プロローグ
「好きです。俺と付き合ってください」
「・・・・ごめんなさい、私、好きな人がいるから」
俺の恋は再びここで幕を閉じた。
藤原正直、17歳の高校3年。
高校最後の甘い夏休みを送るため、始業式から狙っていた彼女に告白したのだがあえなく撃沈。
あ〜俺は青春を味わうことなく散っていく負け犬か。
告白した彼女の名前は岸本和恵。
腰まで伸びる艶やかな黒髪、女神みたいな輝かしい笑顔、学園の中でもAAAクラス間違いなしだ。
「やっぱり何の過程もなしじゃあ断れるのは目に見えてたけどな」
別に俺と和恵は仲がよかったわけでもなく、ただ一緒のクラスっていうだけの関係だった。
俺の心の中とか友達内の会話では和恵のことを、和恵と呼んでるけど、本人の前では岸本さんと呼んでいる。
勝手に自分の妄想の中で和恵といろんなことをしてたと思い込み、告白しても成功すると思っていた。
だが現実は甘くなかった。
「正直、お前マジで告ったのか?」
教室に戻るとクラスの皆に、このことは既に広まっており、俺の周りには即座に野次馬どもが群がってきた。
「一体どこから仕入れた情報だよ」
「お前が岸本さんを誘ったとしたら、告白しかねぇだろ!それでどうだったんだよ」
因みにさっきからペラペラと喋ってるやつは、俺の親友というか古い友達というか、幼稚園からの腐れ縁の仲の川本正通だ。
俺が予想する約20分前の教室内の光景は多分こうだろう。
20分前の予想
「おい、正直いや、藤原が岸本さんを呼び出したぞ」
俺と和恵が校庭に出て行くところを目撃した川本は教室に戻り、大声でクラスの皆に報告した。
しかも俺が和恵のことが好きだってこともバラしたに違いない。
「おい、まさかダメだったとか言わないだろうな?」
「そのまさかだ」
俺はそう言って、自分の席に戻り、机にうつ伏せになって寝るフリをした。
このままだと泣きそうだったしな。
「和恵なんで断ったの」
「だって・・・・」
和恵が友達からいろいろ追求を受けてるのが聞こえてきた。
今思えば悪いことしたな。
「正直、元気だしなよ。一回や二回失恋したぐらいでクヨクヨするなんて正直らしくないよぉ」
俺の前の席の女の子が俺を慰めてくれた。
ついで言うとこいつも幼稚園からの幼馴染の、芝地尊子だ。
茶髪で今時珍しいポニーテール。見た目は運動できそうなんだが、これがすごい運動オンチだ。
「尊子にはわからないんだよ。俺の気持ちなんか」
「おいおい、尊子に当たるなよ」
「もう、私の名前は尊子だよぉ。何回言えばわかるのよぉ」
俺と正通と尊子は幼稚園からの仲良しなんだが、当初は尊子の読み方がわからなかった。
先生か誰かに聞けばよかったものの、俺は辞書で調べ、尊いと読むことを知り、中学まで尊子と勘違いしていた。
正通も同じで、尊敬の尊と読むと知り、中学まで尊子と思い込んでいたらしい。
それを今更直せといわれても、一度定着した呼び方を変えるのは難しく、俺達はそのまま突き通している。
なんで中学まで気づかなかったというと、
「なんで私のこと尊子とか尊子って呼ぶの?」
って聞いてきたからだ。
向こうはそれをただのあだ名か何かと勘違いしてたらしく、中学3年の時ようやく、3人の勘違いが解けたというわけだ。
尊子とか尊子と呼ばれて、返事をする尊子も尊子だけどな。
「正直、女ってのは世の中星の数だけいるんだ。あんなAAAランクは天然記念物並に少ないけど、まだ人生長いんだ」
お前に人生論を語られるほど、俺は人生を捨ててはいない。
でも今の俺は一人になりたいため、教室を出て行き、仮病と偽り、早退した。
早退してどうなるわけでもないが、俺は自分の部屋で携帯に入っている、和恵の写真を眺めていた。
「なんで告白なんかしちまったんだろ」
っという後悔の言葉が何回も頭によぎった。
世の中やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいい、っていう言葉があるみたいだが、あんなのうそっぱちだ。
やった後の後悔の自分の心はズタズタだが、やってなかったら心が傷つくこともないし断然イイ。
クソ、俺は明日どんな顔して和恵に会えばいいんだ。
俺はそのまま悩みながら晩飯も食わずに朝まで眠りについた。
次の日の朝、早くに寝てしまったせいか、いつもより1時間も早く目を覚ました。
でも学校に行く意欲がわかず、そのままベッドの上でゴロゴロしていた。
するといつも起こしにこない母さんが珍しく俺を起こしにきた。
「正直、尊子ちゃんと、川本君が来てるわよ」
母さんの後ろには 尊子と正通が既に制服姿で立っていた。
おいおい、まだ7時前だぞ。そんな早くに来てどうするんだよ。
「ドタバタしててごめんね。それじゃあゆっくりしてってね」
母さんも母さんだ。
こんな朝っぱらからゆっくりできるわけねぇだろ。
「正直、悪ぃ、30分だけ寝かせてくれ」
おい、来て速攻それか。
「正通君には悪いことしちゃったかなぁ。私が無理言ってついてきてもらったんだけど」
尊子がそう言いながら、正通に謝り、俺の目の前に腰を下ろした。
「っで何のようだ?こんな朝早くから来る用事なんかないだろ」
「う、うん。そうだけど、昨日正直が早退したから、今日学校来るか心配で・・・・」
「お前に心配されなくても学校ぐらい行くよ」
行かなかったら母さんがうるさいしな。
その後、2人と一緒に朝飯を食い、共に学校へ向かった。
「おい、藤原、川本聞いたか?」
学校の靴箱で同じクラスの男友達が、慌しく俺達に話しかけてきた。
「岸本の奴、昨日から行方不明らしいぜ。家にも帰ってないらしい」
はぁ?まさか昨日の告白が原因か?
「だから午前中は学校生徒全員で岸本を探すみたいだぜ」
そいつはそういい残して、クラスのほうへ走っていった。
随分忙しい奴だ。
「おい、正直どうする?こりゃ和恵フラグ立ったんじゃね?」
正通が俺をからかうように肩に手を掛けて言ってきた。
「何だよ、和恵フラグって」
「ギャルゲーでよくあるパターンだろ?好きな彼女が行方不明、それを主人公である正直が見つけ出す、そして・・・・」
「バカバカしい。そういうのはゲームだからありえる話だ。現実にそんなことが起きるか」
俺は正通の手を払いのけ教室に向かった。
「ねぇ、岸本さん探さなくていいの?」
めんどくせ。
「お前が見つけないとフラグ立たねえぞ」
知ったことか。
俺は二人を無視し、誰もいない教室にはいり、皆が戻ってくるまで寝ることにした。
どうせ、ただの家出か何かだろ。そんな大騒ぎすることじゃないさ。
「・・・わらくん・・・ふじわらくん・・・・・藤原君」
誰かが俺を呼ぶ声で目を覚ました。
時計の針は10時を指していた。
周りにはだれもいない。
一体誰が俺を呼んだんだ。
「藤原君ここ」
「う、うわー」
俺は椅子をひっくり返して立ち上がり、机の上の喋る物体に驚いた。
「リスが喋ってる?」
俺の机の上にはちょうど手のひらサイズのシマリスが立っていた。
「藤原君、私の言葉がわかるの?」
「わかるけどお前誰だよ」
俺はひっくり返した椅子を戻し、座りなおした。
「信じてもらえないかもしれないけど、私、岸本和恵です」
「はぁ?」