母校での再会~拓人と里美~
平成25年6月24日、森嶋拓人は自分の母校に約7年ぶりに帰ってきた。たくさんのことを学んだわが町の中学校に、今度は教える側として、教員としてのスキルを磨くため、教育実習生として帰ってきた。一週間前に、一度学校へ出向き、指導教員との打ち合わせを済ませ、自分が担当するクラスも1年2組に決まり、この一週間どんなことを生徒たちに教えようか考えに考えてきた。そして自分の後輩たちと共に勉強できる喜びに胸を躍らせていた。
6月24日の朝、初日の教育実習に行った拓人は、相沢里美と再会した。
「里美…」
里美と拓人は小学校から中学校時代まで、とても仲のいい関係であったが、恋人同士というわけではなかった。友達以上、恋人未満という感じだろうか。
とりあえず小学校の時は、お互いの引きが強かったのか、よく隣同士の席になり、よく話をして、一緒に遊ぶようになり、気心が知れた仲になった。中学時代までは仲が良かったわけなのであるが、高校は別々となり、お互い面と向かって会うことができずにいた。しかし、拓人はその間里美のことを一日たりとも忘れたりはしなかった。
「おはようございます。森嶋先生」
里美は、やけに他人行儀で約6年ぶりに会った拓人にたいして挨拶を行った。
「久しぶり…、里美。元気だった」
拓人のその声を聴いた里美は、拓人に近づき耳打ちで話をした。
「相沢先生て呼んで。私たちは教育実習できたんだから」
「うん…」
思い起こせば、高校に入学してから1年後、拓人と里美はミニ同窓会と銘打って行われた、中学同級生組との食事会に参加しているが、その時も里美は拓人の問いかけに見向きもしなかった。
初日の午後からは、体育館での全校集会で教育実習生の挨拶が行われた。今年の教育実習生の人数は、拓人と里美の2名だけであり、例年に比べると少ないものであった。
まずは里美が自己紹介を行う。
「相沢里美です。担当教科は音楽です合唱部に入ってたので、放課後伺います」
里美は淡々と挨拶を行った。
続いて拓人が体育館のステージの真ん中に立ち、自己紹介を行う。
「森嶋拓人です。社会科を担当します。サッカー部に入ってましたので、練習行きます。グランドに放課後はいますので、見かけたら「せんせい!」って声をかけてくれるとうれしいです」
拓人は、教育実習生らしいさわやかな挨拶を行った。
二人ともすぐに生徒たちとなじみ、教育実習はスムーズに進んでいった。しかし、拓人と里美は一向に教育実習生の準備室で会話をすることはなかった。ようやく少し言葉を交わせたのは、教育実習5日目のことであった。
拓人は、授業のために2年1組の教室に向かおうとしているところであった。
「私の妹がいるので、よろしくお願いします」
「はい…」
拓人は不意に話しかけられたので、「はい」としか言えなかった。しかしそれでも少し拓人はうれしかったのである。
2年2組での授業が終わった後、今度は里美の妹が話しかけてきた。
「どう?元彼女との再会は?」
里美の家に行って、よくこの妹にもあっていたころは、この妹も小学校に入りたてでとてもかわいい女の子だったのに、こんなに大きくなったのかと思うと拓人はなんだかうれしくなった。
「なかなか話してくれないんだ…。それと、僕たちは付き合ってないよ」
それを聴いた里美の妹は、不満そうな顔になり、
「私にとって、あなたはお兄ちゃんだし、お姉ちゃんも、拓人くんに会えなくなってから泣く日が多かったんだから」
それを聴いた拓人はますますわからなくなった。なぜ、里美があんな態度をとっているのか。
教育実習の最初の土曜日、教育実習生の歓迎飲み会が開かれ、拓人と里美は出席した。教員の話の話題は、中学時代の二人の関係性の話になっていた。さすがの小さい町で、噂はすぐに広まってしまう。
「二人は仲良かったのでしょ!二人でよくデートしてたって聞いてるよ」
その質問を嫌がったのは里美だった。
「そのことは忘れたいので…」
里美の一言にその場は少しシーンとしてしまった。
その日の帰り道、拓人は年配の教員たちに励まされていた。肩を叩かれ、手を握られ、言葉をかけられ、そうされる度に、拓人はなんだか情けなくなっていった。
二週目の水曜日は部活がすべて中止の日であった。拓人は早めに帰ろうと、学校の玄関を出ると、夕日に向かって立っている里美が目に入った。これは中学時代よく見た光景であり、よく里美はこうして拓人の帰りを待っていた。
「ここでさ一回だけキスしたよね」
拓人は里美の横に近寄り話しかけた。それは拓人にとって決して忘れられない思い出であった。中学2年の夏休み、自分のミスで先輩たちの最後に試合で負けたと思い込み、自分を責める拓人を里美は勇気づけた。
その時二人は衝動的にキスをした。
「もう忘れた…」
里美は、拓人から逃げるように帰ろうとしている。
「ねぇ…なんでそんなに冷たいの?俺、なんかした?」
拓人は必死になってそれを引き留めようとした。
「別に…何もしてないよ…」
里美はそう言うだけであった。
その夜、拓人は中学の同級生で、里美と高校が一緒だった、吉村楓に電話をかけた。
「おっ!久しぶり!」
久しぶりに、旧友の声を聴いた楓のテンションは少し上がっていた。
「あのさ…、里美のことなんだけど」
拓人はただ、なぜ里美があんなに自分に冷たくするのかを知りたくて知りたくてたまらなかった。
「里美さ…ずっと拓人のこと好きだと思うけどな…」
その言葉は、拓人にとって意外な言葉であった。
「じゃあなんで?」
「里美の家、お父さんもお母さんも仲悪いんだよね。子どもが大きくなったら離婚するとか言ってるし。拓人も教師になりたいとか、子どもたくさんほしいとか言ってたもんね」
確かに、里美の両親がよく喧嘩をしているのは知っていた。しかし喧嘩の内容は、どう考えても、自分たちの子どものことを考えてのことである。
「里美には深い悩みなのよ。両親が仲悪いって」
楓は神妙に答えていた。
金曜日の部活の終わり、拓人と楓は、査定授業の準備のため、遅くまで学校に残り指導案を作っていた。教育実習は、3週目の最後の方に査定授業というものがあり、そこで教育実習の成績が決まってしまう。
拓人は、里美との関係をどうにかしたくなっていた。眠気覚ましのために里美にガムを差し出したり、指導案にミスがないかのチェックを勝手にしてやった。
「もうやめて」
不意に里美の口からその言葉が出てきた。
拓人は悔しかった。
「なんで?」
拓人は今にも泣きそうだったが、泣くのを必死にこらえていた。
「拓人はいずれ私のことより大事のものができる。だから自分から遠ざけてたのに」
「そんなことない!」
拓人は反論したが、そこからは何も言えなくなってしまった。
1年2組の生徒、小林愛の悩みを聴いたのは、査定授業の前の日であった。
「先生…、私自身がない。どうしようかな」
小林の悩みは、自分の絵を内閣府が主催するコンテストに出そうか迷っているというものであった。小林によるとそのコンテストはすごい人の絵が多く出展されるので、恥をかきたくないというものであった。小林の絵はすごくうまいが、うかつに「出してみよう!」とは言えないのである。
「自信がないんだね」
「うん…」
「俺も自信がない」
「えっ!」
拓人が不意に言った一言に、小林は驚いた様子だった。
「でも…好きだから、告白しようかな」
「相沢先生だ」
その場は笑いに包まれた。
「少し前向きに考えるよ」
小林はそういって拓人の前から立ち去って行った。
すでに全校生徒に、拓人と里美の中学時代の関係は知られているらしい。里美の妹で二人をじかに見ている人が生徒の中にいるのだからそれもそのはずかとは思っていた。
「小林さんに自信つけさせるか!」
拓人は決意を独り言に表していた。
査定授業は二人ともスムーズに終えることができ、教育実習最後の日を迎えた。その日の朝になっても里美は自ら拓人に声をかけようとはしなかった。しかし、少し態度は変わってきていた。
敬語を使わなくなっていたのだ。
最後の日も全校集会でお別れの挨拶をすることになった。生徒が最後の別れをしようと、二人に注目している中、先に体育館のステージに真ん中に立ったのは拓人だった。生徒たちに諦めない心を伝えたいという思いも込め、拓人は話す内容を決めていた。
「今から、あきらめなければ、得られるものがあるということを証明します」
「頑張れ―‼」
生徒は少しざわつき始めている。
「僕には、小学校の時から好きな女の子がいて、それはずっと変わりません!」
「おぉ~!」
体育館は少しざわめく。
「相沢里美さんあなたのことが大好きです!」
体育館は笑いとざわめきの声、そして拍手に包まれた。
「成功するかどうかは分かりません。でも思いだけは伝わったと思います」
拓人はそう言い残して、ステージの真ん中から離れた。
次に体育館のステージの真ん中に立ったのは、里見であった。体育館の生徒は息をのんでいる。
「人間には、はっきりしないといけない時があります。森嶋拓人さん」
「おぉ~」
生徒は再びざわめく。
「私は、結婚したら、両親とは違う、仲のいい夫婦になって、いい家庭を作りたいと考えていました。私の両親は、私たち子どものことでよくケンカし、それが原因で離婚の話も出ているからです。拓人ともし結婚したら、子どもができて、拓人は子どもが好きだから、両親のように子どもに一生懸命になってしまって、私の両親みたいになるのが怖かったです。
それで私は中学3年の時、間違えを犯しました。皆さんに伝えたい!好きな人ができることは素晴らし事です。どうかその人を傷つけず、その人のことを思ってください」
「やったー!」
生徒全員から拍手が沸き起こった。
拓人と里美は、ようやくお互いに目を合わせ笑うことができた。
帰り道拓人が歩いていると、後ろから女の人が呼んでいる声がしたので振り向いた。
「拓人!」
そこにいたのは、里見であった。
「今までごめんね。もう好きならそれでいいって思うから」
里見の笑顔がとてもかわいく見えた拓人は、にっこりと笑い、大きくうなずいた。
「デートたくさんしよう」
里見はそういってきたので、これにも拓人はうなずく。
「ラブラブ!」
後ろから中学生の大群が押し寄せてきた。
二人は後輩に流されるように、帰り道を下って行った。
筆者が元カノに振られた理由が入っていますが、お気になさらず