学校は危険だらけ。(1)
流麗狡猾の毒蝮、斎藤 道三との一騎打ちが決着してから一週間後、戦国武将である織田 信長の子孫である織田 信也は自身の怪我や彼の家に住み着いている居候である2人の少女の看護などがようやく一段落し、久しぶりに学校に登校したのだが早速今すぐにでも帰りたいと思わせる様な事態の連続で朝から表情が引き攣っていた。
「ダーリン、ワタシもダーリンのクラスになりたイー。光秀ちゃんや、秀吉ちゃんだけズルイわヨォ」
「道由紀殿、何を寝ぼけたことを言っているんですか。学期途中のクラス替えなどあり得ないのをご存知ないのですか?学校の仕組みを勉強してから出直してきてください。信也殿、もしよろしかったら学校の案内をして頂きたいのですが」
「みっつんズルいー。秀吉も信也さまに案内してもらいたいー」
「じゃあ、ワタシもお願いしようかしラァ。学校の隅々(すみずみ)、それにダーリンのことも隅々までネェ?」
「ゆっきんには必要ないでしょー!それに信長さまの隅々ってどーゆーことー⁉︎」
「じゃあ、道由紀殿は秀夏殿の案内をしてあげてください。私はその間に信也殿と…」
「「抜け駆けダメェー!」」
何故か、朝から信也の机の周りには道三、光秀、秀吉の3人が集まって言い争っていた。
「何でこうなったんだ…?」
クラスの男子の恨みの視線と、女性のヒソヒソ話に晒されながら、信也はガクッと肩を落とした。
道三は兎も角、なぜただの居候だったはずの2人が朝から学校で信也を囲んでいるかと言うとそれは今朝のホームルームに遡る。
「起立、礼」
「はい。というわけで突然だが、このクラスに転校生が加わりまーす。しかも、喜べ男子ども!女の子が2人もだぞ!」
信也のクラス担任で生徒からは親しみを込めて、ねーちゃん先生と呼ばれる見るからに姐御肌な青髪をバッサリと切ったショートヘアの女性が、どういうワケなのかはさて置いて、嬉しそうに転入生の告知をした。
そして転校生が女子だと分かると、クラスの男子にどよめきが起こる。
「おい、聞いたかノブ!女の子だってよ。どんな子かなぁ…」
信也の親友で隣の席の野瀬 浩和がニヤニヤしながら振り向きざまに聞いてくる。
「知らねーよ。つか、お前はいつでもそんな調子だな」
転校生に対して期待するお決まりのフレーズを使う浩和に呆れ顔で返す信也。
そんな信也の反応も転校生という新しい風の前では無力なのか、堪えた様子もなく期待に胸を膨らます。
「しかも、アタシも直接会ったのは今日が初めてだが、かなりの美少女たちだ!男子、あんまりにも可愛いからって問題起こすなよー?」
ねーちゃん先生がニヤニヤしながら男子を見渡すと、「それはないわー」と苦笑混じりに色々と聞こえてきた。
だが信也は男子たちの目が明らかにギラついているのが容易に見て取れた。
「そうか、なら呼ぼうか。おーい、入ってきていいぞー」
ねーちゃん先生が呼ぶと、2人の女子が入ってくる。
片方は綺麗な茶髪にモデル顔負けのスタイル。
もう片方は、これまた綺麗な黒髪に隣に立つ女子より幾分か低い背丈だが左腕には包帯が巻かれて三角巾で吊られていた…と、そこまで冷静に観察していた信也は頬杖をついていた右手から頬が滑り落ちた。
「って、うぉぉぉぉぉっ⁉︎」
「あれ?ノブ、あれ光羽ちゃんと、秀夏ちゃんじゃん」
浩和の言った通り、黒板の前には光秀と秀吉が立っていたのだ。
そういえば朝から何やら2人でコソコソと何かやっていたようだったが、それがまさかこんな事になるなど思ってもいなかった信也は目を白黒させる。
「アハハッ、信也さまビックリし過ぎー。ガクッだってー漫画みたーい」
「秀夏殿…あれ程、さま付けはダメだと…」
秀吉はそんな彼の心境など知らずケタケタと笑いながら指をさす。
外で不用意に様付けした秀吉への光秀の忠告も時すでに遅く、クラス中の視線が信也へと注がれることになった。
「なんで織田があんな可愛い子と知り合いなんだ…」
「そういえば、あの子たちってこの前、織田に弁当届けに来てた子たちじゃね…?」
「信也"さま"って…織田君にそんな趣味が…」
「無いわー。てか超引くわー…」
瞬く間にヒソヒソ話は広がり信也は一躍、クラス中の注目を浴びることになった。
そんな好奇の視線に晒されて顔を真っ赤にして塞ぎ込む信也。
「おー織田は2人と知り合いなのか、じゃあ、昼休みにでも学校を案内してやってくれ」
そんなクラスの雰囲気など、どこ吹く風のねーちゃん先生は信也にそう言ったタイミングで、信也を助けるが如くホームルーム終了の鐘が鳴る。
「おっと、これで朝のホームルームは終わりにするからちゃんと授業の準備してから席立つんだぞー」
そうして、ねーちゃん先生が出て行くのを待っていた様に、救世主であったはずの終了の鐘が牙を剥いた。
「ダぁーリぃーン!」
クラスに駆け込んでくるなり一目散に信也に抱きついてきたのは銀髪碧眼の学校のアイドル。
斎藤 道三こと、斎藤 道由紀だった。
「ギャアァァァァッ道由紀⁉︎タイミング悪過ぎ!」
信也は道三から逃げようとするが、これもまた時すでに遅し、様々な噂話のネタになってしまうのだった。
「結局、こうなるんだな…」
昼休み、信也は学校案内の為に、光秀、秀吉、そして何故か一緒に行くと言って聞かなかった道三を連れ、校内をうろついていた。
「そろそろ、昼飯にすっか」
「そうですね。秀夏殿も限界の様ですし」
「信也さまー…案内はもういいから早くご飯食べよー…」
「秀夏ちゃん、もし、お弁当が足りなかったらワタシのも少しあげるわヨォ」
「うきゅっ⁉︎いいの⁉︎」
秀吉は道三の申し出に目を輝かせる。
しかし、信也は毎日彼女たちに料理を作っている人間として思わず警告する。
「いいのか?こいつ結構食うんだぞ?」
「問題ないワァ。元々、ダーリンに食べてもらいたくて沢山作ったんだけど、思いの外作りすぎちゃっテェ。捨てるのも勿体無いし、それにこの前のお詫びも兼ねて…ネェ?」
そう言う道三が僅かに眉を下げたのに気付いた信也は、彼女の言葉は先日の戦いでの敵だったとはいえ、秀吉や光秀に行った仕打ちの、そのせめてもの罪滅ぼしなのではという考えが思い浮かぶのであった。
彼女は信也たちが思っていたほど悪人ではないのかもしれない。
「そっか、ありがとうな道由紀」
そして、信也は道三に感謝の言葉と共に笑顔を向けた。
すると彼女はあっという間に頬を染めると俯いてしまった。
そんな道三の反応に、鈍感な信也は軽く首を傾げるだけだった。
そして、突然そんなことを言われた道三はというとボソボソと小さな声で呟いた。
「不意打ちでそんな笑顔向けるなんて…卑怯ヨォ…」
「どーした、道由紀?」
「信也殿…」
「光羽もどう…痛っ!光羽さん、無言で脛を蹴らないでくれません⁉︎…うぅ…とりあえず屋上行くか…」
頬を赤く染める道三をキョトンとした表情で見る信也だが、突然の光秀のキックに軽く涙目になると、3人を率いて屋上へと向かった。
そして先週、信也と道三が激闘を繰り広げた屋上はというと、その爪跡は残っていたが補修工事をする程でも無いと判断されたのか、軽くヒビなどを埋めただけで普通に今まで通り解放されていた。
そしてそんな屋上に上がった4人の目にまず飛び込んできたのは、屋上から下を見下ろして風変わりな紫色の長い髪を後ろで一つに編み、彼らの通う高校の制服とは似ても似つかない漆黒のマントのような衣装を身に付けた明らかに場違いな少女だった。
「あれ?先客がいたのか、まぁいい…「信長殿!」
少女は信也たちが来たことに気付き、彼らの方へその紫色の双眸を向ける、そんな少女の様子に信也は大して気にするわけでもなく一歩踏み出そうとした瞬間、彼の腕をガッと掴んだ光秀によって引き戻される。
「うぉっ⁉︎」
すると、先程まで信也のいた位置にガガガッと音を立て、数本のナイフが突き立っていた。
「信長さま、敵です…下がってて」
「彼女、只者じゃなさそうネェ」
「みっつんは信長さまを守ってて、秀吉たちであの子の相手をするから!」
「光秀ちゃん、ダーリンに傷一つでも付けてみなさい、お仕置きしちゃうからァ」
約一名、物騒なことを言ったような気がしたが、信也を守るべく秀吉と道三が前に出る。
「信長殿、とりあえず屋上は危険です、避難を」
「お前ら無事でいろよ!危なくなったらすぐ逃げるんだぞ、俺なんかより自分の命を最優先だからな!」
光秀に手を引かれ、屋上を後にする信也は去り際に叫んだ。
その言葉に最初はキョトンとしていた2人だったが顔を見合わせると苦笑する。
「あーゆー言葉をすぐに言える、そんなダーリンがワタシは好きなのよネェ」
「全くもってどーかん」
滅多に話すことのない2人だが、考えていることはどうやら同じ様だ。
そんな2人の前に立つ少女は不気味な雰囲気を携えたまま道三と秀吉を見やる。
「危険度AAランク、斎藤 道三。危険度Bランク、豊臣 秀吉との交戦を開始します」
漆黒の少女は抑揚のない声でそう呟くと、懐からバイザーの様なものを取り出して装着した。
「実戦データ、001メモリ開始します」
少女はそう言うと臨戦態勢に入ったのを見逃さず、それに合わせて道三と秀吉も身構える。
「どうやらワタシたち結構面倒な事に首を突っ込んじゃったみたいネェ…秀吉ちゃん、くれぐれも油断は禁物ヨォ?蝮毒牙!」
「ゆっきんも、気を付けて。一筋縄じゃいかなそうだよ太閤拳!」
道三と秀吉は武器を召喚すると、漆黒の少女の出方を伺うのだった。