居候は平穏を壊す。(2)
家が半壊した翌日、信也はいつもと変わらず自身の通っている私立 泉蘭高校に登校していた。
因みに居候である光秀と秀吉は家の修理を命じたところ嫌がる素振りもなく従ったので大人しく留守番である。
キーンコーンカーンコーン
「よっ、信也。最近お疲れみたいだけど大丈夫か?」
午前中の授業が全て終わり昼休みのチャイムが鳴ると、それを待ち兼ねていたように隣の席である小学校からの仲、親友の野瀬 浩和が朝からグッタリした様子の信也に話しかけてきた。
「んぁ?まぁ、色々あってな…主に家が吹っ飛んだりとか…」
たった2人の少女の手によって自宅が半壊したなどと大ぴらには言えない為、乾いた笑いを浮かべながら浩和には聞こえない位の声でボソボソと原因を呟く信也だった。
「何か言ったか?まぁ、何があったかはよく分からないけど、俺でよければいつでも相談に乗ってやるからな」
そんな親友の身に起こっている常軌を逸した災難など微塵も知らない浩和はニカッと笑いながらポンポンと信也の肩を叩く。
そんな浩和の笑顔を見て信也は、自分にもまだ普通の日常が残っていることに安堵していた。
「おぅ、サンキュー…さーてと、昼飯昼飯………ってヤベ、弁当家に忘れてきた」
そして、気を取り直して昼休みで昼食を取ろうと弁当を探してカバンの中に手を突っ込んだ信也だったが、カバンをひっくり返してまで探すが見つからない。
どうやら肝心の弁当を作ったのは良いが、家に忘れてきてしまったようだった。
ため息をつきながら登校途中に買ったペットボトルのお茶に口を付ける。
「なーにやってんだよ。仕方ねーな、俺の飯を少し「のっぶなっがさまー!」
そんな信也を哀れに思った浩和は弁当を分けてやろうと思って声をかけるが、彼の言葉を遮って信也の元に見覚えのある金髪の少女が飛び込んでくる。
「ブーッ⁉︎秀吉⁉︎何で学校にいるんだよ!」
家で留守番していろと指示しておいたはずの彼の家の居候、豊臣 秀吉の突然の登場と、腹部に突撃されたことによって思わず口に含んでいたお茶を隣にいた浩和に盛大にぶちまけてしまう。
そして、信也にいきなり美女が抱きついたとあって教室内がざわつき出す。
それに追い打ちをかけるように凛とした声が教室に響く。
「それは、信也殿が折角早起きして作ったお弁当を忘れるという、初歩的なミスをやらかしたからではありませんか」
「光秀まで⁉︎ってそれ俺の弁当!届けに来てくれたのか?」
信也が教室の前方に目を向けると、端正な顔立ちに艶がかった黒髪の少女、秀吉と同じ織田家の居候である明智 光秀がどこか不機嫌そうな表情で立っていた。
「秀夏殿がヨダレを垂らしていたので、そのままでは大食いの秀夏殿ならば食べてしまう…そうなったら信也殿が飢え死にしてしまうと思い、持ってきました…間に合ってよかった…」
「いやいや、俺そこまで飢えてないからね?」
そう言って光秀は目を潤ませるが、彼女の次元を超越してしまっている妄想に呆れながらツッコむ信也。
そんな理解不能な事態にすっかり置いてけぼりをくらっていた浩和だったが、ハッと我に帰るとようやく信也へと彼女たちのことについて尋ねてきた。
「お…おい、信也。誰だよこの美人さん達は」
「信也殿の御学友の方でいらっしゃいますか。申し遅れました、私は光羽、こちらは秀夏、現在は信也殿にお世話になっている身です。以後お見知り置きを」
浩和の質問に丁寧に頭を下げながら挨拶する光秀。
彼女は素性を明かさない程度に包み隠さず正直に話しただけなのだが、信也への他の男子たちからの視線が鋭いものに変わっているのに彼女は気付かないのであった。
そして、鋭い視線を全身に受け冷や汗を流す信也の元に光秀は歩み寄ってくると耳元でそっと囁く。
「一応、自宅以外では真名で呼び合いましょう。念のためです…秀吉殿にも徹底させるようには言っておきますので今後はご安心を…」
「分かった…」
そして、信也と短く会話を交わした光秀は未だに信也に抱きついたままの秀吉の頰を摘むと引っ張りながら踵を返して教室を後にしようとする。
「では、信也殿。私たちはこれで失礼致します」
「みっひゅんいひゃい、いひゃいよぉ〜。あっ、信長さまー早く帰ってご飯作ってねー」
少しご機嫌ナナメな光秀と、最後の最後にクラスの男子に色々なことを確信させる爆弾を満面の笑みでブンブンと手を振りながら投下していった秀吉を見送ると、引き攣った笑みを浮かべて全身に痛いほどの視線を受ける信也だった。
「秀吉殿、どうでした?」
信也に弁当を届けた光秀と秀吉は、学校を出て家までの道を歩きながら話し合っていた。
普段のおちゃらけた雰囲気など一切ない、警戒心を露わにした秀吉が頷いて答える。
「どーやら、みっつんの予想通りみたい。一応様子見なのかな…まだ接触は無いみたいだけど、それも時間の問題かも」
「味方でしょうか?」
「わかんないなーそこまではもうちょっと調べてみないことにはなんとも」
「とはいえ、普通の敵なら信也殿に私たちより先に接触している可能性が高いでしょう」
「どうするの?」
「どうするも何も、やることは一つでしょう?」
そう言って自分の嫌な予感が的中しない事を祈りながら、これからのことを思案し始める光秀だった。
放課後…
「今日もやっと終わったぜ」
「信也ーどっか寄ってかね?」
「わりーヒロ。早く帰って飯作らねーと秀夏のヤツ、拗ねるから」
「おーおーまるで新婚夫婦だねぇ」
信也は、今の自分の生活が羨ましいと茶化してくる浩和を適当にあしらいながら昇降口へと向かう。
「茶化すんじゃねーよ。つかそんな良いもんじゃねーよ」
「はいはい、じゃあまた今度だな2人によろしくなー」
「悪いな。ったく…何これ?」
信也が下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた。
一瞬、自分宛のラブレターかと思い身構える信也だったが黒色の封筒はそんなことなど一切感じさせないどころか、ただの手紙のはずなのに妙な威圧感を放っていた。
「これ…ッ⁉︎」
中身を読んで、信也は目を見開いた。
そこには普通の人間なら知るはずもない情報が書かれていた。
“屋上で待ってます。信長公の転生者である信也君へ”
「アンタか?俺を呼んだのは?」
屋上に辿り着いた信也は屋上のフェンス越しに夕焼けに照らされながら風景を眺める少女に話しかける。
少女は彼に気付くと片側だけ三つ編みにした銀髪を靡かせながら振り向く、夕陽に反射して輝く銀髪に一瞬だが信也は見惚れてしまう。
「待ってたワ信長クン…キミのことをネェ」
「どうしてアンタがそれを知ってる…まさか…」
しかし、彼女の言葉で我に帰った信也はキッと目の前に立つ少女を睨み付ける。
妙なイントネーションと間延びした日本語を喋りながら微笑む少女は日本人離れした通った鼻筋に綺麗なエメラルドグリーンの瞳をしており、そんな整った顔立ちに再び信也は魅了されそうになりながらも何とか自制して少女に向けて一つの疑問を投げかける。
「そウ…ワタシも転生者なのヨォ。美濃の国の蝮、斎藤 道三って言えば聞いたことくらいはあるわよネェ?真名は道由紀…それがワタシの名前。」
信也の疑問に答え、道三と名乗った少女は表情を一変させると先程までの清純そうな微笑みはどこへ行ったのか、口角を目一杯吊り上げて不気味な笑みを浮かべてゆったりとした足取りで信也に近づいて来る。
そして、香水なのか仄かに甘い香りが薫るほど信也の目の前に近付いてきた道三はそっと信也の頬を舐めて妖艶な笑みを浮かべる。
「でモォ…君、まだ覚醒してないみたいネェ?そんな君を狩っても面白くも何もなイ」
「覚醒って、転生者の特殊能力ってヤツか」
「そうヨォ、理解が早いのは良い事だけド」
道三はそう言うと、少しの間思考したあと思いついたようにパンッと手を鳴らすと彼に提案する。
「ンー、じゃあこうしましょうカ。一週間待ってあげるワァ…一週間後のこの時間にまたここで待ってるから…逃げちゃダメヨォ?」
「待つって…何をだよ…」
そんな全く掴み所のない道三に信也は一筋の冷や汗を流す。
「君の覚醒を…そしたらワタクシがちゃんと食べてあげルゥ…」
信也は彼女のその言葉に息を飲んだ。
彼女の雰囲気に飲み込まれていた信也は何も言う事ができなくなっていた。
「一週間後を楽しみにしていますワァ。それでは、ご機嫌よウ。あ、それから彼女たちにもよろしく伝えておいてネェ」
そう言って道三はゆったりとした歩調のまま屋上を去って行った。
屋上には呆然と立ち尽くす信也と吹き抜ける風だけが残っていた。
夜、自宅にて。
信也は光秀と秀吉の2人に道三との遭遇、一騎打ちの提案、そしてタイムリミットが一週間である事を包み隠さず話した。
「…という訳なんだが…秀吉、光秀、お前たちの力を貸して欲しい」
事の顛末を聞いた秀吉と光秀は、ムムム…。と難しい顔を浮かべていた。
それほど道三は厄介な相手であるという事なのだろうが。
「まさか私たちの警戒を予測して後から接触してくるなんて…」
光秀が申し訳なさそうに言う。
そんな彼女に秀吉が頭を撫でながら首を横に振った。
「みっつんのせいじゃないよー、秀吉が見抜けなかったんだから今回は秀吉のせいだよ」
秀吉も光秀をフォローしつつも自分を責めて落ち込む。
そんな暗い雰囲気の2人を慰める事も大事だが信也はそれよりも気がかりな事があった。
「お前ら、気付いてたのか?」
「正確には、今日学校へ行った時に気付きました。ですが誰かというところまでは…よりによってあの斎藤 道三とは…」
「そんなにヤバイ奴なのか…?」
「狡猾さ、頭の回転の速さで言ったら私の頭脳を上回るかと…」
「兎に角、信長さまもみっつんも悩むより、対策打たないと!」
不安そうな信也を見て自分がこれではいけないと思ったのか無理に元気を出し、バンッとテーブルを叩いて勢い良く立ち上がる秀吉。
と、同時にバキッと真っ二つに割れ、倒れるテーブル。
「「「あ…」」」
3人の声が重なり5秒前まで元テーブルだったモノを見る。
「まったく…本当に秀吉殿は自分の馬鹿力の加減を覚えてくださいよ。それとも覚えられない程に脳みそが退化してしまったのですか?」
光秀は即座に、秀吉への毒を吐く。
どうやらこちらも秀吉の空元気に触発されていつもの調子が戻ってきたようだった。
「いいから!話が逸れる!」
「すみません信長殿」
しかし、調子が戻り過ぎて普段通りに2人のケンカが始まりそうだったので慌てた信也が話の路線を元に戻す。
そこでようやく斎藤 道三との戦いに向けての会議が始まったのである。