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居候は平穏を壊す。(5)

信也(のぶや)が屋上へのドアを開けると、そこには彼の考えられる最悪の光景が広がっていた。

血、血、血、夥しい量の血が屋上に敷き詰められたタイルに真っ赤な花を咲かせていた。


「うっ…」


そのむせ返るような匂いに思わず吐いてしまう信也。

そして、その中心には無傷で不敵な笑みを浮かべながら佇む少女と彼女の足元に倒れ伏す2人の少女がいた。

一方は信也に「一騎打ち」を挑んだ武将であり、信也の同級生である銀髪の少女、斎藤(さいとう) 道三(どうさん)

そしてもう一方は、彼の配下武将だった明智(あけち) 光秀(みつひで)豊臣(とよとみ) 秀吉(ひでよし)がそれぞれの戦装を真っ赤な血に染めそこから覗く手や足に無数の傷を負った無残な姿だった。


「光秀ちゃん、君は本当にワタシに勝てるとでも思っていたのかしラァ?」


道三は光秀の右腕を踏み(にじ)りながらケタケタと笑う。


「あ…ぐっ…」


光秀は右腕を踏まれながらも、既に抵抗する気力も無いのか、ただ小さく呻くだけだった。

その様子を見ながら少し苛立たしげにグリグリと彼女にローファーの底を捻じ込む。


「昔は良くしてあげたのにその結果がこレェ?恩を仇で返すとはまさにこの事だワァ」


「ッ⁉︎あがぁぁぁぁっ!」


道三が勢い良く(かかと)で光秀の右腕を踏みつけると、ボキッと嫌な音が聞こえ、光秀が悲鳴を上げる。

光秀はあまりの痛みにのたうち回りそうになるが、道三にしっかりと腕を踏みつけられている為、動かせる左腕と足をバタつかせるだけしか出来なかった。


「どうかしら、コレ…最高の余興だと思わなイ?ネェ、信長君」


既に信也の到着を気付いていた道三が彼へと顔を向ける。

彼女の浮かべる笑みには狂気のみしか無く、そんな彼女の表情を見て信也の身体は震え出した。


ー逃げたい、今すぐ!ー


そんな感情が今の信也を心を支配していた。

そんな時、秀吉が呻くように信也に声をかける。


「信長さま…逃げて…」


「だけど…!」


秀吉の言葉で我に返った信也は、今だ震える拳を握り締める。

そして、信也が気付いた時には道三が光秀の元を離れて秀吉の目の前に立って、彼女を見下ろしていた。


「君、うるさイ」


「がっ…⁉︎」


「今、信長君はワタシとお話しているの、余計なちょっかい出さないでくれルゥ?」


秀吉に信也との会話を邪魔された道三は少し怒りの混じった笑みで倒れ伏す彼女の顔を強く蹴り飛ばし、秀吉は数メートルほどタイルの上を滑り、滑った跡にはくっきりと赤い血が残っていた。


「やめてくれ…もう…2人を傷つけないでくれ…」


ボロボロになった光秀と秀吉の2人を、ただ見ていることしかできない信也は、膝をつき涙を流して道三に懇願する。


「お断りですワァ。蝮毒牙(ヴァイパーヴァイツ)!」


しかし、道三は信也の願いを聞き入れず叫ぶと両手に紫色の刃をした双剣を召喚する。

信也はそれを見て、考えるよりも先に身体が動いた。

道三と光秀の間に割り込むとバッと手を広げ、道三を睨む。


「俺を殺せ。その代わり、光秀と秀吉にはこれ以上手を出すな」


一瞬、信也の行動に呆気にとられる道三だったが、すぐに不気味な笑みを浮かべ、今だに足が震えている信也に問いかける。


「邪魔しないでくれルゥ?足が震えているけど、どうして出会って間も無い彼女たちに命を懸けるノォ?理由があるのかしら、それともただの偽善?」


道三の言葉にハッとした信也は足を殴って震えを止める。

今の信也の心は緊張と恐怖が支配していた。

自分の無力さ、道三の圧倒的な強さ、中心に来て更に強くなった血の匂い、それらがごちゃ混ぜになり、空っぽになったはずの胃から再び何かがせり上がって来るが、信也はそれを無理矢理飲み込む。


「コイツらはッ!」


信也は気付くと、光秀に怒りをぶつけた時以上の大声を出して、叫んでいた。

もしかしたら、恐怖を打ち払う為に無意識で働いた弱者の防衛本能だったのかもしれない。

しかし流石(さすが)の道三も、目の前で大声を出され、驚きで目を見開いた。


「俺を主と呼んでくれた!」


信也はそう言って、2人の方へ振り向く。

そしてもう一度、道三の方へと向き直り叫ぶ。


「秀吉はッ!俺の飯を毎回毎回、美味いって言って残さず食ってくれる!俺のトレーニングなのにニコニコしながら一緒に付き合ってくれた!そんな秀吉の笑顔に俺は救われてた!」


「信長…さま…」


信也の言葉に、秀吉は思わず目を潤ませる。

それでもまだ信也が抱えていた想いは止まることなく言葉となって口から溢れ出す。


「それに光秀は!こんな俺の為に強くなるためのトレーニングを考えてくれた!辛いこと、苦しいことから逃げるなと教えてくれた!光秀は、厳しいけど俺の事を思ってくれた!そんな彼女が俺は好きだ!」


「信…長殿…」


光秀も信也の言葉を大粒の涙を流して聞いていた。

信也は胸元で光る戦石を握り締める。

いつの間にか、彼の戦石は赤く光りながらも熱を持たなくなっていた。


「あんなに酷い事を言ったのに、コイツらは今でもまだ俺を(あるじ)と呼んでくれる」


信也は道三の方へ手を広げたまま一歩踏み出す。

そこにもう道三への恐怖は無くなっていた。

一歩、また一歩と彼女に向かって歩を進める。


「理由?主が家臣を守る為に命を懸けるのに理由なんて必要ねえんだよ!」


「ご高説どうもありがとウ。でも五月蝿いワ」


「ガッ…!?」


彼の気迫に押され、道三は初めて後ずさりしていた。

そんな自分の足に驚愕の表情を向けた道三だったが、すぐに顔を上げると不気味な笑みを見せる。

そして次の瞬間には、鮮やかな上段蹴りで信也の頭部を蹴り抜くと、彼はたまらず吹き飛ばされる。


「信長さま…!」


「信長殿…!」


吹き飛ぶ信也に向けて秀吉と光秀が悲鳴を上げる。

だが信也も光秀との組手の成果が出たのか、とっさの判断で左腕を上げて、ギリギリ彼女の蹴りが頭部に直撃することを避けることが出来た、それでもダメージを殺しきることは出来ず、立ち上がろうとすると揺れる視界に三度(みたび)沸き起こる吐き気。

ようやく意識がハッキリしてきた頃に道三が言い放った言葉に信也の表情は再び凍りついた。


「やっぱり信長君、君は最高ヨォ。だからこそ、見たくなっちゃウ。君の最高に絶望した表情をネェ」


そう言って、双剣を逆手に持って、光秀の元へと歩いていく道三を、動けない信也は見ている事しか出来ない。


「やめろ…やめてくれ…何でも…なんでもするから…」


信也は這いずりながら道三に再び懇願する。

彼の言葉に道三はニヤリとすると、確認してくる。


「本当に何でもするのかしラァ?」


「何でも…するから…」


俯き気味に信也が言うと、道三は口の端が裂けたのではないかと思うほど吊り上げた不気味な笑顔で答える。


「やっぱり、信長君の最高の絶望の表情が見たいワァ」


そう言って、光秀に向かって、道三は双剣を振り下ろす。


「ヤメロォォォォォォッ!」


その刹那、ガキィィィンッという金属音と共に、道三の双剣は宙を舞っていた。

何が起きたのか理解出来ない道三はキョロキョロと辺りを見回す。

すると、屋上の誰もいない場所。

丁度、信也のいる位置から直線上に一本の大剣が突き刺さっていた。


「あれは…まさカ!」


道三が振り向くと、そこに信也はいなかった。


「よくも、俺と家臣たちを弄んでくれたな」


そんな声が彼女の背後から聞こえて、道三は慌てて振り向くと大剣の突き刺さっていた場所に視線を戻す。

そこにはタイルに深々と突き刺さった大剣を片手で易々と抜いて、肩に担ぐ、漆黒の衣を纏った信也の姿だった。


(まむし)、覚悟は出来ているのであろうな?この、織田(おだ) 信長(のぶなが)を弄んだ罪、貴様の命で償うがいい」


そこには、織田 信也ではなく、第六天魔王、織田 信長の怒りに満ちた姿があった。

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