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雑品食堂   作者: SiviA
1/3

島カレー

西日本近海に浮かぶ大小の120島々…

通称、八島列島。

自然に囲まれ、水産資源の豊富な八島に今、ひとりの女性がたどり着いた。

「うっす、波瑠ちん。何年ぶりだろうね?」

フェリーから降りた彼女に、ひとりの女性が近寄る。

胸ポケットにはセブンスターのタバコ。

「軽く3年ぶりだね三國みくに。…にしても、急に呼ばれるなんて思ってなかったよ」

清潔な服を来た、セミロングの髪を後頭部高いところで一つにまとめた波瑠が笑う。

そのスーツケースは黄色だ。

「で、私の調理道具は届いてる?」

「もっちー。あんたの家も用意済みだよ。これ、鍵ね」

三國は銀色の鍵を手渡す。

「わざわざ来てもらって悪いね。あんたの力が必要だったんだ…本当に」

「きにしないで。私も最近スランプでね。…じゃなきゃ仕事辞めてまでこんなとここない」

「そりゃあそうだ。…ここ、暑いな。乗って」

三國が青い車を指差す。

◆1◆

有人島八島の一つ。仁波島ひとなみじま

人口5000人程の小さな島で東京からのフェリーが着くのもこの仁波島である。

晴れた日には、隣の美礼島、悌島ていじまが見える。

一周するのに車で1時間半ほど、徒歩で8時間ほどである。

「海、きれいだね」

助手席の波瑠が言う。

「おうよ。魚もいっぱいさ」

三國がハンドルを握ったまま言った。

口には火のついて無いタバコを一本咥えている。

「やっぱ、料理人としては気になるもん?」

「…別に。そこまで料理バカじゃないよ」

波瑠は飴玉を転がして言った。ミント味のスッキリするやつだ。

「あっそ…そういや、店の名前、決めてるの?」

「…雑品食堂」

三國が驚いた顔をして助手席の波瑠を見た。

「随分とまた…そうか、雑品食堂か」

波瑠が海を見ながら言う。

「…私の原点はあそこだったからね」

「バイトだけどな」

三國が笑った。

「バイトでも、だよ三國。あれはボ…私の中ではウェイト八割だ」

「そんなものか…ま、あんたが言うなら間違いないだろうな」

◆2◆

車で30分ほどの村、一ノ崎。

三國はとある家の前で車を止めた。

「村長ー、いるん?」

「おるよー…裏ち回ってきてー」

男性の、低い声だ。

「波瑠ちんに紹介するね。村の村長」

「ども、村長の村井です」

メガネをかけた小太りの男性だ。

「初めまして。神崎波瑠かんざきはるです。…あ、三國とは古い付き合いで」

「ええ。峠さんから聞いてます。よろしくお願いしますね」

村井は右手を差し出す。

「はい!」

「挨拶はそこまでにして、本店行く?波瑠ちん」

三國が人差し指を立てた。

「ええ、行きましょうか」

…村の外れにある一軒家。

古びてはいるが、立派な造りだ。

住居の隣に店があった。

「ヨシカねーね、新しか人来るけん?」

ヨシカ、と呼ばれた女子高生が頷く。

「らしいね。しかも都会もんって話だ」

2人は新店舗の屋根の上で遠くの道路を眺めている。

女子校生と、少女だ。

「よし、都会もんには挨拶せにゃならんからね。ふふ、ビビれぇ~」

ヨシカの隣にお菓子の箱が横に置いてあった。

「ヨシカねーねはいたずらがすきねー」

「当たり前けん。…あ、来た!」

遠くから三國の青い車が近づいてきた。

「…あのボロ屋が店?」

波瑠が尋ねる。

「趣深いというか…古い」

「水道、ガス、電気は通ってるから心配するな。…古く見えても、作りはしっかりしたもんだよ」

三國が車を止めた。

「って、おい!屋根の上!」

三國が2人を見つけた。

「吉加とれん!危ないから降りろ!」

「げ…三國せんせー…」

吉加がぎょっとする。

「せんせー?」

助手席から降りた波瑠が不思議な顔をした。

「ああ、今は先生やってる。小学校から高校まで、全部ひとつなんでな。…狭い島だからなぁ」

れんが屋根からスタッと降りた。

「この人、誰?」

「ん?先生の知り合い。神崎波瑠って言うんだ」

吉加も器用に降りてきた。

「はぁ…都会もんは小奇麗な服着とるねー」

「…失礼の無いようにな。…迷惑かけたら、留年な」

三國がようやくタバコに火をつけた。

「わかっちょるよ。あ、波瑠さん、これお近づきの印」

吉加が笑いながらお菓子の箱を差し出す。

「…ありがとう」

「待て、波瑠…そいつは村一番のいたずらもん…!」

「へ?」

波瑠が箱を上げた。


「うわぁ!?」

三國が悲鳴を上げた。

中にはかたつむりがうじゃうじゃと犇めいている。

「…」

波瑠が固まる。

「あはは!都会もんには気持ち悪かろう?」

吉加が笑う。

「こんの悪ガキ…」

「…エスカルゴか…」

ふと、波瑠が呟く。

「…茹でれば食べれるか!」

波瑠が顔を上げた。

「…お前、フランス料理屋だったな」

波瑠はかたつむりを指に載せた。

「…なんだ、期待はずればい…」

「かたつむりはいっつも見てるからね。むしろ懐かしさすら感じる。これ、食べれる?」

吉加が困惑した。

「食べたことなかと…食べる気もなかと!」

「そっか…この自然の中で育ったものなら、もしや…」

三國が吉加のそばに立った。

「…この人、変な人やね、三國せんせー」

「うむ。6年前から変な人だ」

波瑠がかたつむりを三國の頭に乗せた。

「ギャア!?」

「誰が変な人だって?」

三國が飛び跳ねる。

「どうも。私は料理人の波瑠。…ちなみにフランス料理では日常的にエスカルゴ…つまりかたつむりを調理する。…残念だったね」

「りょーりにんなのか」

れんが感心したように頷く。

「リストランテ・フェリシテ料理長。フランスで3年、修行したこともあるよ」

波瑠が威張って言う。

「おお、りょーりちょー…」

「お前、だいぶ偉くなったなぁ…」

波瑠がスーツケースを家にいれた。

「…そういえばもう昼か。ねーねー、料理長、お腹減ったー」

吉加が波瑠に言う。

「んー…片付け手伝ってくれたら何かつくってやろう」

「えー…ま、仕方ないか。れんも手伝えー」

三國がかたつむりを波瑠の手に乗せる。

「こども使うなよ…」

「この大荷物だ。一人じゃ夜が開ける。…そういえば食材ってどこで買える?」

波瑠が鍵を吉加に投げながら言う。

「ちょっと行ったところに商店があるよ。…この道ずっと」

「どうも。荷物は開けなくていいから、家の中入れといて」

波瑠は島の中心へ続く上り坂へ向かった。

◆3◆

山神商店。

ほかと比べて、同じくらいボロい。

ひとりの若い女性がタバコを咥えて肘をついてカウンターに気だるげに座っていた。

大学生、だろうか?

「あー、暇だ」

確かに、あたりに人はいない。

「楽なのは…いいことなんだがなぁ」

金髪の…ヤンキー!

「…なんか、近寄りたくないなぁ」

「あぁ?」聞かれていた。

「…あんた、誰だ?このあたりじゃ見たことないが…客か?」

「…一応」

波瑠が頷く。

「牛肉…とじゃがいも、玉ねぎ、人参」

「野菜は外。無人販売所で売ってる」

波瑠が唸る。

「外かぁ…めんどくさいなぁ…」

「肉は置いてる。…てか、旅行者か?」

金髪ヤンキーが聞く。

「今日引っ越してきた神崎波瑠っていうんだけど」

「はぁ…もの好き。…私は山神千里。ここの主だ」

タバコの火を吐き出す。

「いっとっけど、ここには娯楽もなんにもない。…島流しにしては豪華なのかもしれんがな」

「そいつはどうも。一応、自らの意思だよ」

「さらにもの好きだな。…肉はうちの冷蔵庫に入れてるから、ちょっとまってろ。…店のもの、買わないならいじるなよ」

千里がカウンター横のドアを開けて波瑠を招き入れる。

波瑠は千里に続いて店の中に入った。

「あ、千里、魚ってどんなのある?」

「魚?…今は鯵とか…そんなものだけど」

波瑠は手帳に書き記した。

「そんなの書いてどうするんだ?料理人でもあるまいし」

「料理人だよ」

波瑠は手帳を閉じた。

千里が裏に入る。

「………いろんなものがあるなぁ」

波瑠が店内を見渡す。

店内には日用雑貨からおもちゃまでいろんなものがあった。

「…これ、包丁かな?」

「軽くて使いやすいぞ。買ってっか?」

プラスチックの使い捨て容器に入った肉をもって、千里が戻ってくる。

「オーダーメイドの一級品を持ってきてる」

波瑠は包丁を戻した。

「東京で働いてる時は包丁の変えもいくらか用意してたけどね」

「…なんで東京から来たんだ?向こうのほうが暮らしやすいだろうに…その歳で人生リタイアかよ。…私なんか、東京出たくてウズウズしてるってのにさ」

波瑠が千里を見る。

「目的があってね。…友人に誘われて、店を開くんだ」

「こんな辺鄙なとこに?客なんてきやしない。実際、うちもあんたが初めての客だよ」

「ふふ、私にかかれば客を集めるなんて、たやすいことさ」

波瑠の言葉に千里がニヤリとした。

「自信有り、か。さぞ優秀なんだろうね都会もんは」

「…千里、偉そうだね」

波瑠が言う。

「これでももう、26。あとちょっとでアラサーだよ」

「嘘ッ…私より4つ上か?」

千里が驚く。

「有名なとこの料理長だった。1年程度働いたかな」

「…才能があるやつは違うんだな」

「…才能があっても今は無職だよ」

波瑠は財布を取り出しながら言う。

「こっからはまた、修行の日々ってとこだね。…そうだ。千里もおいでよ。これからカレーを作るんだ」

「…せっかくだから同行させてもらおうか」

千里がお釣りをレジに入れて言った。

◆4◆

再び、雑品食堂前。

人が増えている。

「ん?千里も来たのか」

「三國先生?…野次馬か?」

千里の様子からするに、彼女も教え子の一人なのだろう。

「古い友人だ。つーか、私が島に呼んだんだけどな」

「三國にはお世話になったからね。それに、島に来るのも悪くないとは思ってた」

「律儀なやつだよな。…ああ、吉加のおかあさん」

40くらいの女性が挨拶をする。波瑠も挨拶を返した。

「にしても、10人くらい増えてない?」

「手伝ってくれたんだよ。あ、道具には触らないよう、固く言っといたからな」

「それはありがたい。そして三國、カレーを作るから手伝って」

波瑠が食堂の鍵を開けた。

「おいおい、私は客だよ?」

「食材切りくらい手伝いなさい。料理長命令だ」

食材の入った袋を食堂のカウンターにおく。

「りょーりちょー。これは?」

れんがダンボールを見つける。

「それは触らないで。…私の大切なものだからね」

それは包丁だった。

しっかりと手入れされている。

「私がフランスに行くときに作ってもらったんだ。…駿河さんに紹介してもらった、鍛冶屋の一品」

「あのおせっかい焼きか。…元気にしてるのか?」

「元気だね。相変わらず自由人だ」

波瑠が包丁の布をとく。

銀色の輝きが現れた。

「…ん?その袋は?」

波瑠が吉加の手にある袋に気がつく。

「これ?うちの畑で採れた野菜けん。使って」

「ありがたい。…トマトにきゅうり…ナスも」

野菜は瑞々しい輝きを放ち、見た目も良い。

波瑠が手ぬぐいを頭に巻いた。

「では…調理させてもらいます」

キッチンの向かい。カウンターに人が集まってくる。

波瑠は包丁を取り出し、皮むきを始めた。

「はあ、やっぱちうまかねぇ」

「プロですから」

1分ほどでじゃがいもの皮むきを1つ終える。

「吉加、そこのダンボールにピーラー入ってる」

「おっけー。手伝いますか」

吉加が立ち上がった。

「カレーはみんなで作れるからね…引越しも終わってない今、作れるとしたらこんなものかな」

「…市販のルーだけどな」

波瑠がじゃがいもを一口に切った。

「その包丁使っていいから、トマトも切って」

「カレーに入れるの?」

「うん。トマトは煮込むから小さめに」

波瑠はフライパンに油をひき、じゃがいもと牛肉を炒め始めた。

◆5◆

「完成。島のものを使って作った島カレーだ」

「島のものだけど…普通のカレーだよな」

三國が味見をする。

「まあ、旨いけどな」

「おお、うちの味とは全然違う」

吉加とれんもそれぞれ味見をした。

「うまい!りょーりちょーさすがだな!」

「でも、結構辛いね。ご飯ほしいなぁ…料理長、ついで」

「…あーそれなんだけどさ」

波瑠がカレーに蓋をした。

「ん?どした波瑠…」

「そういえば…だれか、ご飯炊いた?」

みんなが静かになる。

「…少なくとも…私は炊いてない」


結局、カレーを味わえたのは、さらに30分たった後、ご飯が炊けてからだった。


おまけ 雑談食堂1st

波瑠「急しのぎのカレーだけど、喜んでもらって良かった」

三國「味はうまかった。トマトがいいアクセントになってたな」

波瑠「隠し味ってわけじゃないけどね。…そういえば、フランスで修行してたとき、ガムカレーっていうのを作ったことがある」

三國「…不味そうだな」

波瑠「不味そうでしょ?」

三國「実は…意外と行けたとか?」

波瑠「吐くほどまずかった」

三國「まずいのかよ!」

波瑠「吐いた」

三國「食べ物で遊ぶなよ!!!」


次回雑品食堂…「宴会」

初めまして、SiviAと申します。とりあえず書き残していきます。不定期連載。また、私は料理人ではありませんので、そこらへんのツッコミはご遠慮下さい。

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