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第四話

 ◇第四話



 クラスメイトに挨拶をしながら教室に入る。

「おはよう、馬鹿野郎」と悪友Aに挨拶すると相手も心得たもので、「押忍、この腐れ外道」と返してくる。知らない人間が見れば酷く仲が悪いと誤解するかもしれないが、これが俺達の挨拶だった。

 ちなみに女子には非常に受けが悪く、軽蔑の眼差しで見る人もいるが気にしない事にしている。


 教室に目をやると俺達と、貴族と魔物との間で席が真っ二つに分かれていた。まるで冷戦さなかに存在していたベルリンの壁。ベルリンの壁と違うのはコンクリート製ではなく見えない壁である点だ。

 王国は俺達の街を学園都市として認定し、一定レベルの自治を承認すると、連中は貴族やら魔物やらを学校に転入させてきやがった。未知の文化、未知の文明、そして自分達を打ち負かした者達への好奇心がプライドを上回ったのだろう。

 真摯な態度に教師を始めとした大人達は共感を覚え、奴らの転入を認めたのだが……、それは新たな困難の始まりだった。

 いままで受けてきた教育から習慣、風習、思想が違いすぎるのだ。なにより都市防衛戦の結果が複雑に絡み合い、両者には埋め難い深い溝が存在する。イデオロギー全開で闘っていた東西冷戦もかくやという状況になるのも止むを得ない。



 俺達と、貴族と魔物との間で席が真っ二つに分かれていようとも、誰かが境界線上の席に座らなければいけない。当然隣に座るのが魔物か貴族なのだが、どうせ隣に座るなら同じ人間である貴族の方が良いと思うのは人情である。

 魔物の隣に自ら座りたがる物好きはそういない。

 俺の席は隣りが魔物という、言うなれば売れ残り物件だ。まあ、俺の場合は自分から名乗り出てその席を選んだのだが。

 隣に座りたくないと言われるのは、誰でも嫌なものだ。馬鹿だ、アホだ、赤点造幣局だと散々なじられてきた経験から、相手が魔物であっても嫌な思いをして欲しくない。そう判断したのだ。


 ちなみに隣が女生徒の方が良いというのは種族や階級を超えるらしく、女生徒の脇の席は一等地だった。不思議なことに魔物達の美的感覚は人間に近い、否、ほぼ同じなのだ。


 俺が席に着くと、隣に座るトカゲ野郎が睨みつけてきた。

「おい、貴様!」

 試合で殴り飛ばしてやった左目が未だ完治していないらしく、目蓋が大きく腫れ上がっている。そんな状態で睨まれても怖くない。俺は勝者の余裕で無礼な態度を許してやることにした。

「おはよう、トカゲ野郎」 

「貴様、俺を馬鹿にしているのか。俺の名前はリザロスだ!」

 悪友Aと同じやりかたでフランクに挨拶をするのだが、お気に召さないらしい。リザロスの名前から想像できると思うが、奴はリザードマンだ。

「3日前の結果はまぐれだからな。貴様らごときが腕力で俺達に敵う筈がない」

 3日前、ボクシング部に殴りこんで来たリザロスを俺が軽く揉んでやった。

「まあ、確かに腕力だけは流石だったよ。腕力()()はな」

 フッと鼻で笑うと、リザロスの顔が真っ赤になる。

 緑色の肌をする奴も怒ると顔が真っ赤になるのは意外だったが、リザードマンの血液も赤なのだ。奴との試合で確認済みだから間違いない。

「大体、貴様はボクシング部の部員でもないのに邪魔をするな」

「そいつは悪かったな。だが俺にも事情がある。ボクシング部の顧問に泣きつかれては仕方がないさ」

 ボクシング部部長が簡単にのされたのだ。顧問が慌てるのも無理がない。

 俺とリザロスとの試合は、僅か58秒でケリがついた。

 A級ライセンスを持つプロボクサーが素人相手に大人げないと自分でも思うのだが、リングに上がる以上は手加減しないのが俺の流儀だ。

 58秒でケリがついたと書くとリザロスが弱いと誤解するかもしれないが、それは違う。試合時間の長さと強い弱いは関係ない。密度の問題なのだ。

 そしてリザロスとの試合は密度の濃い試合だった。

「そうだ、弱い奴が悪い」

 事情を知らない悪友Aが余計な茶々を入れる。

 リザロスは立ち上がると「シャァァ―シャァァ―」と鳴き声を上げて悪友Aを威嚇する。それに釣られて他の魔物達も立ち上がり奇声を上げる。五月蠅いことこの上ない。


「ちょっと、武。日直の仕事を手伝いなさいよね」


 魔物達の感情が怒りで沸騰寸前になったところで、鈴宮美紅(すずみや みく)が教室に入って来た。彼女の声を聞いた魔物達は急に大人しくなる。魔物も美紅の前では弱いらしい。

 彼等は意外とシャイなのだ。

「わるい、忘れていた」

「わ・す・れ・て・い・た?」

 にこやかに笑いながら近付いて来た美紅は、青筋を立てながら俺の首を締め上げる。

「おはようございます、美紅さん」

 リザロスはそんな俺を侮蔑するような目で見下しながらも、トロンとした目で美紅を見つめる。

「おはよう、リザロス君」

 その声を皮きりに他の魔物達も次々に美紅に朝の挨拶をし始める。沸騰寸前だった魔物達の感情は急速に冷却化していく。先程まで「シャァァ―シャァァ―」と奇声を上げていたのが嘘のようだ。張り詰めた緊張感に耐えかねていたクラスメイト達からは安堵のため息が出る。

 が、それを好ましく思わない奴らも当然いる。

 貴族の連中だ。

「魔物は所詮魔物か。女如きに飼い慣らされるとは情けないにも程があるな」

 美紅は聞こえない振りをしながら貴族達に会釈をする。すると、貴族達もニヘラッと笑いながら会釈を返す。

 お前ら、どっちなんだよ。


 ようやく静かになったところで担任が教室に入ってくる。絶対タイミングを見計らっていたと思うのだが、そういう素振りを見せないあたりは流石というしかない。

「お前ら、席に着けよ」

 教師は点呼を始め、ようやく全員を呼び終えたところで教師はなにかの紙を出す。偉く仰々しく包装されているのが妙に気になった。

「今日は王国よりホワイトデーのお祝いと御達しが届いた」

 王国がホワイトデーを祝う意味が理解出来ないのだが、誰かが半端な知識を与えたのだろうか? 

「いいか、読み上げるぞ」

 呆気に取られるのは俺だけではなく、21世紀から来た生徒や魔物達もだ。担任にしても包装を解くまで内容を把握していなかったらしく、微妙な顔をしながら書かれた内容を読み上げる。

 唯一、貴族達だけは意味ありげな笑みを浮かべていた。

「ホワイトデーおめでとう。今日は男性が女性に愛を告白できる日である」

 なにか微妙に解釈が可笑しいのだが気のせいだろうか。

「ただし女性に愛を告白出来るのは、もっとも強い者のみに許された強者の特権である。武器などという無粋な物に頼らず、拳一つで勝ち上がった者に王国は心より祝福を与えるものとする。国王アルベルト3世」

 なにを言っているのだ、こいつは? 

 状況をまったく理解出来ない俺達21世紀から来た生徒達を尻目に、魔物と貴族は大歓声を上げる。

「先生、意味がよく理解出来ないのですが」

 魔物と貴族の意味不明の熱狂に不安を感じた生徒Bが担任に質問をする。

「悪いが、先生も意味が理解出来ない。誰か説明してくれないか?」

 教師の声に貴族の一人が立ち上がる。

「僭越ながら貴族である私が、アルベルト3世陛下の御意をご説明させて頂きます。『もっとも強い者のみに許された強者の特権』とは、一番強い男だけが女性を選ぶ権利があるという意味です。誰でも良ければ、次のお言葉を頂く資格がないのですから。『王国は心より祝福を与える』とはアルベルト3世陛下の名の元、二人がカップルであることを承認することを意味しています」

「おい、そいつはどういう意味だ?」

「武君、君の推測通りだ。女性には選ぶ権利がないのだよ。そして拒否する権利もない。君達は理不尽に思うかもしれないが、アルベルト3世陛下が強者の特権と御認めになられているのだから。そもそも、ホワイトデーとはそういう風習だと聞いているのだが?」

「誰だ! こいつらにいい加減な知識を吹きこんだ奴は!!」


 ホワイトデーは確かに男性から女性に贈り物をする風習だが、あくまでバレンタインデーのお返しに過ぎず、バレンタインデーのように愛の告白をする日ではない。ホワイトデーとバレンタインデーの意味がごっちゃになっているのは知らないから仕方がないが、俺には誰かが意図的にアルベルト3世に曲解した情報を吹きこんだようにしか思えなかった。


「君がどう反論しようとも無駄だよ。国王アルベルト3世陛下はそのように理解してしまったのだから」

 思わず貴族を殴り飛ばそうとするが、隣に座るリザロスに止められた。



(トカゲ野郎、止めるな! あいつ等をぶん殴らなければ気がすまねぇ)

(やめといた方が良い。貴族はああいう連中だ)

(だが、このままなら美紅をとられてしまう)

(奴らは今日という日をずっと待っていた。いまさら言っても聞かないし、アルベルト3世陛下の名の元に勅命が出たのだから誰にも止められない。むしろ、これは好機と考えた方が良い)

(好機だと?)

(貴様が勝てば問題ないのだ。まさか自信がないのか?)

 リザロスは俺を挑発するような目で見る。自分に勝てた奴が他の奴に勝てないのか、と言わんばかりの表情だった。

(そういう問題じゃない。美紅を景品みたいに考える連中が許せねぇんだよ)

(だが、ここで貴様が勝てば奴らは二度と手が出せない。アルベルト3世陛下の承認付きだからな。それにだ、魔物達全員が美紅さんを自分のモノにしたいと思っているわけじゃない。君達を祝福したいと考えている奴もいる)

(トカゲ野郎……)



 などと顔を突き合わせながら話しているが、傍目には「シャァァ―シャァァ―」と奇声を上げているようにしか見えない。

 一ヶ月も隣に座っていたので、リザロスが上げる奇声の意味を俺は理解していた。 

今回の名アニメ「ジャイアントロボ」で使用されている、「ビッグ・ファイアのテーマ」を聞きまくりながら執筆していました。

可能であれば、この曲を聞きながらもう一度読み直されたら如何でしょうか。

熱くなること請け合いであり、僕がどのような情景を浮かべていたのか御理解しやすいかと。

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