学校は危険だらけ。⑵
「はぁっ…はぁっ…どうにか逃げ切れたか…?」
「ここまで来れば、一先ずは安全かと思います…」
信也と光秀は人気の無い教室へ飛び込むと、光秀は廊下の気配を伺い誰もいないことを確認すると信也の元に戻って短く嘆息する。
「2人とも大丈夫だよな…?それより、アイツは転生者なのか…?」
信也は屋上に置き去りにしてきてしまった2人の少女とそれと対峙していた漆黒の少女の事を考え、光秀に聞くと彼女は首を横に振る。
「恐らく転生者では無いと思います…そもそも、転生者ならば戦石が反応する筈ですから…。それから、相手の戦闘力が不明な以上は2人がいくら強いとはいえ油断は命取りになります…」
「あの2人に限って、負けるなど考えたくもありませんが…」と呟き、黙り込む光秀。
恐らくこれからの出方を考えているのだろう、信也は集中している彼女に話しかけようとはせず、首に掛けていた小さな石を取り出す。
戦石…転生者ならば必ず持っているというこの石は、戦いに使用する以外にも敵の転生者の存在を知らせたり、味方の危険を知らせるものだがその光は今は味方の存在を知らせる青色だった。
「目標の体温感知、戦闘モードAを選択」
そんな声が聞こえた瞬間、天井を突き破り無数のナイフが信也たちの頭上から降ってくる。
思考に耽っていた光秀は反応が遅れるが、逸早く危険を察知した信也は彼女を抱えてその場から跳躍する。
行き場のなくなったナイフが床に刺さり、その直後穴だらけになった天井を破壊して漆黒の少女が信也たちのいるフロアに降り立つ。
「アイツ…まさか2人を…」
「そんな…ですが、あの2人から逃げたとしても逃げ切れる筈が…だとしたら本当に…」
慌てて戦石を確認する2人だが、相変わらず味方の健在と敵の存在は無いと示す青色のままだった。
「こんなデタラメな奴が転生者じゃないなんて信じられるか!」
信也の飛び退いた先は教室の窓側だった為、必然的に追い詰められた形になり信也は仕方なく構える。
「信長殿は下がっていてください、ここは私が引き受けます」
しかし光秀は信也を右手で制し、左手に巻いていた包帯を外すと右手に嵌めたブレスレット型の戦石が輝いた。
「戦装、千の謀略にて我に敵を討たせたまへ…智謀智略!」
光秀は転生者のみが身に纏うことのできる装具、戦装を身に付け紫色の双銃を召喚する。
「準目標、危険度Sランク…明智 光秀との交戦を開始します。記録開始」
漆黒の少女は感情の読み取れない声でそう呟くとナイフを構えた。
光秀は相手の出方を伺いながら間合いを測る。
「今だ…ッ!」
一瞬の静寂が訪れた瞬間、漆黒の少女はナイフを放つ。
しかし、光秀はそれを後ろへ飛び退きながら撃ち落とす。
「残弾ナシ、装填します」
そう言うと、少女の周囲に無数のナイフが現れ、目にも留まらぬスピードでそれを集めると懐に収め、その内の数本を再び光秀に向かって放つ。
しかし、これも光秀は冷静に全てのナイフを撃墜する。
それでも漆黒の少女は臆することなく、ナイフを光秀に向けて放ち続ける。
「くっ…このままじゃ埒が明かない…」
ナイフを撃ち落とし続けていた光秀にも疲労の色が見え始め、それに伴って彼女が放つ弾丸はナイフの何本かは撃ち落とせず、軌道を逸らすことが精一杯になり始めた。
「これじゃ、ジリ貧じゃないか…」
最初は自分が介入した所で光秀の邪魔になるだけだと思い、手を出さなかった信也だったが、光秀が押され始めたのを見て、急いで現状を打破すべく思考を巡らせる。
しかし、そんなタイミングで光秀の双銃がガチンッと乾いた音を立てる。
「しまっ…弾切れ…」
肩で息をするほどに疲れ果てた光秀は不測の事態に一瞬だけ漆黒の少女から目を離してしまう、少女はその一瞬を見逃さず、畳み掛けるように大量のナイフを彼女に向けて投げ放つ。
「光秀…ッ!」
信也も今回は反応が遅れ、ナイフは今にも光秀を貫こうとその刃を煌めかせ、光秀も来るべき激痛に思わず目を瞑るが…。
「何が起こってるんだ…?」
信也の声に瞼を上げた光秀の目に飛び込んできたのは、彼女の数センチ手前の空中で固まったように停止したナイフだった。
「異常発生、原因不明…攻撃を一時中断」
漆黒の少女もこれは予想外だったのか、言葉通りに光秀への攻撃を中断した。
そんな3人だけしかいなかった筈の教室に誰のものでもない声が響く。
「よーし、お前ら…そこまでだ。織田ァ、女の子に助けられるなんて情けないな」
「誰だ…ッ⁉︎」
全員が声のする方へ振り向くと、その人物は教室の前方、教卓の上に腰掛けていた。
その人物を見て、信也は絶句する。
そして、唇を震わせながらなんとかその人物の名を呼ぶ。
「何で…ここに…ねーちゃん先生…!」
そう、そこに腰掛けていたのは、信也たちの担任教諭、通称 ねーちゃん先生だった。
意外な人物の登場に光秀も動揺する。
「先生…そもそもどうやってここに…戦装の顕現と共に人払いの呪術も発動するはずですが…」
「こんなドンパチやらかしてたら、嫌でも気付くってーの、それよりそこのは何者だ?」
そして、彼女が視線を送る先には漆黒の少女、先程から沈黙していた少女はねーちゃん先生に問いかけられて、この時初めて名乗った。
「ナンバー…ファースト」
少女の名前を聞いた瞬間、ねーちゃん先生は納得したように、「あー…なるほど」と言いながら頷き、信也たちに問い掛ける。
「織田、ここで問題だ…彼女は何者でしょう」
その問いかけに少し悩んだ信也は自信なさげに答える。
「人間…?」
その答えにねーちゃん先生は大笑いしながら首を振る。
「お前の答え…半分正解の半分ハズレだ。彼女は人造転生者。まさか完成してたとは思いもしなかったがな」
「人造転生者…?」
「よーするに、どこぞのバカが普通の人間に後天的に転生者の力を与えたんだ」
その言葉に信也と光秀は絶句する。
そして、あることに気付いた光秀が一つの疑念を抱きながら、彼女に尋ねる。
「そんな事より…どうして貴女が転生者の事を知っているんですか…?」
そして、ねーちゃん先生はその質問を待っていたと言わんばかりに口角を吊り上げ笑う。
「それじゃあ、第二問。アタシは何者でしょうか?」
その質問の意図に気付いた信也は、まさかと思いながらも答える。
彼女が現れた時点で何となく気付いていた。
しかし、信也はそれを認めたくはなかったが嫌でも認識してしまう。
「まさか…アンタまで転生者…なのか?」
その瞬間、ねーちゃん先生から信也が今まで感じた中で一番の殺気が教室を埋め尽くす。
それは道三よりも何倍も冷たく圧倒的だった。
「ご名答。アタシの名前は北条 氏音、北条 氏政の転生者さ!」
「警告、危険度SSランク北条 氏政。攻撃の挙動を確認。マスター及び、その従者の安全確保を最優先、直ちに離脱します」
「は⁉︎ちょっ…光秀どうなってんだ⁉︎」
「私に分かるワケがないじゃないですか!」
漆黒の少女…ファーストは両脇に信也と光秀を抱えると、窓を突き破り脱出する。
それと同時に氏政のいた教室が爆発する。
「逃げるのかァ?織田ァ、お前の大事な大事な家来はアタシが預かってるからなァ。早く取り返しに来なけりゃ知らねーぞ」
氏政から人質の存在を明かされ、信也は唖然としながら下へ落下していくのだった。