、もし、『モモカさま』が存在していたら、こんなお姿に違いないという実際の人物としての写真でした。
私は恐る恐る、鏡台に向い、鏡を開けました。
―――黒くて艶やかな髪に、黒曜石のような瞳はそのままに、姿形は、好文百花ではなく、梅花谷桃香となった私が写っていたのです!
細いウエスト! すらりと長い脚!! 綺麗なフェイスライン!!!
「あ、憧れのモモカさまになっているーー!!」
魔法アイドル恋愛ゲーム『春告』は、いたって平凡なヒロイン・三好愛をアイドルとして育てていく育成ゲームでありつつ、歌と踊りによって人々の心を癒し、魔法少女に変身して『異界』からの侵略たちと戦うという二重の構造となっているゲームです。いえ、さらに、芸能界で出会う美男子たちとの恋も盛り込まれるから、三重構造かしら。
アイドルとしてのイベントをこなし成功していけば、魔法力は上がり、自動的に異界への対抗イベントがついてくるので、この二つは両立が可能ですが、恋愛面まで手を出そうとすれば、それなりのやり込みが必要となります。
私は、自分で言うのもなんですが、このゲーム、かなりやり込んでいます。
三好愛をアイドルとして成功させたい?
世界を救いたい?
美男子たちと恋をしたい?
いいえ、そのどれでもありません。
はっきり言って、ヒロインの三好愛のことは大っ嫌い!
平凡な顔立ちでなんの特徴もないような子のくせに、アイドルとしてファンに囲まれ、あらゆる美男子キャラにモテモテで、ルートによっては敵の幹部とすら恋愛をするなんて……身の程知らずにもほどがありますわ!
どこがいい子なのか、ちっとも理解出来ませんわ。
どの世の中にもいるのよね、そういう要領だけは良く、男に取り入るのが上手な女が。
唐突に、元居た世界の女の顔が頭に浮かびました。
私が居た世界にも、愛にそっくりの女がいたのです。
由緒正しき名門の好文院学園に図々しく入り込んだあげく、生徒会の役員全員にちやほやされ始め、いい気になっていて困っていたのだったわ。
生徒会のみなさんは優しいから、奨学金で入って来たあの子に親切にしてあげているだけだというに、勘違いして!
全校生徒の憧れの『薫君』すらも、その子に目をかけて―――。
そうですわ、段々、思い出してきました!
あの日、『薫君』があの子を送っていきましたの。
車での送迎が許されている『薫君』が、お可哀想にあの子に付き合って、徒歩で学園を出て行くのを見て、私は憤りのあまり我を忘れて後をついて行きました。
それから?……それから、橋の上で言い争いになって、カッとなり、掴み合いになった?
かえましょう、かえましょう―――
不意に水の冷たさと暗さと一緒に、頭の中に歌が聞こえた気がしましたが、その後の記憶はありません。気が付いたらこの部屋で目覚めていた、と言うことになります。
はぁ、どうやら、私、川に落ちてしまったようです。
そして、この世界にやって来てしまった―――。
なぜこの私が! 好文家の令嬢である百花さまが! こんな目に合わないといけないの!
それもこれも、あの忌々しい女のせい!
もっとも、大嫌いな三好愛ではなく、『モモカさま』になったことだけは、文句はありませんことよ。




