これにて開幕
「見たらダメだ、見たらダメだ、見たらダメだ…!」
僕は"隣で僕の顔を覗き込んでいるヤツ"に、自分の意思を伝えるかのようにブツブツとつぶやきながら家への帰路を歩いていた。学校を出てきてすぐの横断歩道からついてきた"ヤツ"は、そんな僕の様子なんて知らないとでもいうかのように僕の横をぴっちりと歩いて、かれこれ10分ほど僕のことを見つめているようだ。
阿部清春という僕の名は、今は亡き両親がかの"安倍晴明"の名をあやかってつけた名であるが、それが災いしてか、僕の目には"他人の目に映らない人ならざるモノ"が見えるのだ。
だがしかし、僕にはそれを退治する知識も、少年漫画の主人公のような特別な力もない、ただ見える上に危害を加えられるだけの無力な少年なのである。
なんだか隣にいるヤツが
「生きている…恨めしい…生きている…死んでしまえ」
とか、とても不穏な呪詛を僕に向かって吐き続けているが、僕には近隣の不良のたむろする路地を通り過ぎるようにできるだけ存在感を薄くし、決して目を合わせず、歩みを止めない、これしか出来ない。
だがしかし、そんなに一生懸命今を生きていても、不良(幽霊)は許してくれないモノで…
もうここを渡ればすぐ家に着くというところの、街道の横断歩道で信号待ちをしていた時の事である。
なんとなく嫌な予感がしてなんとなく顔を上げると、対岸には時代錯誤も甚だしい−もしくは何かの記念日なのかもしれないが−赤地に黒と白の蝶の模様が描かれた着物を着た、これまた人目をひくような黒檀のような黒い髪、死人のように白い肌をした小学生ほどの少女がいて、僕と目が合うとクスリと笑い、何かを言っている。読唇術の心得など当然ないのだが、僕には彼女が何を言っているのかがわかった。
「そこにいると、死んじゃうよ?」
僕の頭がおかしくなったとか、少女の言っている事の真偽とかは関係なく、彼女の発した言葉、その外見には似つかわしくない威圧感に気圧され僕は2歩ほど後ろにたじろぐ。その直後の事だ。
僕がさっきまでいた所に、猛スピードでトラックが突っ込んできた。
あまりの衝撃と恐怖に尻餅をついていると響くクラクションの中に舌打ちをする声が聞こえ、その瞬間からパタリと呪詛は聞こえなくなった。
「け…警察…!救急車!!」
と、我ながら惨めに慌てながらスマートフォンを取り出そうとするが、手が震えるあまりうまく取り出せない。
周りの人間はざわざわと遠巻きに見ているばかりでスマホを手に持っていても通報する様子はなく、カメラのシャッター音が響くだけ。なんて奴らだと思いながらもポケットの中のスマホをなんとか取り出すが、慌てるあまりロックを解除した所でスマホを取り落とす。
落ちたスマホを素早く拾おうとするが、僕が落とすのを知っていたかのように誰か素早くスマホをかすめ取る。見た所僕とそう年は変わらない青年が、片手でスマホを操作し、電話をかける。
「俺だ、ナギだ。例の場所で交通事故だ。警察や救急に電話しておいてくれ」
そして、彼は呆気にとられている僕の腕を掴みこう続ける。
「重要参考人の、中学生っぽいガキを連れて事務所に向かう」
中学生っぽいガキとは、まさか僕の事じゃないよなと思いながら彼の動向を伺っていると、言う事は言ったと言わんばかりに電話を切った様子の彼は、僕に向き直り
「悪いな少年、ちょっと来てくれ」
とだけ言うと僕の返事は聞かずに僕をその場から連れ去った…