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平成2婆・1爺

主な人物

山田 里美 78歳。元小学校教師。長女。

山田 吉野 76歳。元小学校教師。次女。

山田 利夫 75歳。元銀行員。長男。

野中 玉江 65歳。山田家の隣家の主婦。

野中 石雄 67歳。山田家の隣家の主人。

石川 紅子 63歳。近所の主婦、玉江の

友人。

佐藤 礼子 59歳。近所の主婦、玉江の

友人。

泊  夏夫 47歳。山田家の隣家の主人。

泊  道子 47歳。夏夫の妻で、主婦。

野沢 由美 76歳。吉野の親友で、のちに

同じ高専賃に住む仲間。

佐川 胡桃 73歳。吉野の友人で、同じ高

専賃に住む仲間。

石巻 里子 72歳。吉野の友人で、同じ高

専賃に住む仲間。


第1幕

東京郊外の、静かな住宅地。漆喰や石積みの

塀が、続いている。とある一軒の家のなかで、

野中玉江が、庭に面した居間で、近所の2人

の主婦と、声を潜めて、話し合っている。


野中 あら、聞こえなくなったわ。終わった

  のかしら、喧嘩。

石川 本当。でも、よく疲れないわね、月に

  5、6回も、あるんでしょ?

野中 この所は、すこし減ったけど。でも、

激しさは、さらに大盛りよ。

佐藤 私の家まで、聞こえてくることがある

  わ。40メートルは、離れているのに。

野中 昔は、まあまあ仲良く見えていたんだ

けど。お母様が、亡くなってからね、ひ

どくなってきたのは。そう、10年ちょ

っと前から、かしら。

石川 三人とも、年金はたっぷりあるし、貯

金も凄くあるはずよね。学校の先生と、

銀行員だったんだからさ。すこし折り合

って、修理費は共同で負担すればいいの

に。これじゃあ、野中さん、たまらない

わよねえ。この、騒ぎじゃあ。

野中 ソラシアンの人も、困っているのよ。

  見積もりの返事が、いつまでももこない

  から。聞きにきても、門がしまっている

  し、電話やインターホンにも、誰も出な

  いし。

佐藤 三人とも、自転車で銭湯に行っている

  んでしょ。藤の湯って、800メートル

  くらいあるかしら。

石川 今はまだいいけど、夏になったら、大

  変ね。せっかく汗を落としても、また汗

  を掻いちゃうわ。

野中 ひとり三分の一ずつ出せば、そんなに

  大金でもないわよね。

佐藤 なんか、貯金を減らすのが、大嫌いみ

  たいよ、三人とも。えらいケチだって、

  出入りしている、ここの商店街の人たち

  が言っているわ。もっとお金を貯めて、

  それぞれ、いい養老院に、入る気なのか

  しらね?

野中 そういう噂も、あるよね。でも、ただ

  通帳の金額が増えていくのが、山田姉妹

  の生きがい、なんだって言う人もいるけ

  ど。

石川 そんなに貯めて、どうするのかしら?

  三人とも、あと10年くらいで、平均寿

  命がくるでしょ?子供もいないし。

佐藤 でも、羨ましいわ。お金があれば、ど

  んな苦労も、かなり軽くなるわね。


春の午後の陽は、すこし落ち始め、三人に春

の陽のスポットを当てながら、舞台暗くなっ

ていく。


第2幕

あれから、10日後。山田家の洋風の居間に、

三人が集まっている。


里美 さて、今日は月一回の、家計会議の日

  です。先日、問題になった、お風呂の修

  理について、話し合いましょう。

吉野 単純に、三分の一ずつの負担、という

  のは、私は大変おかしいと思います。や

  はり、いままでの使用状況や、破損した

  状況に応じて、負担すべきだと思います

  わ。

利夫 使用状況って言っても、誰がどういう

  風に、調べるんだい。

吉野 そんなの簡単よ。私、去年の利用状況、

  全部ノートに記録してあるわ。

利夫 ええっ、あんたもヒマだね。

吉野 うるさいわねっ。ほら、これが証拠よ。

(持参のエコバックから、小型のノートを取

り出す。里美が、それを横から奪い取る。そ

して、ぱらぱらと一瞥する。)

里美 あら、よく付けてあるじゃないの。ふ

  うん、まあ、いちおう採用しましょう。

(ノートは、利夫に渡る。利夫は、熱心にノ

ートを調べる。)

利夫 へえ、こりゃたいしたもんだ。でも、

  かなり間違っているよ。たとえば、12

  月20日は、俺は友達と、巣鴨で忘年会

  だったからね。2次会にも行って、その

  まま、ネットカフェで夜明かししたから

  ね。風呂には、入いれないね。

吉野 何よ、あんたはいつも、入ったあとが、

  汚くなっているじゃない。ダメージにプ

  ラスして、当然よ。

利夫 何だと!あんたこそ、出たあとがいつ

  も水でビチャビチャだぞ。

里美 まあまあ。でも、今回は、私達、譲り

  合う必要がありそうよ。昨日、藤の湯に

  行ったら、傍にいた小母さんたちが、ヒ

  ソヒソ話しをしていたの。

吉野 で、どんな?

里美 何とね、あと半年で、藤の湯が閉まる

  んですって。

吉野・利夫 ええっ!!

里美 何だか、あそこのお子さん達が、サラ

  リーマンになっていて、後を継がないこ

  とが最近ハッキリしたので、取り壊して、

  駐車場にするんですって。

利夫 そりゃ困る。本当に困るよ。

吉野 困る困るの、大盛りよ。じゃあ、今回

  だけは妥協しなくっちゃね、お互いに。

里美 次に近い銭湯といったら、隣町の椿湯

  しかないわ。私、あそこのお湯、あんま

  り好きじゃないのよ。熱過ぎて。昔は、

  この辺りに、3、4軒あったんだけどね。

吉野 椿湯なんて言ったら、3キロ以上も先

  よ。とても、週4回も行けないわ。家の

  お風呂なら、毎日でも入れるけど。

利夫 週に2、3回なら、運動のつもりで半

  年くらいは何とか行けるけど、長期間は、

  とても無理だね。特に、夏とか冬は。

里美 私も、とても無理よ。特に、夏になっ

  たら。だから、今回はすこし不利でも、

  妥協することにするわ。

吉野 そうね、それが利口というものだわ。

利夫 見積もりは、いくらくらいだったかな?

吉野 250万円だったわ。ほら、ついでに

  トイレも、ウオシュレットに直すでしょ。

  あそこも、もうガタガタだし。

利夫 高いなあ。1割引けないのかい?

里美 私、2、3の知り合いに聞いてみたの

  よ。サービスしてるほうじゃないかっ、

  て。大手だから、保証も安心だし、って。

吉野 まあ、仕方ない金額なのかしら、ね。

利夫 まあ、いちおう交渉してみてよ。それ

  次第で、臨時会議開こう。

里美 じゃあ、今日の家計会議はこれでおし

  まいね。改めて、話し合いましょう。


(利夫は下手に、里美と吉野は上手に、そそく

さと消えて行く。)

第3幕

8ヶ月後の、野中邸。山田家を挟んだ隣家で

ある、泊家の夫婦が居間に来ている。お茶を

飲みながら、4人は世間話をしている。


道子 ところで、藤の湯がなくなって、山田

  さんのお宅、お風呂は、どうしていらっ

  しゃるのでしょう?

石雄 俺、この間、見たよ。利夫さんが、自

  転車にのって、風呂に行くの。洗面器積

  んでたから。椿湯かい?て聞いたら、そ

  うだって。遠くて困る、って言ってたよ。

夏夫 僕も、見ましたよ。3日前くらいに。

  夜の7時ごろだったけど。

玉江 だったら、ソラシアンに直して貰えば

  いいのにねえ。

道子 噂では、一度話しがまとまって、修理

  を頼むことになったらしいけど。また駄

  目になったのかしら。

玉江 それぞれの負担金で、折り合わなかっ

  たみたいよ。椿湯は遠いから、いくらケ

  チケチタイプでも、一度は話しが上手く

  まとまったらしいけど。

石雄 三人とも、えらいドケチだからなあ。

夏夫 見た感じでは、それほどケチに見えな

  いですね。いい服も、着てるし。

玉江 お家は、昔からこの辺りの名家なのよ。

  でも、なぜか三人とも、結婚してないし。

  お金に困ったことはないはずだけど、昔

  からドケチという評判だし。でも、若い

  頃は、それほど仲が悪くなかったはずよ。

  詳しいことは、知らないけれど。

石雄 昔、ちょっとだけ聞いたことがあるけ

  ど。40年も前頃、吉野さんの恋人が株

  屋で、その人の勧めで買った会社の株が、

  倒産してパーになったとか。詳しくは知

  らんけど、ともかく、三人とも大損した

  らしいな。そんな、話しだね。

道子 その恋人は、どうなったのかしら?

玉江 噂だけど、里美さんに5時間泣かれて

  責められ、利夫さんに、殴る蹴るされて

  吉野さんとも、結局別れたって。

夏夫 まあ、大損させられたら、誰でも激怒

  しますよ。しかし、やっぱり、そんなこ

  とがあったのか。それから、ドケチにな

  ったのかな。

玉江 そうね、まあ、大きなきっかけにはな

  るわね。

道子 そんなことあったら、私も、今よりは

  ずっとケチになっていたかも。

夏夫 だけど、あんまりケチでも困るよね。

石雄 そうそう。山田さんちは、自治会費も

  なかなか払わないらしくて、役員の人が

  代々困るらしいわよ。

道子 一年間で、4千円なのに、ねぇ。

夏夫 ハハハ、えらいドケチですね。

玉江 でも、今は三人とも、お金持ちって話

  よ。学校の先生だったから、退職金は多

  いし、年金もいいでしょ。利夫さんも、

  大きい銀行だったから、退職金はウハウ

  ハでしょ。

夏夫 三人で、1億はあるでしょうね。それ

  に、家の敷地が100坪はあるし。

石雄 でも、あんな風に毎日ケチケチしてい

  るだけじゃ、人生、楽しくないだろうな。

玉江 あら、ケチな人って、貯金通帳の金額

  が、ちょっとずつ増えていくのが、この

  うえない喜びなんですってよ。雑誌の誰

  かのエッセイに、書いてあったわ。

道子 それにしても、冬になったら、どうす

  るのかしら?往復、6キロよ。すくなく

  ても、週に2、3度以上は行くでしょ?

玉江 私なんか、途中で倒れちゃうわ。

石雄 それほどの費用でも、ないと思うけど

  な。しかし、よその家の事に、意見を言

  うわけにもいかんしな。

夏夫 まあ、修理するもしないも、それぞれ

  の家の自由だから、仕方ないですねぇ。

(4人のおしゃべりは、続いたまま、舞台、

次第に暗くなって行く。)


第4幕

山田家の居間。正面のサイドボードの上に、

里美の写真が飾ってあり、横の小振りの花瓶

に、庭から切った紅い実のついた南天の枝が

2、3本飾られている。


吉野 でも、里美姉さん、意外にお金残して

  なかったわね。私、ひょっとしたら1億

  くらいあるかも、なんて思っていたけど。

利夫 まあ、引退したのが20年前だからね。

  物価が、ずいぶん違うしさ。俺は、5千

  万くらい、と思っていたけど。

吉野 それが、全部で約3千万円。ねえぇ、

  指輪とかアクセサリーは、私が全部貰っ

  ていいでしょ?あんた、男なんだから。

利夫 駄目駄目!!イミテーションは全部あ

  げるけど、金とかプラチナのは、引き取

  り相場の半値は払ってよ。

吉野 まあ、どこまでケチなの。でも、素敵

  なペンダントが多いから、それでもいい

  ことにするわよ。

利夫 形見に、ひとつだけカマボコの指輪を

  貰っておくよ。よく喧嘩したけど、やっ

  ぱり、本当の姉さんだから。思い出に。

吉野 分かったわ、探しておく。あと、着物

  とか服は、姉さんのお友達にあげていい

  わね。形見分けとして。私も、似合うの

  は貰っておくけど。

利夫 ああ、まあいいよ。姉さんも、喜ぶと

  思うから。

吉野 じゃあ、来月辺り、銀行に行きましょ

  うか。書類をそろえて。

利夫 ああ。面倒だけど、仕方ないね。

吉野 あなたも、書類集め、半分やってよね。

  大変な作業なんですからね。では、打合

  せはこれでおしまい。

(利夫は下手に、吉野は上手に、消えていく。)


第5幕

山田家の居間。テーブルを挟んで、吉野と利

夫が、向かい合っている。吉野が、タルパと

いう、高専賃の案内書を、利夫に渡す。利夫、

は、ぱらぱらと眼を通す。


利夫 ここかい、この間、姉さんが見学に行

  ってきた所って。西洋風のテイストだね。

吉野 まぁ、そんな所。それでねえ、由美さ

  ん達とかが、どうしても一緒に暮らした

  いというんでね。私も取り合えず2年間

  の契約をしてみたの。3階の、真ん中の

  ひと部屋。再来月からね。

利夫 家賃は幾らなんだい?

吉野 8万5千円よ。台所と6畳の部屋だけ

  だけど。1階に、共同で利用できるサロ

  ンやホール、レストランがあるの。入居

  時に、手数料5万円と敷金4ヶ月分がい

  るけど。それに、管理共益費が月に3万

  円。食事は、下に食堂があるけど、頼め

  ば部屋に運んでくれるし、飽きたら外で

  食べてもいいの。

利夫 病気のときは?

吉野 病院が、そのマンションの1階にある

  のよ。外科と眼科と耳鼻科だけど。入居

  者には、受付に医療のコンサルタントが

  いて、専門の病院を手配してくれるの。

利夫 そうかい、そりゃあ良かった。所で、

  この家の権利は、どうするんだい。まさ

  か、俺に買い取れってか?

吉野 あら、冗談は顔だけにして。しばらく

  は、このままにしておくわ。だって、入

  居してみないと、本当の居心地は、分か

  らないでしょ。由美さんたちは、満足し

  ているけど。4、5年は、別荘代わりの

  予定よ。

利夫 おいおい、あんたこそ顔だけにしてく

  れよな。まあ、そういう考えなら、それ

  でもいいけどさ。

吉野 ときどきは、帰ってくるわよ。

利夫 来なくていいさ。これでゆっくりと、

  祐二たちと碁が出来るな。

吉野 あら、利夫さん。変な人を、家に入れ

  ないでよ。あんた、いつだったか、浮浪

  者みたいな人を連れて来たじゃないの。

利夫 ええっ、あの人は、年金暮らしの人だ

  ぜ。まあ、額は少ないらしいけどね。

吉野 いやねえ、そんな人。ともかく、親戚

  の人以外は、家に泊めないで頂戴。

利夫 それは、俺の自由だろ。あんたはさ、

  しばらく、というか永久でもいいんだけ

  ど、ここに居ないんだから。

吉野 あら、この家の半分は、私の権利って

  こと、忘れないでよ。駅前の不動産屋で

  聞いてみたら、土地だけでも4千万円近

  いってよ。まあ、家の取り壊し料が、か

  なりかかるらしいけど、ね。大きくて、

  すごく古いから。

利夫 高齢者専用入居賃貸住宅、っていうん

  だろ?姉さんの、入る所。

吉野 そうよ。高専賃。今、郊外でどんどん

  増えているのよ。

(二人の会話は続くが、舞台、次第に暗くな

っていく。)


第6幕

浅草から、電車で30分程度の、郊外の駅。

そこから徒歩8分の、5階建ての中規模マ

ンション。ここは、廃校になった小学校の約

900坪の敷地を利用して、三分の二を公園

に、残りの敷地にこの高専賃の建物が建って

いる。その4階の南、野沢由美の部屋。そこ

のリビングルームに、ここに住む4人の女性

が集まり、窓際のソファに座ってお茶を飲ん

でいる。


吉野 ここは本当に日当たりがよくて、気持

  ちがいいわね。ベランダからの、見晴らし

  もいいし。私の部屋は、日当たりがイマイ

  チなのよねぇ。

由美 そりゃあまあ、お家賃がねぇ。ここは、

 15万、だからねぇ。

佐川 胡桃 私は2階だから、同じ広さでも

  12万よ。見晴らしを、犠牲にしたの。ほ

  ら、宿六は年中、釣りだゴルフだといない

  でしょう。私もキルトやったり、パソコン

  いじったりで、あんまり景色見ないから。

石巻 里子 お家賃が安い分、趣味にお金を

  かけられるわねぇ。

由美 あら、そういう手もあったわねぇ。で

  も、家は主人も、割と家にいるしねぇ。二

  人とも、景色が好きなのよ。

吉野 私も、隣の公園を見るのは好きよ。洒

  落たヨーロッパ風だし。でも、一階下にし

  て、節約しても良かったのね。年に10万

  円も違うわ。

胡桃 考えると、難しいわねえ。でも、他の

  高専賃にいる人達に聞くと、ここは、かな

  り良心的よ。食堂も、美味しいし。あっ、

  レストラン「ローズ」だったわね。

里子 ローズは、洒落ていて素敵だわ。味も、

  値段に較べてまあまあだし。

吉野 ローズは、素敵よ。ヨーロッパのレス

  トランみたい。あと、この近所のファミレ

  スも、みんな安くて便利だし。

胡桃 マックも吉野家もあるし。

由美 あはは、便利よね。30分くらい休みた

  いときは、マックのコーヒーで十分よね。

吉野 30分の休憩で、本当の喫茶店に入っ

たら、大損よねえ。

(4人のお喋りはつづく。舞台は、ゆっくり

と暗転する。)


タルパ1階のレストラン「ローズ」の向かい

のサロンで、通夜が行われている。奥の祭壇

には、にっこりと微笑む野沢由美の遺影が置

かれている。その近くに、吉野たちがパイプ

椅子に並んで座っている。

胡桃 でも、急すぎるわ由美さん。教えて頂

  きたいこと、まだまだたくさんあったのに。

里子 吉野さん、お辛いでしょう。いちばん

  親しかったんだから。

吉野 もう、昨日から泣きっぱなし。辛い、

  切ない、しか言葉がないわ。

胡桃 一昨日の昼までは、元気だったのにね

  え。ローズのランチも残さず食べて、コー

  ヒーは3杯も飲んでいたのに。

里子 本当に、人間なんて判らないものね。

吉野 寂しくなるわね、これから。私、どう

  したらいいのかしら。今まで、とても楽し

  かったのに。

里子 私達がいるじゃない。和歌子さんや、

  富子さんたちも。

胡桃 そうよ。皆で、頑張りましょう。

吉野 有難う。落ち着いたら、ゆっくり考

  えてみるわ、これからのこと。

(三人の会話は続くが、舞台、次第に暗く

なっていく。)


第7幕

山田家。葬儀の準備が、進んでいる。近所の

主婦達が、手伝いに来ている。奥の部屋の襖

が開いて、野中玉江が小太りの喪服姿で出て

くる。


玉江 吉野さん、吉野さん。

吉野 はい、何か?

玉江 あちらで、葬儀社の方が呼んでいますよ。何か

  相談が、あるんですって。

吉野 あっ、はい、分かりました。

吉野、奥の部屋に消えていく。

道子 玉江さん、このお家、どうなるのかし

  ら。吉野さんは、千葉の高専賃、気にい

  っているんでしょ。

玉江 ええ、戻ってくる気はないらしいわ。

  多分、四十九日が終わったら、売りに出

  すと思うわ。

そこへ、石川紅子と佐藤礼子が寄ってくる。

紅子 ねえぇ、このお家って、幾らくらいで

  売れるのかしら。

玉江 3千5百万くらいでしょ。お家はもう古い

  から、土地だけの値段よね。

礼子 意外と、安いのねえ。私、5千万はす

  ると思っていたわ。

玉江 家が新しければ、それくらいするわね。

  でも、よーく見ると、すごく老朽化して

  いるわ。もう、築50年以上でしょう。

道子 でも、ちょっと寂しくなりますね。山

  田さんのお家が、無くなってしまうなん

  て。

玉江 まあ、そうねえ。何といっても、昔か

  ら、この町の人達だったし、ねえ。

礼子 9年前の、あの銭湯騒ぎが、懐かしい

  わね。

道子 冬になるまで、続きましたね。

紅子 三人とも、あの歳でよく通ったわね。

  見ていて、私達も辛かったわ。里美さん、

  真冬にとうとう、力尽きたけど。

玉江 意地っ張りだからね、三人とも。70

  歳を過ぎた人達に、若手から注意もでき

ないしさ。

礼子 反面教師、っていうんでしょうか、ね。

  仲良くしたほうが、結局は得、ってこと

  ですものね。それを、身をもって教えて

  くれた、って言うのかしら?

玉江 そうよね。私達も、兄弟じゃないけど、

  仲良くやっていきましょう、ね。

(そこへ奥の部屋から、吉野が出てくる。)

吉野 まあ、皆さん、ちょうどよかった。お

  料理の数、どのくらいにしたらいいのか、

  ご相談しようと思っていて。

玉江 ご会葬の方は、何人くらいでしょう?

  ご近所の方を除いて、ですが。

吉野 弟の付き合いは、あまり知らないのよ。

  昨日、利夫さんの手帳なんか見て、ある

  程度は、掴めたんだけど。

紅子 それじゃあ、すこし多めに用意したほ

  うが、いいかも知れませんね。足りない

  と来てくれた方に、悪いですしね。

里美 そうね、私も、弟の葬儀でケチケチし

  た、なんていわれたくないし、ね。ここ

  は、十分用意しましょう。そうねえ、親戚

  の分と合わせて、80人分で十分足りる

  と思うけど、あと20人分追加して、百

  人分としましょうか。

玉江 ご近所の分は、70人分くらいでいい

  と思いますわ。

里美 ええっ、そんなに来て下さるのかしら?

紅子 最近の、この近くのご葬儀を見ている

  と、それくらいが適当だと、思いますわ。

  個人のお付き合い、と言うより町内会の

  お付き合い、ですから。

里美 そうよねぇ、それならそうしましょう。

  私も、恥はかきたくないから。

礼子 もしも残ったら、あとでご近所の方に

  配ったら、よろしいですわ。この辺りの

  慣例ですわ。

里美 そうね、この辺りそういった感じよね。

  では、お世話をかけますが、注文とかも

  ろもろ、お台所のほう、よろしくお願い

  いたします。

(里美、主婦達に深く頭をさげる。)

玉江 承知いたしました。里美さんも、大変

  ですけど、頑張って下さいね。

里美 ああ、有難うございます。何とか、気

  を張って、最後まで頑張りますわ。


主婦達は、下手に、里美は、奥の部屋に消え

ていく。


第8幕

山田利夫の葬儀から1年後の、野中家の居間。

主婦達が集まっている。


礼子 でも、意外でしたね。里美さん、高専

  賃から、戻って来たなんて。

玉江 そうよねえ。私も、びっくりしたわ。

  でも、友人といってもいざ一緒に住んで

  みると、いいことばっかりじゃないわよ

  ねぇ。

紅子 そうですよね。たまに会うから楽しい

  んですよねえ。気が合う友達でも。でも、

  ここ最近、二人の男の子が、一緒に住み

  はじめたようですけど?

玉江 ああ、あれは親戚の子達よ。ひとりは

  山梨、背の低いほうは静岡から。二人と

  も、東京の大学に通うのに、都合がいい

  んですって。里美さんも、男手があるほ

  うが安心だから、承知したそうよ。

道子 お家賃とか、貰うのかしら。

玉江 それがねえ、あのガメツイ人が、水道

  代と光熱費の分担だけで、OKしたんで

  すって。

紅子 どうして、なのかしら。

玉江 あのねえ、ここだけの、あくまでここ

  だけの話しよ。

(主婦たち、うなずく)

玉江 ずっと先にいって、気にいったほうを、

  養子に貰う予定なんですってよ。二人と

  も、次男とか三男とか、らしいわよ。親

  たちも、OKしているんですって。だっ

  て、どう考えてもかなりな財産でしょ。

  この不景気な時代に、名前を継ぐだけで、

  それが手にはいるんだから、親達もノリ

  ノリのはずよ。

礼子 お寺のことだけ、面倒をみればいいん

  ですものね。管理費を払って、たまに、

  お墓参りにいったりすればいいんです

  もの。世間的な体面上ね。

紅子 あとは、里美さんの、お葬式。

(主婦達、顔を見合わせ、全員で忍び笑いを

する。)


主婦達は、まだ喋り続けているが、舞台、次

第に暗くなっていく。

               (完)


*上演・映像化等の許可は、お申し込みがあれば、検討いたします。

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