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第三話

 ◇第三話



 俺達の通う学校とその周囲50キロが異世界に移動して、早一ヶ月を過ぎようとしていた。最初の一週間こそ嵐のような日々だったが、いまでは異世界にありながらもどうにか市民生活を維持できている。


 人は環境に適用出来る生き物ものなのだ。


 おかげ様で俺は今日も無事朝飯にありつけていた。などと感慨に浸りながら「いただきます」と食事の挨拶をする俺に母親のキツイ声が飛ぶ。

「武、早く朝御飯を食べなさい! 美紅(みく)ちゃんをいつまでも待たせたら、母さん許さないからね!!」

 まだ箸もつけないのに早くと言われても困る。


『そもそも、お主が飯も食べずにジョギングに出かけるのが悪い』

「そう言うなよ。プロボクサーにとって朝のトレーニングは重要なんだよ」

『だからと言って10キロも走ることなかろう。付き合うワシの身にもなってみろ」

「あの程度で音を上げたのか。まったく、だらしがねぇったらないな」

『言うてくれたな小童が』

 不平を言うアイツをフッと鼻で笑うが、残念ながらその挑発に乗って来ない。それだけアイツが大人なのだろう。子供扱いされるのは癪だが致し方ない。

『まあ、飯を喰ってから走り込むのは胃にもたれるか。仕方があるまい、今回のケースは有りとしておこう』


「武、ごちゃごちゃ言っていないで箸を動かす」

「分かっているよ、かあちゃん」

 俺は大急ぎでご飯とみそ汁、そして沢庵だけの朝食を終える。片付けをしてから出かけようとするが、それは止められた。

 母親にしたら片付けよりも美紅を待たせている方が重大事らしい。「アンタみたいな子がようやく彼女を作ったんだから、大事にしないと駄目じゃないか」とか。そんなに気を使われても困るのだが、「孫の名前は何にしようかしら」などと考える人物に何を言っても無駄である。

 玄関に出ると、顔をやや真っ赤にさせた鈴宮美紅が待っていた。

 少し気になったので「何か言われたのか」と声をかけたら無言で腰の入ったパンチを打たれた。どうやら触れてはいけない話題らしい。


「おはよう、美紅。悪い、待たせたな」

「おはよう、武。そうよ、待ったわよ」

「悪いって」

「そうよ、武が悪い」


 砂糖増量の会話をする俺達の脇を、荷物を満載した馬車が通り過ぎる。ガソリンが貴重品と化した現在、一般市民の足はもっぱら馬に頼っていた。

 文明が後退したよな、と感慨に浸る俺の真上をワイバーンが鳴き声を上げながら飛び去っていく。その姿は怪獣ギャ○スさながらの威容を誇るが、ワイバーンはギャ○ス程大型でなければ超音波も吐けない。

 あくまで常識の範囲内の生物らしく、太古に存在していた翼竜プテラノドンよりも少し大きいという範囲を外れない。


「王国からの定期便でも来たのかしら」

「案外そうかもな」

「なにか難癖付けてこなければいいけど」

「あいつ等にそれだけの武力と度胸があるかよ!」

「そうだけど、弾薬も資源も無限ではないのよ」

「……まあな」

 徐々に学校が近くなり、それぞれの通学路を通って来た生徒達も合流する。

「おはよう」

「押忍」

「オイッス」

 などと顔見知りの連中と朝の挨拶を交わしていると、ここが異世界だという実感が薄れてくる。だが校門に銃火器を持って立つ自衛官の姿を見る度に、その考えが幻想に過ぎないと思い知らされた。

「今日も元気で登校しているようだね」

「お勤めご苦労さまッス」

「武、ちゃんと挨拶しなさい」

「良いんだよ。僕らが市民のために働くのは当然の事なのだから」



 それは俺達の通う学校とその周囲50キロが、異世界に移動して数日後の出来事。

 突然訪れた未知の文明に対し、異世界に存在していた王国は帰順という名の無条件降伏を付きつけてきやがった。ある意味当然の要求なのかもしれないが、見下すような無礼な態度に全市民が激怒したのは言うまでもない。

 当然拒否する俺達に、奴らは自信満々で襲いかかって来た。


 その結果を疑いもせずに。


 俺達が住む街はそれほど重要でない地方都市だが、何故か自衛隊の駐屯地だった。

 兵力は一個連隊程度ではあるが、自衛隊は警察組織や猟友会などでは断じてない。国家に忠誠を誓うプロの武装組織なのだ。近代兵器で武装した組織に王国軍は偵察もろくにせず――無人偵察機は言うまでもなく、高性能の双眼鏡も無いだから正確な偵察などしようもないのだが――なにも知らずに襲いかかればどうなるかは火を見るよりも明らかだった。


 長篠の戦いよろしく、王国軍は壊滅的損害を出した。


 王国軍の構成は中世の騎士団と魔物達との混成編成だった。

 中世の騎士と近代兵器で武装した軍○とでは――おっと、自衛隊は○隊ではなく専守防衛の武装組織だった――有効攻撃射程と武装兵器の威力が違いすぎて勝負になる筈がない。魔物にしてもゴ○ラやギャ○ス程凶悪ではなく、遠距離からのミサイル攻撃で容易に無力化できた。

 アウトレンジ戦法顔負けのタコ殴り状態である。

 近接戦闘に持ち込まれれば逆に蹂躙されたかもしれないが、それもたらればの話に過ぎない。


 とは言え、弾薬と食料は有限である。


 もちろん人命も有限ではあるのだが、中世においては(平民)の価値は家畜より低い、良くて同価値である。ここは異世界なのだ、21世紀を生きた俺達の常識は通用しない。国際法どころか人権などという思想が存在するなどと思わない方が良い。

 王国軍が損害を顧みず消耗戦を挑んでくる可能性は否定できなかった。

 そうなれば勝ち目などない。

 そもそも一個連隊規模では出来ることに限界があるのだ。

 冬戦争と継続戦争をソ連相手に闘い抜いたフィンランドの例に従い、適度なところで講和条約を結び、学園都市として自治を認めさせる。

 これが大人達が下したギリギリの決断だった。

 結果、学園に王国貴族やら魔物やらが学生として入り込んで来た上、ちょくちょく嫌がらせをしてきやがる。不愉快なこと極まりないが、その辺は妥協するしかなかった。



「……やっぱり、私達のせいじゃないかなぁ」

 美紅は怯えるような声で不安を訴える。

「そんな筈がないって。伝説の樹の下で告白したら奇跡が起きて異世界に飛びました、なんてどこの漫画だよ」

「でも、武も見たでしょ! あの日、伝説の樹が急に光り出した現象を!!」

「プラズマだよ、きっとプラズマに違いない」

 以降、俺達の口数は少なくなっていった。


『プラズマは流石に無理があるじゃろう』

「お前は黙っていろ」

『ワシならば量子力学的宇宙観で説明するな。信じがたい事だが天文学的確率で異世界に移動してしまったのじゃ。なにせ、あらゆる可能性は起り得るのじゃから』

「悪いが、なにを言っているのか分からない」

『すまん、お主は馬鹿じゃったのぉ』

「くそ、悔しいが俺が馬鹿なのは否定できない。で、どうすればいいんだよ」

『どうにもならんじゃろ。量子力学ではあらゆることが起こり得るから、明日には元に戻っているかもしれない。だが、量子力学的な問題で自体が発生している証拠は何処にも存在しない。原因が分からないのだから元の世界に戻る事も、また不可能なのじゃ』

「使えない奴め」

『まあ、あれじゃ。駄目元で誰かに来年の2月14日バレンタインデーに伝説の樹の下で告白させてみい。もしかしたら、再び奇跡が起きて元に戻るかもしれないぞ』

「随分投げやりな意見だな」

『なにもしないよりマシじゃろ?」

「確かに――」

 解決策とはとても呼べない提案だったが、俺はそれ以上追及する気になれなかった。その可能性を認めれば俺達の罪を認めることになるからだ。


 俺は兎も角、鈴宮美紅が罪の重さに耐えられるとは思えなかった。

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