居候は平穏を壊す。(4)
「あ、今日も弁当忘れた…」
信也はカバンを開いて溜息をついていた。
どうやらまた折角朝早起きして作ってきた弁当をそのまま家に忘れてきてしまったらしい。
そんな信也に苦笑を向けるのは親友の浩和。
「またかよ。ノブ、最近ボーッとし過ぎじゃね?」
「ん…?あぁ…」
そして、空腹に腹を鳴らす信也の目の前でお構い無しに弁当を広げる浩和。
そんな浩和の言葉も、上の空で返事する信也に浩和がもちろん悪気など無く元気のない友人を気にかけた故だが、今の信也にとって地雷とも呼べる一言を言ってしまう。
「こないだ来てくれた…光羽ちゃんと秀夏ちゃんだっけ?あの子たちも届けに来てくれなくなっちゃったし、嫌われたか?」
「うるせえ!俺だって好きで嫌われたんじゃねーよ、黙ってろ‼︎」
冗談交じりにヘラヘラと笑っていた浩和だったが信也の机を激しく叩いて立ち上がるほどの激昂ぶりに表情を強張らせる。
「わっ…悪い…怒鳴ったりして…ちょっと色々あって…。購買行ってくるわ…」
そんな浩和の表情にハッとして周りを見回すと、すっかりクラス中の注目を集めてしまったようで周囲からのヒソヒソと自分の事を話す声にいたたまれなくなった信也は俯き気味に教室を出ていった。
「何やってんだろ…俺…」
購買でパンと飲み物を買った信也はあんな事をしてしまった後の教室に戻ることもできず、屋上でパンを齧りながら落ち込んでいた。
「あラァ?先客がいると思ったら、信長君じゃなイ」
気付くと背後に斎藤 道三こと、斎藤 道由紀が立っていた。
先日、彼女について何か攻略の手掛かりになるものは無いかと調べてみたところ、同学年の隣のクラスなのだが海外留学していた為に年齢は信也の一つ上の18歳。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗というマンガのキャラクターがそのまま現実に飛び出てきたような存在であることが判明した。
彼女の非公認のファンクラブはかなりの人気らしい。
「学校のアイドルがこんなところで昼食ですか」
先日、彼女に転生者同士の戦いである「一騎打ち」を申し込まれた為、少し警戒を交えて言ってみる。
道三はそれを見抜いてかこう答えた。
「そうなのヨォ。お昼ご飯の時間になると勝手にギャラリーが集まってきちゃうくらいだから、それから逃げ切ってから気付かれないようにここに来るのが最近の日課になってるノォ。それから、そんなに警戒しないでヨォ。明日まではアナタに手を出さないって決めてるんだかラァ。そんな態度だと、逆に襲いたくなっちゃウ…」
話が後半に行くに連れて、道三の口調に艶っぽさが混じってきて、気付くと信也は生唾を飲み込んでいた。
しかし、約束の日が明日ということを思い出した信也は再び暗い表情に戻る。
「俺は…」
「まさか、逃げたりなんてしないわよネェ?それとも、彼女たちにあまりにもアナタに才能が無いからって見限られちゃったのかしラァ?」
そう言われて、頭に浮かんだのは先日まで信也を鍛えようと必死にメニューを考えて教えてくれたり、一緒にこなしてくれた2人の少女の顔だった。
「まぁ、いいワァ。いざとなったら3人で戦っても良いわヨォ?3人でもアナタ1人でも、ワタシの勝ちは変わらないもノォ」
「…ッ…」
「今は束の間の談笑を楽しみましょウ?」
道三はそう言うと、自信に満ちた妖艶な笑みを浮かべて、持参した弁当を広げた。
そして、道三との「一騎打ち」当日、信也は放課後の教室で悩んでいた。
ー本当に彼女に勝てるのか?ー
ー勝てるワケが無い、相手は手練れだー
ー逃げるのか?ー
ー逃げたとしても何の解決にもならないー
ーだったらどうする?ー
そこまで考えた時、信也は胸元が焼けるように熱くなっていることに気付いた。
「アツッ…なんだ…戦石が赤く光って…ッ!」
信也はそこまで言って気付く、先日まで信也の家に居候していた少女の片割れ、彼の家臣としてサポートしていた光秀が教えてくれた、戦石の光の色と、その意味を。
「青い光は主、もしくは配下武将が近くにいる時の反応。黄色い光は自身に敵意を持つ武将、もしくは主、配下のいない武将が近くにいる時。そして赤い光は…」
そこで光秀は一旦、言葉を切る。
「赤い光は…何なんだ?」
信也はその様子に嫌な予感がしつつも、光秀に尋ねる。
「滅多にありませんが…主、または配下武将に命の危機が迫っている時…です」
「そんなことまで教えてくれるのか…?」
「はい…しかも、その時には熱を発するのですが、それが熱ければ熱いほど重大な危機が迫っているということです」
それを思い出した信也の表情に焦りが見え始める。
「こんなに熱いって…光秀か秀吉が死にかけてるってことか…?でもどうして…まさか道三と戦ってるのか…?」
そこで、信也は最悪の結論に行き着く。
それだとしたら、2人のどちらかに危険が迫っていることも納得できる。
しかし、先日あんな別れ方をしたにも関わらず、なぜ道三と戦っているのか信也には理解出来なかった。
「それに…俺が行ったところで何ができるんだ…?」
そう、何も出来ないだろう。
彼は、光秀の様な窮地を脱することのできる優秀な頭脳があるワケでもないし、もう1人の居候で、彼の家臣であった秀吉のように抜群の身体能力を持っているワケでもない。
しかし、彼の足は既に動いていた。
彼の事を慕う少女たちのいるであろう屋上へと。
「何が出来るか分からない…。何の役にも立たないかもしれない」
「だけど、配下がピンチなのにそこに駆け付けねえ主なんて、役立たず以下だ!」
少年は走る、彼女たちの元へ。
「光秀…秀吉…」
少年は走る、我武者羅に。
「頼むから、生きててくれ…」
少年は走る、心に出来たモヤモヤを取り払う為に。
「アイツらに…謝らせてくれ…神様!」
少年は走る、少女たちに謝るという一つの目的を果たすため。