学校は危険だらけ。⑶
「マスター信長…貴公の実力、そして従者の実力を試すようなことをした無礼…心より謝罪いたします…」
漆黒の衣を纏った少女、ファーストと自らを名乗った少女が信也の目の前で跪きながら頭を垂れる。
「光秀…これってどういうこと…?」
ファーストの対応の変化に信也はついていけず、ファーストを指差しながら思わず光秀に問い掛ける。
ファーストは信也の疑問などお構いなしに「マスターの周りにはお強い方がたくさんいらっしゃいますね」などと言いながら目を輝かせて徐々に彼のそばに近寄る。
「さぁ…それは信長殿の方が良くお分かりなんじゃないでしょうか?」
何故か先程から不機嫌な光秀は、信也の質問に冷たく返すと彼と迫るファーストを一瞥するとそっぽを向いてしまった。
そんな彼女の不機嫌の原因が自分にあるとも知らず、信也はやれやれと首を振りながらファーストの方へ向き直る。
「俺がお前のマスターってどういうこと?」
「はい、ワタシ本名は玄野 衣智と言います…。とある事故の後遺症で二度と歩くことは出来ないと医師に宣告されたワタシを救ってくれたのが今のワタシを作った長宗我部重工という企業でした。そこでワタシは世界初の人造転生者として生まれ変わったんです。そして人造転生者になって初めての任務が…」
「俺の護衛ってワケか」
そう言って、服を捲り上げた衣智の身体には無数の大きな傷が刻み込まれていた。
その痛々しい傷を見た信也は、「もういい…」と言って、衣智に裾を下ろさせた。
「それはともかく、なぜ長宗我部殿は信長殿を護るようにと彼女に命令したのでしょうか…?そこだけが理解出来ません…あの方も天下を狙う身、どうして敵に塩を送る様な事を…」
信也と衣智の会話を黙って聞いていた光秀だったが、徐に口を開くと、疑問を口にした。
「すみません、そこまではワタシにも…ワタシはただマスターを護衛することしか伝えられなかったので…」
衣智もその真意は聞かされておらず、結局は真相は闇の中なのであった。
今はそれよりも目の前の問題に意識を向けなければならない。
「とりあえず…どうやって秀吉と道三を救う?」
信也は壁一面が吹き飛んだ校舎の一角を眺めて嘆息する。
今、3人は校庭の隅の植え込みの陰に身を隠していた。
先程の爆発で全校生徒に避難命令が出され、校内に残っているのは、信也たち3人とねーちゃん先生こと、北条 氏音と彼女に囚われた秀吉と道三の6人だけだった。
そして、信也の心はショックで埋め尽くされていた。
自分の担任が転生者だった上に敵として彼を殺そうとしてきたのだ、無理もない話である。
「なぁ、衣智。お前が戦う前に言っていた危険度ってのは何を基準にしてるんだ?」
信也の質問に衣智は即座に答える。
「そうですね…。まずは戦闘力、これが判断の大部分を占めています。その他には、性格なども含まれています。ワタシが出会った中では、北条 氏政は最高クラスの危険度を誇っています。戦闘力は勿論、覚醒時の性格の凶暴化、どれを取ってもトップクラスの危険度です」
「一応聞いてみるけど、俺は?」
衣智から危険度判定の参考基準を聞いた信也は嫌な予感がしつつも、自分はどれ程なのか尋ねてみる。
返ってきたのは案の定ともいえるランク付けだった。
「現時点のマスターの危険度はCクラス、最低レベルです」
「デスヨネー…」
そんな信也に衣智は容赦無くダメ出しする。当の信也はというとある程度の酷評は覚悟はしていたが、いざ面と向かって辛辣な言葉を浴びせられると余程ショックだったのかガックリと肩を落として項垂れる。
「とにかく、北条 氏音…恐らく彼女は信長殿の最強の障害になるでしょう。いいですか…情けは捨てて下さい。今の彼女は教師ではなく、貴方の命を狙う敵です」
信也は光秀の言葉に、分かってる。と俯き気味に返すが実際のところはまだ迷っていた。
今は敵とはいえ、氏音とは信也が入学した時から1年以上の付き合いであったからだ。
そんな彼女を敵として認識するには信也にはまだ覚悟が足りなかった。
しかし、今の彼女がそれを待ってくれる筈もなく。
「何処にいやがる、織田 信長ァッ!」
その時、怒号と共に再び爆発が起こった。
爆心地は信也たちの隠れる植え込みとは別の植え込みだったが、氏政の気が立っていることで彼らは身構えた。
「そこら辺にいるのは分かってるんだよ。狭いこの敷地じゃ無理も無いよなァ?」
植え込みの陰から信也が覗くと、氏政は屋上に立ってこちらの方を見下ろしているのが見えた。
確かに彼女の言う通り、この学校の敷地は狭く隠れられる場所も限られているからだ。
「氏政殿はどうやって爆発を起こしているんでしょう…。あれだと爆発物を携帯している様子もありませんし」
「ワタシも彼女の能力については不明な点があるので断言は出来ませんが、恐らく無機物を爆発させる能力を持っているかと…」
氏政にバレないように信也はコッソリと植え込みの中に潜り込む。
信也が戻ると、氏政撃破の手がかりを探していた光秀と衣智は彼女の能力の解明について話し合っていた。
「ですが、それだけでは…」
「衣智のナイフを止めた能力の説明がつかないのか?」
そして、光秀が言いかけたことに信也も同じ事を思っていたようで、自らも考えるべく腰を下ろしながら話に混ざる。
その時、けたたましいサイレンと共に数台のパトカーと消防車などの緊急車両が校庭に入ってくる。
「あれは…」
「彼女の爆発の影響かと…これではこちらも動くことは出来ませんね…。今、出て行ったら彼女に見つかるだけではなく最悪の場合、警察に共犯と疑われ捕まる可能性も無きにしも非ずです」
植え込みからそっと顔を出した光秀は溜息混じりに言う。
すると、警察は屋上に立っていた氏政を見つけたのか拡声器越しの声が学校に響き渡る。
「犯人に告ぐ、無駄な抵抗は止めて直ちに投降しなさい」
「ふぅ…そうですか。もうどうにも出来ませんし、大人しく投降します……とでも言うと思ったのか、国家の狗がァッ!」
警察の言葉を聞いて小さく息を吐いた氏政は、ガックリと肩を落として、投降する素振りを見せた次の瞬間、表情を一変させて校庭の方へ掌を翳すと、パトカーが次々と爆発させて校庭に地獄絵図を作り上げた。
「ヒャハハハッ!駄犬如きがナメてんじゃねーよ!」
その地獄絵図を間近で目にした3人は彼女の能力のデタラメさに絶句したが、氏政はそれを見下ろしながら楽しそうに笑う。
そして、次に氏政が取った行動に信也たちは選択を迫られた。
「おーい、信長ァ…いい加減出て来いよォ!じゃなきゃテメーの大事な仲間の綺麗な身体が見る陰も無く木っ端微塵になるぜェ?」
その言葉に屋上を見上げた3人の目に映ったのは、フェンスの外側に鎖で拘束された秀吉と道三だった。
「秀吉…道三…ッ⁉︎」
思わず植え込みから躍り出ようとする信也の腕を衣智が掴んで引き戻す。
彼女の手を振りほどこうとする信也だが、その腕はガッチリと固定されて動かすことができない。
「何しやがる…早くしないと2人が…」
「それは重々承知しております…ですが、彼女の能力の全貌が不明である以上…現状で戦うのは極めて危険かと…」
「だからって2人を見殺しにしろって言うのか!」
衣智の言葉に思わず声を荒げる信也。
そして、信也は続ける。
その言葉は衣智の心を激しく揺さぶる。
「俺はアイツらの主だ!なら助けに行くのは当然だ!」
しかしここで、今まで俯いたまま沈黙を貫いていた光秀が口を開く。
それは信也に向けての言葉というよりは彼女自身が無理やり納得するための言葉とも捉えられる。
「信長殿…主だからこそ、自分の命を最優先してください。秀吉殿も…道三殿も…それを望んでいる筈です。自分たちの所為で信長殿に万が一の事があったなら彼女たちは死んでも死に切れないでしょう」
「でも…ッ!」
そう言って顔を上げた光秀の目には涙が浮かんでいた。
彼女もまた、信也が葛藤しているように口には出さなかったものの心の中で必死に葛藤した末に苦渋の決断を下したのだ。
その表情に思わず口ごもってしまう信也、そして光秀は嗚咽混じりに続ける。
「私だってっ…ヒック…本当は2人を見殺しっ…になんてしたくっ…ありません…それでもっ…信長殿を失う方がもっと…ずっと私たちには辛くて…苦しくて…耐えられないことなんです!」
光秀の言葉を最後まで聞いて、信也は彼女を抱き寄せ耳元で静かに呟く。
覚悟を決めた瞳で光秀を見つめる信也。
「そうだよな…分かってる…主として、時には家臣を見捨てることは必要なのかもしれない。だけどな、そうしなきゃ主になれないって言うなら俺は主になんてなりたくない。俺は…誰1人、家臣が欠けることなく天下を取る…その為になら命の一つや二つなんて平気で懸けてやる。それが俺の覇道だ!」
信也の言葉に呼応するかのように、戦石が眩く輝き、信也の体は光に包まれた。
そして、信也の頭の中にいつか聞いた声が響く。
"織田 信也…貴様の覚悟、しかと受け取った。ならば次はその剣で貴様の覇道を切り開け"
目を覆うばかりの光に動転していた光秀と衣智だったが、光が収まると、そこには純白の戦装を身に纏い、漆黒の大剣を担ぐ信也の姿があった。
「信也…殿…?」
光秀がおずおずと尋ねる。
前回覚醒した信也は織田 信長の念に意識を乗っ取られ、暴走したことがあるからである。
「光秀、待たせたな…」
「信也殿…お待ちしておりました…」
その言葉に、彼が信也であることを確信した光秀は安堵すると共に、強い意志を携えた彼の瞳を見て涙を拭って頷きながら微笑む。
「衣智、2人の救出…手伝ってくれるか?」
「マスターの御命令とあらば、この衣智…どこまでもお供しましょうぞ」
衣智も信也の雰囲気が変わったことに気付き、跪いて彼を見上げながら微笑む。
そして、植え込みの中から3人は飛び出して氏政の前に現れる。
「待ってたぜ、織田 信長ァ」
とうとう現れた信也たちを屋上から見下ろし、ニヤリと口角を吊り上げて笑う氏政を、信也は指差して不敵に笑い返す。
「北条 氏政、お前が俺の覇道を邪魔するなら、俺はそれをぶった斬ってやる!」
そして、後ろに立つ頼もしい2人の家臣に視線を向けて告げる。
「さぁ、反撃開始だ」