宴会
◆1◆
夜…
「ある程度は片付いたかな。まぁ、東京に未だに荷物を置きっぱなしだし、持ってきたものも少ないしなぁ」
波瑠はダンボールをたたみながら独り言を呟く。
「ああ、だいぶ片付いたね料理長!」
吉加が中身の入った皿をもって現れる。
「吉加…もう夜なんだけど」
「細かいことは言わんでええよ。そろそろみんなも来るし」
「…来る?」
そう言われて耳を澄ませてみると、なんだか外が騒がしい…
「あぁ、波瑠ちん…これから宴会するから!」
「ナンデ!?」
そう言って、張り切って入ってきたのは三國だ。
「島に人が来るのは久々でねぇ…人が来るたび、宴会三昧なんだよねぇ。ま、いつものことだから楽しめばいいと思うよ」
「なーんでうちでやるん…」
三國が笑う。
「このうちがこのあたりでいっちばん、広いからだよ」
「…テーブル出せばいいんでしょ?」
波瑠は諦めて折りたたみのテーブルを出した。
みんながぼちぼち集まってきて…30分後。
「もう…テーブルがないですよ!」
乗り切らないほどの料理と酒が並んだ。
「少しは遠慮してくださいよ!」
「いやぁ、みんなこんなに用意するとは思わなかった」
吉加が苦笑いする。
「というか、私も料理人なんだけど…」
「みんな昼間のお礼がしたくて飢えてるのさ」
どうやら、カレーのお礼らしい。ここまで用意されてしまった以上…断る理由はどこにもなかった!
「神崎さん、ビール大丈夫ですか?」
ようやく座れた波瑠にひとりの女性が近づく。
どうやら、同い年…26歳くらいの女性だ。
「ああ、波瑠ちゃん。この子は有沢真名。(ありさわまな)島に嫁いできたんだよ」
「どうも、有沢です。…本当は私の旦那も呼びたかったんですけど…漁に出てしまっていて…」
有沢さんは美しい、という言葉がよく似合う人だと、波瑠は思った。
「神崎さんは結婚…とか」
「してないしてない。いい相手がいなくてねぇ」
そう言いながら波瑠は有沢から受け取った缶ビールを開ける。
酒は強くないが人並み以上には飲めるタイプだ。
「ビールなんて飲むの久々…いっつもワインばっかだからね」
「フランス料理にはワインって感じだよな」
「ビールでないことは確かだよね」
波瑠は適当に料理をつまむ。
なにかの煮物のようだ。
「どうですか?それ、私が作ったんですけど…」
「うん、美味しい。有沢さん、料理の才能あるよ」
「良かったぁ…結構有名なところで働いてたって聞いたので…」
有沢が笑う。
「有名なとこ…まあ、島に来るまではリストランテ・フィリシテの料理長だった」
「ええっ!?あの…フィリシテですか!」
有沢がとても驚いた顔をする。
「嫁ぐ前に一度行ったことがあります。…とても繊細で美しい料理でした」
「へぇ…意外とすげえんだな、波瑠ちん」
「意外とってなんだよ!一流料理店で一流料理人だっつーの!」
波瑠が三國を締め落とした。
◆2◆
「ん?なんか騒がしかったから寄ったんだけど、何?」
質素でナチュラルなメイクの女性だ。
「お、おかえりーシキねーね」
シキ…彼女はファイルや筆記具の詰まったカバンを置く。
「新しい住人。シキねーねと同じ料理人なんだってさー」
玄関に座って裂けるチーズを食べていた吉加が答えた。
さて、失礼ながら、私から解説させていただこう。
彼女…シキのことについてだ。
名は山城四季。(やましろしき)歳は二十歳。
九州本土にある専門学校の生徒であり、料理の道を究めんとする若人だ。
「島に人かぁ…出てく人はいっぱいいるけど、入ってくる人は久しぶりだね」
「せやねぇ…中で宴会やっとるけん、料理たかってきたらいいんじゃない?」
「OK、であんたはなんでこんなとこにいんの?」
吉加は炭酸のコップを傾けた。
「中、酒臭くてさぁ…空気によった」
「なるほど、理解」
◆3◆
「っと、波瑠。うちの教え子が帰って来たわ」
「え?さらに人?」
玄関につながる大広間の襖戸があく。
「人、人、人、人、多ッ!」
四季が呆れ戸惑い驚く。
「おい、四季。こっちだこっち」
三國が手を上げて四季を呼ぶ。
「三國先生…?なんで?」
「えっと、四季ちゃん?」
波瑠が立ち上がる。
「どうも、新しくこの島にやってきました。神崎波瑠といいます」
「あ、どうも…山城四…ええっ!?神崎波瑠ゥ!?」
「ん、そうだけど」
四季がスマホを取り出して、1枚とった。
「あの、レストランテ・フィリシテの料理長の!」
「う、うん…怖いよ君?」
「お、お会いできて光栄です!」
ものすごい勢いの握手だった。
「三國先生…」
「山城は根っからの料理バカだ。ほれ、離れろ!」
三國が四季を引き剥がした。
「ていうか、三國先生知り合いなの!?」
「昔のよしみだよ」
「私よりも三國の方が先輩だよ」
波瑠がビールを飲み干した。
「前から思ってたけど、三國先生なんでそんなにすごい知り合いが多いん?」
「ん?そうでもないって」
「…それはすごいことを否定してるわけじゃないんだよね?」
波瑠が怪訝な顔をする。
「で、四季ちゃんも料理人志望なんだっけ」
波瑠が四季に聞いた。
「はい!まだどこで働きたいとかそういうのはないけど…」
「そ、頑張って。努力は人を裏切らないと思うから」
◆4◆
約、二時間後。
「…はっ」
四季が起きると、皆が帰る支度をしていた。
「よう、起きたか?四季、お前慣れん酒なんて飲むから…」
「あ、れ…波瑠さん…は?」
「知らん。部屋で寝てるのかもな?」
四季が立ち上がる。足元が少しフラフラしていた。
「私…ちょっと探してきます…」
「大丈夫か?気をつけろよー。倒れんよーにな」
四季は一人で廊下に出た。
「うう、夜風が寒…あ、あれは?」
夜風を身に受け、見つけたのはもうひとむねのお店。
その窓にうっすらと明かりが灯っていた。
「絶対あそこだ、間違いない」
四季が入口の戸をガラガラと開ける。
「おや、四季ちゃんどうしたの?」
「あ、波瑠さんはどこにいったかなぁって」
「ふうん、ま、座って」
波瑠が丼を2つだす。
「久々にビール飲んだらそばが食べたくなった。ゆでただけ、スープもこってこての市販品だけど…せっかくだから食べてきな」
そばにはかまぼこ、スープにはネギと鶏肉が入っていた。
「うちの年越し蕎麦ではさらに海老天が入る。家庭の味ってやつだね」
「へえ、美味しそうですね」
「今でも年越しそばにはエビが入ってないとね。物足りない感じだよ。…フランスにはそばがなかったから、なんか懐かしい」
波瑠がそばをすすった。ずずっといい音を立てて。
「えと、その…どうやったら、波瑠みたく、フランス行ったりできますか?」
「…料理人に必要なことを学ぶこと」
「それは、知識ってことですか?」
波瑠は笑った。そして言った。
「な訳無いじゃん。そんなん、レシピ本だって知ってることだ」
「えっと、じゃあ?」
「自分の料理で、誰か、ひとりでもいい。楽しい顔、嬉しい顔。時には泣き顔も…見てみたいって。ボクが思ってるのはそれだけさ」
波瑠がそばをおいて言った。
その目はほかのどんな時よりも違って、凛々しく見えたという。
「波瑠さん…」
「あ、ごめん。酔っ払いのたわごとだから、きにしないで」
「なんか、波瑠さんって…」
真面目じゃない…と四季は言いかける。
「おう、私ら帰るんだけど、なんでそば食ってんの?」
「三國か、そりゃあ、うどんよりそばが好きだから、に決まってるでしょう」
「そうじゃねえよ。…四季もそば食ってないで帰るぞ」
波瑠が立ち上がる。
「三國、近くまで送ろう。四季ちゃんはそば食ってていいよ。私が帰ってきたら片すし」
「あ、すいません、お願いします」
◆5◆
「今日は星がきれいだね、三國」
「そうだなぁ…波瑠、すまんな」
「気にするなよ、三國。昼も言ったが、私の意志だ」
ああ、いやと三國。
「四季のことだよ。あいつ、昔からああでさ。お前にまとわりつくことになると思うけど…」
「別にかまわないよ、私はね」
三國はくすりと笑う。
「変わったな、波瑠。昔のお前は無気力なやつだった」
「えー…そうかな?」
「ああ、少なくとも、ガキは嫌いなタイプだったな」
三國がニヤニヤしながらいう。
「フランスで何かあったのか?…ま、今度聞かせてもらうよ」
「ん?大したことはなかったよ」
波瑠が笑う。
「フランスは割といいとこだった。正直、二年しかいなかったのが惜しいくらいだ」
「私はあの波瑠がフランス語を勉強したことが驚きだよ」
「難しくはあったけど、やり始めたら早かった」
三國が立ち止まる。
どうやら、いつの間にか付いていたようだ。
「んじゃあ、また明日。じゃね、波瑠ちん」
「うん、じゃあね三國」
時刻は九時半を少し過ぎた頃だ。
もちろん、いつもならまだ少しわがままな客のリクエストに応えるべく、奮闘している時間だ。
「…暇だな。忙しかった頃はまあ、充実してたってことなんだな」
夜道を歩く波瑠のめに入ってきたのは神社の鳥居だ。
「へえ、こんなところにも神社があるんだな。…よってみるか」
ちょっとした段差の長い道が続き、石の畳が月光に光る。
神社の中には誰もいなかった。
どうやらここは無人のようだ…いや。
違う。一人いる。
「ん?ああ。客か…珍しいな」
巫女が一人。黒い髪を長く垂らした…少女だ。
「ようこそ、別にここは神聖なとこでもない。神社だけど」
「んと、宴会にはいなかったよね」
「うん。…ああ、失礼。人ごみは嫌いでね。そもそも、人が嫌いだ。…君は?」
波瑠が手をひらひらと振る。
「人さ。名は神崎波瑠。今年27になる」
「そうか。私は葛切古都。(くずきりこと)このあたりの山の地主の娘でね。…学校はいってない。人は嫌いでね」
「葛切?あの、葛切財閥の?」
古都の顔に影が差す。
「父のことは私には全く関係ない。ほっておいてもらおうか」
「…私はただの料理人。そんな大きなことにも、親子の関係にも口を出すつもりはない」
「…それならいいけど」
波瑠は笑った。
そして、首から何かを外し、古都にほおり投げた。
「ん?なんだこれ」
「お守り。もっときな。私がこれ以上大物になったとき用に」
「はぁ…」
古都は手の中のものを見る。それは、縦に大きくひびの入ったペンダントだった。
「それは私からのプレゼントってことで」
「いや、受け取れない。悪いけど」
「そう言われても返却は認めない」
やだ、この人話通じない。
そう思われている表情だ。
「…めんどくさいな。これだから人は嫌いなんだ」
「ま、そう云いなさんな。人も割といいもんよ?」
「なーんにも知らないくせに…知った口をきくんだな」
古都はため息とともに吐き出す。
波瑠は古都に近づいた。
「来るな!」
「ネタばらしの時間だよ」
波瑠は少女をまっすぐに見る。
「…葛切英四郎、あんたの父親にはフランスで随分せわになったものでね。そのペンダントは英四郎からもらったもんなんだ」
「…私の父が?にわかには信じられない」
「そのペンダントの裏に私の名と…君の名が入ってる」
確かに、ローマ字でCOTOと名が入っている。
「はあ、人の縁というのは奇妙なものだな」
「別に探し出して届けてくれってわけでもなかったけどね。せっかくだ、プレゼント」
「…といえど、私はこの島から出るつもりはないし、妹が家を継ぐことになってる」
古都が箒を置いた。
「…まあ。お菓子でも食うか?」
「うん、食べる、いただきます」
柿ピーが渡された。
「…」
「…好きなんだ柿ピー。もしかして、高価なお菓子を期待してた?」
「いや、仮にもお嬢様が柿ピーをくれるとは…流石に思わなかった」
古都は自分の分の柿ピーを開けた。
「のんびりとお茶を飲みながら柿ピーを食べる。そんな暮らしが合ってるのさ」
「じいさんみたい」
「あんたより若いから、私」
波瑠も柿ピーを開ける。
◆6◆
「お嬢様、先ほどの方は?」
あれから少し後のこと。葛切の前にスーツの男が現れた。
「さぁ、人嫌いの私にわかるわけがないでしょう」
「あぁ、私の方でそこは、把握しております。レストランテ・フィリシテの元料理長。三ツ星シェフの称号も持っている有名な方です」
「へえ、そうなのですか。タダの変な人かと思っていました」
男性が冊子を閉じる。
「まあ、変な人なのは間違いないでしょう。英四郎様の友人なのですから」
「若いのに、大変ですね」
「ええ、本当に」
古都がお茶を置く。
「…あの人なら、私の料理人にふさわしいと思います」
「お声をおかけになってはいかがですか?」
「嫌です」
古都はすぐに断った。
◆7◆
「さてと」
ひとりの男がいた。
「待っていたまえ、神崎君」
ひとりの男がいた。
「今、そちらに向かうからな」
ひとりの男がいた。
「僕がいなくてさみしいと思うが、もう少し耐えてくれ」
ひとりの男がいた。
「さ、いこうか」
あとがき 雑談食堂2nd
波瑠「柿ピー…か。辛いのはあんま好きじゃないんだよなぁ」
古都「そうなのか?悪いことをしたな」
波瑠「ああ、きにしないで。食べるには食べるから」
古都「そうか。…昔はこのピーナッツこそ不要。そう思っていたんだがな」
波瑠「うん」
古都「でも、ある日気がついたんだ。このピーナッツこそ、至福なのだと」
波瑠「う。うん…」
古都「辛さとしょっぱさのコントラスト、これこそ、最高の味だよ」
波瑠「…」
古都「理解できてないのは理解したから、その顔早めてくれないか…」
波瑠「あ、えっと、うん、努力はする…」
どうも、SiviAです。あとがきって好きなんですが、書く事がないです。あと、料理してるシーンがなくても気にしないでください。そういう小説ですし。