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04  メガネとハロウィン

 梅宮はひどく悪戯っぽい顔をした。


「トリックオアトリート」

「ここは日本。お祭り騒ぎには乗せられません」

「お菓子くれなきゃ悪戯」


 お菓子をゆする姿勢も、悪戯すると脅すのもどっちも迷惑きわまりない。

 誰だよ、こんなイベント日本に持ち込んだの。

 そろそろ朝晩の寒さが我慢できなくなったから、と梅宮の部屋にはコタツが登場した。コタツ万歳。足が温まると体がぽかぽかしてくる。頭寒足熱とはよく言ったもの。

 この魅惑の暖房器具の虜になったら、次に生じる問題はいかにしてここから出ないか。手の届く範囲に必要なものを置いて、ぬくぬくとコタツにおさまる時間は至福で。

 私はぐんにゃりと天板に頬をつけた。


 そんな私に梅宮は、食後のお茶を出してくれながら定番の台詞を吐いた。


 ハロウィンなんてあどけない子供がやるから可愛いのであって、いい大人が、しかも腹黒策士彼氏がやっても全く可愛くない。

 梅宮がやるゆすりも悪戯も、笑えない。

 だからひらひらと手を振って、梅宮の要求を一蹴する。


「ここは梅宮の部屋でしょう? お菓子の買い置きはない。私もお菓子は持ってきてない。だからお菓子はあげられない」

「なら悪戯だ」

「断固断る」


 梅宮の悪戯はシャレにならない。それでなくても振り回されているっていうのに。

 不毛な掛け合いよりコタツの温もり、これ重要。

 天板に顎を乗せたら梅宮もコタツに足を突っ込んでくる。


「なあ、佐伯」

「なんでしょう梅宮さん」

「敬語かよ。あのな、俺達は付き合っているよな。それでもって、イベントならそれに乗っかってイチャイチャしようとか思わないか」

「乗っかってるじゃん。今夜だってこれから……」


 唇をとがらせて文句を言うと、それとこれとは別、慎みをもてなんてお説教が入る。

 梅宮は結構イベントが好きだ。これは付き合うようになってから知った。まあクリスマスに照準をあわせて人を陥れてくれたくらいだから、バレンタインだのホワイトデーなんかもきっちりしっかりやってくれた。

 それよりはハロウィンは日本での歴史も浅いし、ケルトの風習がアメリカでお祭りになって日本に輸入されたよくわからない経緯をたどったものだから今ひとつ食指が動かない。


「ここに限定バウムクーヘンがある」

「へ? それ、究極バウムと評判の……」

「欲しいか?」

「そりゃ欲しいに決まってる。食べたい」

「俺に食べさせてくれたら、半分以上やる」


 う、わ。人の足元を見ているよ、梅宮。

 餌としてはなかなかの物を目の前にぶら下げてドヤ顔になっている梅宮。

 ……手の上で転がされている感がひしひしと。


「わかった。やる。四十五分ちょうだい」

「それ半分じゃなくて四分の三だろう。三十五分」

「四十分」

「よし、手を打とう」


 慎重に包丁を入れて、美しい年輪の断面図を取り出す。二十分の量を皿に取った梅宮が、ずいと皿とフォークを突き出す。

 受け取ってフォークをバウムクーヘンに刺す。食べやすい大きさに切ったバウムクーヘンを梅宮にさしだした。

 ん、と頷いた梅宮が豪快に口を開ける。バウムクーヘンはあっさりと梅宮の口の中に消えて、フォークを引き抜くともぐもぐと咀嚼する。飛び出た喉仏が上下して、おもむろに梅宮が話し出す。


「美味い。もう一口」

「はいはい」


 黄金の年輪をまた切り分けて梅宮に運ぶ。まるで雛に餌を運んでいるよう。ああ言えばこう言う梅宮も、今は大人しくバウムクーヘンを食べている。

 だんだん楽しくなって、あっという間に梅宮の分のバウムクーヘンは消えてしまった。

 残ったのは私の皿の四十分。


「今度は俺な。ほら、口開けて」

「え、いや。自分で食べるから」


 皿を取ろうとすると、つい、と手の届かないところに持って行かれる。むう、と梅宮を睨んでも涼しい顔なのが腹が立つ。

 何度か手を伸ばして逃げられるのを繰り返し、とうとう諦めて口を開いた。小さめに切り分けられたバウムクーヘンは最初バターの風味が、次に生地の濃厚さと上品な甘さが口に広がる。

 美味しい。その思いが顔に出ていたのか梅宮が柔らかい笑みを見せた。


 何度かバウムクーヘンを口に運ばれて夢中で食べているうちに、こっちもほどなく胃袋に収まった。


「美味しかったあ。梅宮、ごちそうさま」

「どういたしまして。思った以上に美味かったな」


 次にはいつ入手できるかわからない究極の限定バウムクーヘンを堪能し、お腹は満足した。お茶も美味しくてコタツで丸くなる猫のように思わず喉も鳴りそうだ。

 皿を重ねてフォークをまとめる。歯を磨かないといけないのに、立つのも億劫になっているのは既にコタツの魔力に取り憑かれているから。

 

 梅宮がすっと手を伸ばしてくる。あ、と思った時にはメガネは梅宮の手の中だった。

 途端に世界がぼんやりとする。


「うめみや、ちょっと」

「これからは悪戯の時間だ」


 必死で取り返そうとしたのに、素早く立ちあがり頭上にメガネを持ち上げる。梅宮にすがってぴょんぴょんとしているのも計算の内だったみたいで、フリーな片腕が腰に巻き付いた。


「梅宮」

「つかまえた」


 そう言いながら抱擁タイムに突入した梅宮は、ひどく嬉しそうだ。

 メガネは相変わらず伸ばした腕の先にある。返してと見上げればひどく危険な位置と角度になっている。

 しまったと思うのとしてやったりの顔になるのが、ちょっとだけ梅宮の反応の方が速くて。

 ぼやけた視界いっぱいに、梅宮が迫ってきた。





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