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居候は平穏を壊す。(3)

「あかん!これ以上は死ぬべ!」


斎藤(さいとう) 道三(どうさん)撃破の為の対策会議の翌日、早朝から信也(のぶや)は変な方言交じりになりながら、ジャージ姿で坂道を走り込んでいた。

そんな彼に檄を飛ばすのは同じくジャージ姿の光秀。


「頑張ってください信長(のぶなが)殿、あと10本です」


昨夜の対策会議の結果、光秀(みつひで)が提案したのは「信長殿の身体能力がどれ程のものか分かりませんが、道三に勝つためだけではなく今後のことを考えても、基礎体力の底上げは必要不可欠」という事で基礎を整える為のトレーニングを行っていた。

その一環で信也はこうして坂道を走らされているのである。


「でも、信長さまって意外と運動できるんだねー」


「私も少々意外でした。どう見ても帰宅部ですよーって感じなんですがね」


しかし、信也は光秀に指定されたトレーニングメニューをヒイヒイ言いながらではあるが着実にこなしていき、その様子に彼の身体能力をある程度と低く見積もっていた光秀と秀吉(ひでよし)は少し驚いた。


「何か俺、酷いこと言われてない⁉︎」


「そんな事ありませんよ。あと9本です」


「ビックリしたってだけの話ですよー」


「うぐぐ…何か腑に落ちない気が…やってやろうじゃねーか、チクショォォォォォッ!」


2人の会話に軽く傷付いた信也は逆に奮起して先程よりも走る速度が上がった。

朝の公園に信也のヤル気に満ちた声…もとい、悲痛な叫びが響くのであった。



「ハァ…ハァ…」


「休んでる暇はありませんよ。次は腕立て、腹筋、背筋、各100回を2セットです」


「そろ…そろ…俺……死ぬぞ…」


坂道ダッシュ50本で満身創痍の信也に追い打ちをかけるように、光秀は間髪入れず次のトレーニングを指示する。


「大丈夫ですよ。人間、そのくらいじゃ死にませんから。ましてやそんな事を言えるうちはまだ大丈夫です」


「信長さま、秀吉(ひでよし)も一緒に頑張りますから!」


そう言って信也の隣に座り、腕立ての体勢を取る秀吉。

そんな彼女を見て、負けられないと思ったのか気合いを入れる一喝を自分に掛ける信也であった。


「チクショ…やってやろうじゃねーか!」



「信長さまファイトー」


「秀吉…終わるの早すぎ…」


筋トレだけとはいえ、女子であるにも関わらず、あっという間に信也と同じメニューをこなしてしまった秀吉の応援に恨めしそうに彼女を見る信也。


「あと、1セットです。頑張ってください、信長殿」


今の信也には、光秀のカウントも気休めにすらならなくなっていた。



そんな朝が終わり、放課後…


「うへぇ…。やっと…学校も終わった…」


信也は机に突っ伏してグッタリとしていた。

そんな信也の様子を心配した浩和(ひろかず)が尋ねてくる。


「大丈夫か信也、今日は一段とグッタリしてるみたいだけど?」


「いや…ちょっとな…」


「まぁ、何かあったら相談しろよ?」


相変わらず机に突っ伏したまま答える信也。

そして、理由を深く追及しないながらも友達を気にかける優しさが彼がクラスメイトの中でも特に好かれ、友達が多い理由なのであろう。


「おう、サンキュー」


そして、浩和は持ち前の爽やかな笑顔を信也に向けて去って行った。

その後、学校から帰った信也を待っていたのは朝よりもハードなトレーニングメニューだった。

すっかり日も暮れ、辺りが夜の闇に包まれる頃、公園には激しく動き回る2つの影があった。


「今日最後のトレーニングです。私と組手をして下さい信長殿。手加減は致しますので、全力で来てください」


「大丈夫なのか?」


「ご安心を、秀吉殿に身体能力で劣るとはいえ、今の信長殿に負ける可能性は皆無ですから」


そう自信満々に言う光秀に、信也は少しムッとした表情で言う。


「グッ…やっ…やってやろうじゃねーか」


「信長さまも、みっつんも頑張ってー」


秀吉の応援を聞きながら、1日最後のメニューである光秀との1対1の組手が始まった。



「ぐぇっ…」


この数日というもの、毎晩行う数十分の組手で信也は何度投げ飛ばされたのか、回数は二桁を超えるくらいで数えるのをやめていたが、それ以上の桁数を自分より遥かに小柄な光秀によって宙を舞わされていた。

しかし、信也も投げ飛ばされるだけではなく少しずつだが受け身や反撃を取れるようにはなっていた。

それでも光秀に拳を掠らせることすら叶わず信也の中にモヤモヤしたものが溜まりつつあった。


「信長殿、毎度言っていますが、闇雲に突っ込むだけでは相手に良い様にされるのがオチです。攻めるだけではなく、時には距離を取って相手の行動を見極める事も必要なんです」


「そんなこと言われたら、相手に攻められた時には逃げるしかねーじゃねえか」


大の字に地面に倒れた状態のまま口を尖らす信也。

そんな彼の表情を覗き込みながらも真剣な眼差しで見下ろす光秀が口を開く。


「これも再三言っていますが、別に逃げろとは言ってません。相手がこちらに対して向かってくるということは、相手の心の中に僅かなりとも、慢心が、押し切れると思う心があるからです。用はそこを上手く突くことが出来れば、いくら不利な状況でも流れを引き戻せる可能性があります」


「そんな難しいの出来るわけないだろ…俺はお前らみたいに強くねーし…」


光秀の半ば無茶な論理に呆れ顔を浮かべる信也に彼女は一喝する。

その言葉は信也の胸に突き刺さると同時に抑えていたものを決壊させる一言だった。


「何故、信長殿はやる前から無理だと決めつけるのですか?そんな言い訳で斎藤 道三にも負けるおつもりですか?」


「それは…」


「信長殿…いいえ…信也殿は今迄(いままで)もそうやって嫌なこと、辛いことに挑戦する前から逃げてきたんじゃないんですか?それなのに今の自分を変えようとせず、同じ(あやま)ちを繰り返す。それで強くなれるとでも思っているんですか?だとしたら、とんだ見当違いです」


言い返す言葉も見つからず、黙って光秀の言葉を聞いていた信也だったが、不意に頭の中で何かが切れる音がした。


「私たちだって初めから強かったわけじゃ無いんですよ…毎日毎日、血の滲むような鍛錬を積み重ねて信也殿を側で…」


「だったら…」


「えっ…?」


光秀の言葉を途中で遮り、信也が俯き加減で小さく呟く。

その呟きが聞こえたのか、光秀が耳を傾けると、信也の口から自分でもこれは自分の言葉かと驚くほどか今まで聞いたことのない怒気の篭った言葉が飛び出してきた。


「だったらもういい!俺に構うな!お前らが来てから毎日毎日、ロクなことがねえ!俺みたいな役立たずが転生者(リバイバー)で悪かったな!もっと良いヤツのところに行けばいいだろ、なんで俺なんだよ!もう俺の人生メチャクチャだ…」


言いたいことを吐き出し切り、(きびす)を返してその場から去ろうとする信也に光秀が引き止めようと手を伸ばす。


「信長さま…!」


「ついてくんな!顔も見たくねぇ!鬱陶(うっとう)しいんだよ!」


「…ッ⁉︎」


しかし、信也はそれを拒絶すると、酷いと理解していながらも、口が勝手に言葉を紡ぎ光秀に非情な言葉を浴びせてしまった。

その言葉に伸ばしかけた右手を引っ込めてしまう光秀。

2人の方へと振り向きこそしなかったが、後ろで光秀が膝をつく音が聞こえてしまい居たたまれなくなった信也はその場から足早に去ってしまった。


「…クソッ…」


信也は公園から家までの帰り道、腹の奥にズシンとした鉛のような重さを感じながらも、足は驚くほど速く信也を家へと向かわせた。

結局のところ図星だった。

彼女の言っていることはまさに過去の信也そのものだった。

誰よりも知っている自分自身のことだからこそ、我慢が出来なかった。

彼女たちはこんなにダメな自分の為に心を鬼にしてまで言ってくれてたのに、それを八つ当たりのような形で返してしまった。

あの言葉を掛けるまでに光秀の心の中では相当な葛藤があったに違いない。

そんな想いも相まって、彼女にあのような言葉をぶつけてしまった自分に嫌気が差して、家に帰るなり信也は自室に閉じこもってしまった。

そして、公園に残された2人は信也の言葉が余程(よほど)(こた)えたのか、すっかり意気消沈して項垂(うなだ)れていた。


「信長さま…怒っちゃったね…」


「すみません秀吉殿…私のせいで貴女にまで辛い思いをさせて…」


「秀吉は大丈夫…きっと一番辛いのは信長さまだから…」


「言い過ぎてしまったでしょうか…」


「ううん…多分みっつんは悪くないよ…。あれは信長さま自身が自分に腹立って行き場のない怒りを吐き出しただけだと思う…」


「嫌われて…しまった…でしょう…か…」


そこまで言った光秀の言葉に、秀吉はようやく彼女が瞳から大粒の涙を流していることに気付いた。


「私はただ…信長殿に強くなって欲しくて…何よりも…もうあの人が死ぬのを見るのは嫌だったから…だから…」


そんな光秀を見ていても立ってもいられなくなった秀吉は彼女を抱き締める。


「ひ…秀吉…殿…?」


突然の事に目を見開いて驚く光秀。

そんな光秀を優しく包み込むように頭を撫でながら今、秀吉自身が掛けることの出来る精一杯の優しい言葉を聞かせる。


「大丈夫…信長さまも分かってくれてるよ…だからこれ以上、自分を責めちゃダメ…」



「秀吉…殿…秀夏ちゃん…」



その秀吉の言葉を聞いて、光秀はとうとう堰を切ったように大粒の涙を溢れさせる。それ以上秀吉は何も言わずに、光秀と出会ってから初めて光秀が感情を包み隠さず泣く姿を見て羨ましそうに自分たちの主の顔を思い浮かべる。

人気のない夜の公園には1人の少女の嗚咽が誰の耳に届くワケでもなく響くだけだった。



「…」


次の日、信也は珍しく目覚ましをかけていないにも関わらず、いつもより少し早く目が覚めた。


「おーい…秀吉…光秀…朝だ……」


信也は2人の寝泊まりしている客間の扉の前まで行き、ようやく昨日の出来事を思い出した。

そっと扉を開けてみるが、そこに寝ているはずの2人の姿はなく、綺麗に畳まれた布団が二組、昨日のままあるだけだった。

その日以来、光秀と秀吉、2人の少女は信也の前から姿を消した。

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