島カレー
西日本近海に浮かぶ大小の120島々…
通称、八島列島。
自然に囲まれ、水産資源の豊富な八島に今、ひとりの女性がたどり着いた。
「うっす、波瑠ちん。何年ぶりだろうね?」
フェリーから降りた彼女に、ひとりの女性が近寄る。
胸ポケットにはセブンスターのタバコ。
「軽く3年ぶりだね三國。…にしても、急に呼ばれるなんて思ってなかったよ」
清潔な服を来た、セミロングの髪を後頭部高いところで一つにまとめた波瑠が笑う。
そのスーツケースは黄色だ。
「で、私の調理道具は届いてる?」
「もっちー。あんたの家も用意済みだよ。これ、鍵ね」
三國は銀色の鍵を手渡す。
「わざわざ来てもらって悪いね。あんたの力が必要だったんだ…本当に」
「きにしないで。私も最近スランプでね。…じゃなきゃ仕事辞めてまでこんなとここない」
「そりゃあそうだ。…ここ、暑いな。乗って」
三國が青い車を指差す。
◆1◆
有人島八島の一つ。仁波島
人口5000人程の小さな島で東京からのフェリーが着くのもこの仁波島である。
晴れた日には、隣の美礼島、悌島が見える。
一周するのに車で1時間半ほど、徒歩で8時間ほどである。
「海、きれいだね」
助手席の波瑠が言う。
「おうよ。魚もいっぱいさ」
三國がハンドルを握ったまま言った。
口には火のついて無いタバコを一本咥えている。
「やっぱ、料理人としては気になるもん?」
「…別に。そこまで料理バカじゃないよ」
波瑠は飴玉を転がして言った。ミント味のスッキリするやつだ。
「あっそ…そういや、店の名前、決めてるの?」
「…雑品食堂」
三國が驚いた顔をして助手席の波瑠を見た。
「随分とまた…そうか、雑品食堂か」
波瑠が海を見ながら言う。
「…私の原点はあそこだったからね」
「バイトだけどな」
三國が笑った。
「バイトでも、だよ三國。あれはボ…私の中ではウェイト八割だ」
「そんなものか…ま、あんたが言うなら間違いないだろうな」
◆2◆
車で30分ほどの村、一ノ崎。
三國はとある家の前で車を止めた。
「村長ー、いるん?」
「おるよー…裏ち回ってきてー」
男性の、低い声だ。
「波瑠ちんに紹介するね。村の村長」
「ども、村長の村井です」
メガネをかけた小太りの男性だ。
「初めまして。神崎波瑠です。…あ、三國とは古い付き合いで」
「ええ。峠さんから聞いてます。よろしくお願いしますね」
村井は右手を差し出す。
「はい!」
「挨拶はそこまでにして、本店行く?波瑠ちん」
三國が人差し指を立てた。
「ええ、行きましょうか」
…村の外れにある一軒家。
古びてはいるが、立派な造りだ。
住居の隣に店があった。
「ヨシカねーね、新しか人来るけん?」
ヨシカ、と呼ばれた女子高生が頷く。
「らしいね。しかも都会もんって話だ」
2人は新店舗の屋根の上で遠くの道路を眺めている。
女子校生と、少女だ。
「よし、都会もんには挨拶せにゃならんからね。ふふ、ビビれぇ~」
ヨシカの隣にお菓子の箱が横に置いてあった。
「ヨシカねーねはいたずらがすきねー」
「当たり前けん。…あ、来た!」
遠くから三國の青い車が近づいてきた。
「…あのボロ屋が店?」
波瑠が尋ねる。
「趣深いというか…古い」
「水道、ガス、電気は通ってるから心配するな。…古く見えても、作りはしっかりしたもんだよ」
三國が車を止めた。
「って、おい!屋根の上!」
三國が2人を見つけた。
「吉加とれん!危ないから降りろ!」
「げ…三國せんせー…」
吉加がぎょっとする。
「せんせー?」
助手席から降りた波瑠が不思議な顔をした。
「ああ、今は先生やってる。小学校から高校まで、全部ひとつなんでな。…狭い島だからなぁ」
れんが屋根からスタッと降りた。
「この人、誰?」
「ん?先生の知り合い。神崎波瑠って言うんだ」
吉加も器用に降りてきた。
「はぁ…都会もんは小奇麗な服着とるねー」
「…失礼の無いようにな。…迷惑かけたら、留年な」
三國がようやくタバコに火をつけた。
「わかっちょるよ。あ、波瑠さん、これお近づきの印」
吉加が笑いながらお菓子の箱を差し出す。
「…ありがとう」
「待て、波瑠…そいつは村一番のいたずらもん…!」
「へ?」
波瑠が箱を上げた。
「うわぁ!?」
三國が悲鳴を上げた。
中にはかたつむりがうじゃうじゃと犇めいている。
「…」
波瑠が固まる。
「あはは!都会もんには気持ち悪かろう?」
吉加が笑う。
「こんの悪ガキ…」
「…エスカルゴか…」
ふと、波瑠が呟く。
「…茹でれば食べれるか!」
波瑠が顔を上げた。
「…お前、フランス料理屋だったな」
波瑠はかたつむりを指に載せた。
「…なんだ、期待はずればい…」
「かたつむりはいっつも見てるからね。むしろ懐かしさすら感じる。これ、食べれる?」
吉加が困惑した。
「食べたことなかと…食べる気もなかと!」
「そっか…この自然の中で育ったものなら、もしや…」
三國が吉加のそばに立った。
「…この人、変な人やね、三國せんせー」
「うむ。6年前から変な人だ」
波瑠がかたつむりを三國の頭に乗せた。
「ギャア!?」
「誰が変な人だって?」
三國が飛び跳ねる。
「どうも。私は料理人の波瑠。…ちなみにフランス料理では日常的にエスカルゴ…つまりかたつむりを調理する。…残念だったね」
「りょーりにんなのか」
れんが感心したように頷く。
「リストランテ・フェリシテ料理長。フランスで3年、修行したこともあるよ」
波瑠が威張って言う。
「おお、りょーりちょー…」
「お前、だいぶ偉くなったなぁ…」
波瑠がスーツケースを家にいれた。
「…そういえばもう昼か。ねーねー、料理長、お腹減ったー」
吉加が波瑠に言う。
「んー…片付け手伝ってくれたら何かつくってやろう」
「えー…ま、仕方ないか。れんも手伝えー」
三國がかたつむりを波瑠の手に乗せる。
「こども使うなよ…」
「この大荷物だ。一人じゃ夜が開ける。…そういえば食材ってどこで買える?」
波瑠が鍵を吉加に投げながら言う。
「ちょっと行ったところに商店があるよ。…この道ずっと」
「どうも。荷物は開けなくていいから、家の中入れといて」
波瑠は島の中心へ続く上り坂へ向かった。
◆3◆
山神商店。
ほかと比べて、同じくらいボロい。
ひとりの若い女性がタバコを咥えて肘をついてカウンターに気だるげに座っていた。
大学生、だろうか?
「あー、暇だ」
確かに、あたりに人はいない。
「楽なのは…いいことなんだがなぁ」
金髪の…ヤンキー!
「…なんか、近寄りたくないなぁ」
「あぁ?」聞かれていた。
「…あんた、誰だ?このあたりじゃ見たことないが…客か?」
「…一応」
波瑠が頷く。
「牛肉…とじゃがいも、玉ねぎ、人参」
「野菜は外。無人販売所で売ってる」
波瑠が唸る。
「外かぁ…めんどくさいなぁ…」
「肉は置いてる。…てか、旅行者か?」
金髪ヤンキーが聞く。
「今日引っ越してきた神崎波瑠っていうんだけど」
「はぁ…もの好き。…私は山神千里。ここの主だ」
タバコの火を吐き出す。
「いっとっけど、ここには娯楽もなんにもない。…島流しにしては豪華なのかもしれんがな」
「そいつはどうも。一応、自らの意思だよ」
「さらにもの好きだな。…肉はうちの冷蔵庫に入れてるから、ちょっとまってろ。…店のもの、買わないならいじるなよ」
千里がカウンター横のドアを開けて波瑠を招き入れる。
波瑠は千里に続いて店の中に入った。
「あ、千里、魚ってどんなのある?」
「魚?…今は鯵とか…そんなものだけど」
波瑠は手帳に書き記した。
「そんなの書いてどうするんだ?料理人でもあるまいし」
「料理人だよ」
波瑠は手帳を閉じた。
千里が裏に入る。
「………いろんなものがあるなぁ」
波瑠が店内を見渡す。
店内には日用雑貨からおもちゃまでいろんなものがあった。
「…これ、包丁かな?」
「軽くて使いやすいぞ。買ってっか?」
プラスチックの使い捨て容器に入った肉をもって、千里が戻ってくる。
「オーダーメイドの一級品を持ってきてる」
波瑠は包丁を戻した。
「東京で働いてる時は包丁の変えもいくらか用意してたけどね」
「…なんで東京から来たんだ?向こうのほうが暮らしやすいだろうに…その歳で人生リタイアかよ。…私なんか、東京出たくてウズウズしてるってのにさ」
波瑠が千里を見る。
「目的があってね。…友人に誘われて、店を開くんだ」
「こんな辺鄙なとこに?客なんてきやしない。実際、うちもあんたが初めての客だよ」
「ふふ、私にかかれば客を集めるなんて、たやすいことさ」
波瑠の言葉に千里がニヤリとした。
「自信有り、か。さぞ優秀なんだろうね都会もんは」
「…千里、偉そうだね」
波瑠が言う。
「これでももう、26。あとちょっとでアラサーだよ」
「嘘ッ…私より4つ上か?」
千里が驚く。
「有名なとこの料理長だった。1年程度働いたかな」
「…才能があるやつは違うんだな」
「…才能があっても今は無職だよ」
波瑠は財布を取り出しながら言う。
「こっからはまた、修行の日々ってとこだね。…そうだ。千里もおいでよ。これからカレーを作るんだ」
「…せっかくだから同行させてもらおうか」
千里がお釣りをレジに入れて言った。
◆4◆
再び、雑品食堂前。
人が増えている。
「ん?千里も来たのか」
「三國先生?…野次馬か?」
千里の様子からするに、彼女も教え子の一人なのだろう。
「古い友人だ。つーか、私が島に呼んだんだけどな」
「三國にはお世話になったからね。それに、島に来るのも悪くないとは思ってた」
「律儀なやつだよな。…ああ、吉加のおかあさん」
40くらいの女性が挨拶をする。波瑠も挨拶を返した。
「にしても、10人くらい増えてない?」
「手伝ってくれたんだよ。あ、道具には触らないよう、固く言っといたからな」
「それはありがたい。そして三國、カレーを作るから手伝って」
波瑠が食堂の鍵を開けた。
「おいおい、私は客だよ?」
「食材切りくらい手伝いなさい。料理長命令だ」
食材の入った袋を食堂のカウンターにおく。
「りょーりちょー。これは?」
れんがダンボールを見つける。
「それは触らないで。…私の大切なものだからね」
それは包丁だった。
しっかりと手入れされている。
「私がフランスに行くときに作ってもらったんだ。…駿河さんに紹介してもらった、鍛冶屋の一品」
「あのおせっかい焼きか。…元気にしてるのか?」
「元気だね。相変わらず自由人だ」
波瑠が包丁の布をとく。
銀色の輝きが現れた。
「…ん?その袋は?」
波瑠が吉加の手にある袋に気がつく。
「これ?うちの畑で採れた野菜けん。使って」
「ありがたい。…トマトにきゅうり…ナスも」
野菜は瑞々しい輝きを放ち、見た目も良い。
波瑠が手ぬぐいを頭に巻いた。
「では…調理させてもらいます」
キッチンの向かい。カウンターに人が集まってくる。
波瑠は包丁を取り出し、皮むきを始めた。
「はあ、やっぱちうまかねぇ」
「プロですから」
1分ほどでじゃがいもの皮むきを1つ終える。
「吉加、そこのダンボールにピーラー入ってる」
「おっけー。手伝いますか」
吉加が立ち上がった。
「カレーはみんなで作れるからね…引越しも終わってない今、作れるとしたらこんなものかな」
「…市販のルーだけどな」
波瑠がじゃがいもを一口に切った。
「その包丁使っていいから、トマトも切って」
「カレーに入れるの?」
「うん。トマトは煮込むから小さめに」
波瑠はフライパンに油をひき、じゃがいもと牛肉を炒め始めた。
◆5◆
「完成。島のものを使って作った島カレーだ」
「島のものだけど…普通のカレーだよな」
三國が味見をする。
「まあ、旨いけどな」
「おお、うちの味とは全然違う」
吉加とれんもそれぞれ味見をした。
「うまい!りょーりちょーさすがだな!」
「でも、結構辛いね。ご飯ほしいなぁ…料理長、ついで」
「…あーそれなんだけどさ」
波瑠がカレーに蓋をした。
「ん?どした波瑠…」
「そういえば…だれか、ご飯炊いた?」
みんなが静かになる。
「…少なくとも…私は炊いてない」
結局、カレーを味わえたのは、さらに30分たった後、ご飯が炊けてからだった。
おまけ 雑談食堂1st
波瑠「急しのぎのカレーだけど、喜んでもらって良かった」
三國「味はうまかった。トマトがいいアクセントになってたな」
波瑠「隠し味ってわけじゃないけどね。…そういえば、フランスで修行してたとき、ガムカレーっていうのを作ったことがある」
三國「…不味そうだな」
波瑠「不味そうでしょ?」
三國「実は…意外と行けたとか?」
波瑠「吐くほどまずかった」
三國「まずいのかよ!」
波瑠「吐いた」
三國「食べ物で遊ぶなよ!!!」
次回雑品食堂…「宴会」
初めまして、SiviAと申します。とりあえず書き残していきます。不定期連載。また、私は料理人ではありませんので、そこらへんのツッコミはご遠慮下さい。