3話「オムレツ」
早速だけど、次の日…
波瑠が目を覚ますと、既に日が照っていり、時間は12時をこえんとしているところだった。
「なんだろう。この一日を無駄にした感じ」
波瑠は布団を剥がし、縁側へと出た。
庭の木々の影から、海が見えた。
「うん。自然がいっぱいで気持ちがいい」
と、そこにひとりのおばちゃんがやってきた。
歳は…まあ、40すぎといったところだろう。
「あら、おはよ。神崎さん」
「おはようございます。えーっと…」
昨日の宴会にいた…気がする。
この身振り手振りの多さ、目立つが名前が思い出せない…
波瑠は冷静を装い、必死に名前を思い出そうとした。
が、ダメだった。
「昨日はどうも。急坂です。それでね?今日これから、子供たちの給食を作りに行くんだけど…もし暇なら手伝ってくれないかしら?」
「子供達…?」
波瑠は聞き、回答を待った。ふと、友人の顔が思い浮かんだ。
「ええ。この島って学校、一つしかないのよね。ほら、三國先生の」
「あー、やっぱ三國の。って学校、三國以外いないんですか?」
「え?いるわよ。校長と教頭が」
おばちゃんは笑う。
「ただ、三國先生って、個性的でしょ?」
「…ああ、言わんとしていることはわかります」
あの友人は確かに個性的だ。
「小さい学校だからね。給食を作る人もいないし、私ら主婦が交代で作ってるのよ」
「へえ、そうなんですか。…ま、そういうことならお手伝いしますよ」
「助かるわ。それじゃ、学校までお願いね?」
◆1◆
山の上に学校がある。
「あー。波瑠さん」
「有沢さんじゃない。…意外と人いるんだね」
5人くらいの主婦が、思い思いの姿をしている。
「助っ人連れてきたわよー」
「どうも、神崎です」
「どうもー」
テーブルの上には既にいくつかの料理が並んでいる。
「えっと、私は何を?」
波瑠は尋ねる。
「波瑠さんには最後の一品を作って欲しいんです」
有沢が言った。
「材料はいろいろあるんですけど…何を作ればいいのか、思いつかなかったんですよ」
「ああ、わかるわ」
材料は確かにある。波瑠が目をつけたのは…
卵、だった。
「わかった。何人分作ればいいの?」
「生徒が38人。先生が3人。そして私たちの分を合わせて、47人分です」
「47人分ですか…頑張って作るか」
波瑠は腰から下げていた真っ白なタオルを頭に巻く。
「卵を二個づつ、割ってボールに入れてって」
波瑠はフライパンを2つ、火にかけると、バターを少しづついれて、箸でまんべんなく伸ばした。
「味は塩をひとつまみ。他はいらないよ」
「何を作るんですか?」
波瑠が火加減を見ながら答える。
「プレーンオムレツ。つまり、何も入ってないオムレツのこと。…料理人はオムレツを作れて一人前ともいうしね」
受け取った卵をフライパンに流し入れる。
そして、フライパンの中で少しかき混ぜた。
「今回は形がしっかりしてるやつにするね。個人的にふわふわとろとろより好きだから」
そのまま素早く形を作った。
フライパンの柄をトントンと叩き、少しづつ半月型のオムレツを作っていく。
「火は通しすぎない。オムレツで一番気をつけなきゃいけないのは焼き目を付けないことだ」
バターのいい香りが部屋に広がった。
「はい、ひとつ完成」
形が崩れないようにお皿に移せば見た目も美しいオムレツが見事にできた。
「流石です波瑠さん…」
「あんがと。さあ、どんどんやくよ」
◆2◆
PM12:45
昼食の時間だ。
「いやぁ、時間が過ぎるのははええな」
「何年寄りみたいなこと言ってんの三國先生」
生徒たちと先生らが家庭科室へと移動する。
この学校ではいつも、家庭科室で全校生徒が給食をとるのが恒例となっている。
「お疲れ三國先生」
「波瑠ッ!?」
「今日のコックです」
波瑠が腕組をして立っていた。
「天才コックです」
「自分で言うか」
「波瑠さんにはオムレツ作ってもらいました」
有沢さんが解説する。
既に全席にオムレツその他の給食が並んでいた。
「確かにオムレツだけすごい綺麗!」
「ぶっ飛ばしますよ吉加さん?」
「有沢さんこええ」
注 有沢さんはそっちの人です。
「で、吉加。隣の子は?」
メガネの女の子だ。髪は短め。
「あ、どうも。神崎波瑠さん。ですよね?」
「うん、よく知ってるね」
「私、自分が知らないことがあるのが嫌なんです」
少女はメガネを外した。
「そんな私の名前、知りたいですか?」
「…どうしても聞かなきゃダメの間違いでは?」
「私は小坂了といいます」
了は指を波瑠につきつける。
「全知全能天上天下唯我独尊空前絶後の美少女です」
「おおう、言うね。君は私の友人に似てるよ」
「その人とは気が合いそうですね」
吉加が笑っていった。
「まあ、ありとあらゆるシーンで便利なやつ」
「便利です」
「君たちの友人関係、それでいいのか?」
ドライな友人関係だ。
「にしても…この島って男の子いないの?」
「いるけどね。私らと同じような奴が」
「やっぱいるんだ、男の子」
家庭科室のドアががらっとあいた。
「悪ィ、トイレ行ってた。…誰だ」
「あれが唯一の高校生男子。で、こっちは割と有名な人」
「その説明で何を分かれって言うんだよ吉加」
男子が嘆いた。
「んー、神崎波瑠。ご近所の美人なお姉さんと覚えてくれ」
「で、波瑠さんは何を作ったんだ?」
「スルーが冷たすぎてお姉さん辛い」
波瑠がガクッとうなだれた。
「とりあえず、オムレツがこの人担当ってことで」
吉加がフォローをいれた。
「30分で47個、オムレツ作ったら疲れた」
波瑠がうなだれながらいう。
「す、すごいな先生…」
「先生じゃないけどね」
「とりあえず、昼にしていいか?みんな腹減ってるし」
三國がみんなを座らせた。
◆3◆
「今日はわざわざすいません…」
「いえ、どなた?」
若い女性と、いい加減そうなじじいだ。
「教頭の藤山です」
「校長の一鷹です」
「あー、三國が迷惑かけてすいません」
波瑠が頭を下げた。
「藤山さん、若いですねぇ。…三國より」
「まぁ、二人しかおらんからなぁ…とりあえず役職埋めとかんといかんでしょ」
一鷹が笑っていった。
「私としては…いい加減三國先生に変わっていただきたいんですけど…」
「無理だな。私書類嫌いだから」
「この調子で聞き入れてくれません」
三國が箸をもつ。
「ああ、三國は大雑把ですし、割とどうでもいいことが好きな奴ですし」
波瑠がいう。
「好き勝手やらせたらたまにとんでもなくでかいことをやらかす、そんな奴です」
「ケッ。言ってくれるよな。お前ものくせに」
「ふふ、おふたりは仲がいいんですね」
波瑠がオムレツをわる。
「私にはよくわかんないけどね。三國の助けになりたいとは思ってますよ」
オムレツはほのかに塩の味がした。
「オムレツ、冷めますよ」
波瑠は食べ終わるまで、一言も喋らず、ほかもそれにならった。
◆4◆
「ところでお前、店はいいのか?」
「あ、うん…」
食事後の昼休み…校庭を見下ろして波瑠は波瑠に聞いた。
「一週間後、開店記念の特別立食会を行う予定…なんだけどね」
「へぇ、いいじゃないか」
「何を出すか全く決めてない」
どうやら、悩みの種はそこらしい。
「ちなみに誰が来るんだ?」
「…いろいろ。レストランテ・フィリシテの料理長とか、前努めてた日本料理の店長とか」
「なるほど、つまりやばいんだな」
波瑠が手すりに頭を付ける。
「…吐きそう」
「そんなにか。…そんなにか?」
「これは、店の行き先を決める大切な勝負…ここでこけたら…うう、吐きそう。いろんなトラブルやミスはしてきたけど、こういうのが一番きつい」
波瑠の顔は真っ青だった。
「…良し、ちょっと待ってろ」
おもむろに立ち上がる三國。藤山と何かを話している。
「…波瑠、外出んぞ」
「は?いいの?」
「授業か?藤山先生に変わってもらった。私のことは気にすんな」
三國がスーツを肩にかけて靴を履く。
◆5◆
「ちょっと、何処まで行くんだよ三國」
「あとちょっとー」
あたりは…一面海だ。
「おーい、魚釣のじじい、いんだろ?返事しろー」
「…なんじゃい、口の悪い小娘が」
テトラポットの上から声がした。
麦わら帽子をかぶり、ポケットのいっぱい付いたジャケットを羽織ったじいさんが釣竿を振っていた。
「おう、いたいた。こいつは魚釣目岸つってな。魚を釣ることに関しては、上手い」
「お前さんにそんな説明されとうないわ」
じいさんが釣竿を上げた。
「じじい、こいつは波瑠。料理人だ」
「…どうも。神崎波瑠です」
「そうか。で、わしになんのようじゃ?」
三國が波瑠の肩に手を乗せた。
「コイツに魚釣りを教えてやってくれ」
「…かまわんが、竿はあるのか?」
「ない。…よな?」
波瑠は頷いた。釣りなど初めてだ。
「そもそも、なんで釣り?」
「お前が好きそうだと思って」
「…よくわかんない気遣いだなぁ」
波瑠が目岸の隣に座った。
「お前さんも大変じゃな」
「全く。…申し訳ないんですが、教えてください」
「仕方ないの。とりあえず、これを使え」
新しい釣竿を貰う。
軽くて強い、チタン製だ。
「それじゃ私は学校戻るから。じゃあな」
「おいてくなよ!」
とりあえず、釣り針を海面へと投げた。
「…疲れた目をしとるの。若い癖に」
「そうでしょうかね。…そうかもしれませんね」
波瑠は苦笑いだ。
「昔っから頑張るのは苦手で。そのつけといいますか…割と悩んでて」
「…体は嘘をつかん。頑張らなきゃ、そんなに手は荒れんじゃろ」
「…そうですかね。周りに無理言ってフランスとか、修行に行って…新しいことってのは、不安でいっぱいですね」
波瑠がため息をついた。
「お前さん、誰かに怒られたんか?」
「怒られてませんけど…」
「なら、今のままでもええんじゃないか?」
目岸が竿を上げた。
一匹の魚がピチピチとはねている。
「…すき放題したのが今の私なんですけどね」
「人間、取り繕ってる時が…一番惨めに見える」
「…その通りです」
波瑠はそれから3時間、目岸と一緒に釣りをした。
釣果は…なかった。
◆6◆
「竿、もらっていいんですか?」
「おう、お前さんが欲しいなら一本ぐらいくれてやる」
「…釣れてないの、悔しいんでせめて釣れるようになるまでやります」
波瑠が竿を肩にかけた。
日は少し傾き、海風が心地よく感じる時間になっていた。
「少しは気晴らしになったか?」
「はい。のんびりしたからか、体が軽くなった気がします」
「それは良かった。いつまでも重荷を背負ってたら潰れちまうからな」
目岸も竿を片付けた。
「さぁて、わしは夕飯にするかの」
「…もうそんな時間ですか。私もご飯にするかな」
竿を担いだまま波瑠はうちへと帰る。
若いとは言え、割ときつい距離だった。
「おう、波瑠邪魔してんぜ」
「三國…鍵はかけておいたはずだけど」
「君に鍵を渡したのは誰だったかな?」
波瑠が舌打ちした。
「まあ、ものに触ったりはしてねえから安心してくれ」
「はいられてる時点で安心できないよ」
「ん、飯でもおごってもらおうと思ってな」
三國は悪びれない。図々しい。
「…じゃあ、試作だけど、特別なオムレツを食わせてやろう」
波瑠がキッチンに立つ。
「フランスで一度だけ食べたんだが…オムレツなのにトロットロなんだ。人気だって言うから行ってみたけど。実際うまかったよ」
「今日の昼食ったんだがオムレツ」
「…オムレツの練習ついでに作ったんだ」
波瑠がフライパンに火をいれた。
「…お前が料理をしてる姿ってのは、安心すんな」
「…お前は熟年夫婦の旦那か」
「あ、いや、そっちじゃない。…ガキどもの調理実習があったんだ」
三國がタバコに火を付けた。
いつものセッターだ。
「危なっかしいんだよなぁ…つっても、私もあんまり上手くないしなぁ」
「人にものを教えるのは難しいよ。私も、最初は苦労したんだ」
「…そっか。そういうの聞くと、お前も私と同じなんだなって思うよ」
波瑠は火を止めた。
「うん、割と上手く出来たほうだろ。三國、取りに来て」
「うお、ほんとにとろとろなんだな。生みてえだ」
「とりあえず食べてみてくれ。…味は、保証しよう」
雑談食堂 3rd
波瑠「私、ツナマヨのオムレツってあんまり好きじゃないんだよね」
三國「私は好きだぞ」
波瑠「そもそも、具入りがあんまり好きじゃない」
三國「そうだったのか」
波瑠「焼くのが大変」
三國「あ、そっちか」
波瑠「そもそもオムレツより目玉焼きの方が好きなんだけど」
三國「あーうまいよな」
波瑠「目玉焼きにはソース?醤油?」
三國「塩コショウだな」
波瑠「黄身は固め?トロッと?」
三國「とろっと。作ってくれんのか?」
波瑠「料理人がいつも料理すると思うなよ」
三國「料理してくれよ」
波瑠「目玉焼きぐらい自分で作れ」
次回…「チャーハン」
料理をするシーンの描写が下手なことでお馴染み、SiviAです。じゃあなんで料理物にしたんだとか言われても困りますが、書きたかったんだからしょうがない。ちなみに三國の目玉焼きの好みは私の好みです。