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旅行は、波乱のはじまり。⑵

信也(のぶや)殿、今日の事について少し相談が…」


そう言って信也を消灯時間前に呼び出した光秀(みつひで)は、彼の家でも着ている部屋着である黒いパーカーに紺色のショートパンツという出で立ちでホテルのロビーのソファで座って待っていた。


「光秀、待たせちまって悪いかったな。ヒロのヤツがなかなか解放してくれなくてさ、良かったら飲むか?」


「こんばんわ…などというのは必要ありませんね。大丈夫です、私も部屋を抜け出すのに手間取ってましたので今しがた来たところです」


消灯時間ギリギリにようやくロビーに現れた信也は、親友に足止めを食らっていた事について申し訳なさそうに謝り、ロビーの隅にあった自販機コーナーから買ってきたのであろうまだ冷たい紅茶を光秀の前に差し出す。


「私、どちらかと言えば日本茶派なのですが。まぁ、それはともかく、せっかくの信也殿のご好意ですのでいただきます」


信也の差し出した紅茶に対して、冗談交じりに少し不満そうな表情を見せる光秀だったが、すぐにそれを嬉しそうなものに変えて受け取る。


「手間取ってたのって秀吉(ひでよし)か?」


「いえいえ、秀吉殿は余程に今日の観光が楽しかったのでしょうね、湯浴みの後に部屋に戻るとそのまま眠ってしまいました。手間取ったのは彼女以外の同部屋の方々でして」


そう言って少し引き攣った表情を浮かべる光秀がどの様な目にあっていたのかと言うと。



〜数刻前〜


「秀夏ちゃん寝るの早かったねー。ひ…秀夏ちゃんのほっぺ…プニプニで柔らかそう…」


「光羽ちゃんは眠くない?」


「平気です、私は秀夏殿とは違って毎日を全力で過ごす様な動物的で直感的な生き方はしていませんので」


すっかり布団から夢の世界に旅立った秀吉を小動物を愛でるような表情で眺める少女、須藤(すどう) (あい)と、普段から眠そうな目をしている少女、田沢(たざわ) (ほたる)が尋ねるが、光秀はいつも通り明るい笑顔で秀吉への毒を吐きながら答える。

藍は光秀たちがこの学校に編入してから最初にできた友人の一人で、幼稚園からの幼馴染である蛍と常に行動を共にしていて姉妹のように仲が良く、いつも元気な藍とマイペースな蛍の凸凹コンビはクラスの内外に多くの友人がおり、彼女たちのお陰で光秀と秀吉がすぐにクラスに溶け込めるように奔走してくれた光秀たちからすれば恩人のような存在なのである。


「光羽っちってたまーに秀夏っちにキッツイ一言浴びせとるけど、いつも一緒じゃのう。ホンマのとこは苦手やけど織田っちのために付きあっとるって感じなんか?」


何やら様々な方言が入り混じった変な少女、円川(まどかわ) (まつり)が妙にニヤニヤした笑顔で聞いてくる。

話によるとこの口調は、彼女の両親が占い師と風水師らしく家の風水や運気などが悪くなる度に様々な地方を転々としていたからだそうだ。

彼女自身、物心ついた時から今まで十回以上引越ししたらしい。

それを初めて聞いた時、光秀は彼女の両親の尋常ではない行動力に呆れて毒すら吐けなかったことを覚えている。


「そんなことありませんよ?これも一種の愛情表現みたいなものです」


しかし、サラリとこんな事を言ってのける光秀も相当な変人である。

そんな中で一際変な笑い方と喋りをする少女、葉桜(はざくら) (こう)が提案する。

こう見えてクラスのまとめ役である煌は何かとクラスで催し物を行いたがり、その度に藍と結託して企画・実行をするらしく、その殆どはクラスメイトを振り回すようなロクでもない企画なのだが、光秀たちが転入してきたときには藍がクラスメイトに声をかけ、煌が会場の確保などのセッティングをして歓迎会と呼ぶには大規模すぎるパーティが開かれるなどサプライズも好きな変わり者である。

そんな彼女を慕うものは多く、その性格から「実行委員長」や「委員長」などとというあだ名を付けられるほどである。


「にゅふふふふ…ならば、夜も更けてきたということで定番であり恒例であるアレ、いきますかにゃ…第1回、今夜はノンストップ!チキチキスーパー恋バナ大戦JK〜2014〜開幕版、好きな人の名前をぶっちゃけろー in 東京の戦い・春の陣!」


「何かここまで来ると清々しいほどのパクリのオンパレードな上に、ごった煮のカオス状態ですね。って恋バナ⁉︎」


この恐ろしいほどに長く、カオスの権化のような言葉の羅列を詰まることなく出てくるなど、どのような脳をしているのか半ば呆れつつもスゴイと感じてしまう自分に半笑いを浮かべる所まで行ってから、カオスなタイトルの中にちゃっかり本題が紛れていること、そしてその本題によって光秀の表情が凍りつく。


「そうなのですにゃ、恋バナですにゃ、女子の修学旅行の夜のお楽しみと言えばこれですにゃ…にゅふ…ふにゅにゅにゅにゅ…逃がさないにゃ、藍、蛍、祭!」


ただでさえ変な笑い方を更に悪化させて煌がジリジリと光秀の方へと迫ってくる。

それに感化されたのか他の3人も目をギラつかせながら迫ってくる。


「ゴメンね光羽ちゃん。蛍も眠いけど委員長には逆らえない…」


「秀夏ちゃんのプニプニな体触りたいけど寝ちゃってるから光羽ちゃんの身体触らせてぇ…」


「蛍の言う通りや…アタシも委員長には逆らえへんねん。じゃけど恨まんといてな…」


「煌殿、学級委員長だからって職権濫用ですよ!というか藍殿だけやる気満々ですよね⁉︎」


「ふにゅにゅにゅにゅ…バレなきゃ犯罪ではにゃいのだよ明智くん…さぁ皆の衆、やーっておしまい!」


「それ多分違う明智…ひッ…キャアァァァァッ‼︎」


夜の東京に光秀の悲鳴が響き渡るのだった。



「まぁ…その…何と言いますか…色々ありまして…それよりもなぜ煌殿のような人が委員長なんでしょうか…しかもまだ2年になったばかりだというのに…」


どことなく遠い目をしながらあの女帝のような変態もとい委員長がなぜあの座に君臨しているかが光秀には到底理解できなかった。


「煌?あぁ、委員長の事か。光秀が知らないのも無理はないか、アイツああ見えて超がつく程の天才なんだぞ?」


「超がつく程の変態じゃなくてですか?」


珍しく自分たち以外の人に毒を吐いた光秀に信也は少し驚くが、乾いた笑いを浮かべていた彼女から何となく部屋での出来事が想像できて表情を引き攣らせて苦笑する。


「とにかく、アイツの学力は学年一位どころか全国でもトップクラス、それに運動神経抜群だし。あんな性格とキャラだけど周囲の生徒だけじゃなく教師からも人望はめちゃくちゃ厚いし、立候補さえすれば今年の生徒会長にはほぼ100%彼女に票が入って当選するって言われてるくらいだ」


「何ですかそのチート性能は…まさに天才は変人と呼ばれるということを地でいく人ですね」


「とうとう委員長の魔の手が光秀にまで伸びたか…どうやって切り抜けたんだ、アイツから逃げるなんて簡単じゃなかっただろ?」


「恐らく私と一緒に信也殿の夜這いをしようと持ちかけに来たのでしょう、たまたま部屋に来た道三殿を投げつけて逃げてきました。今頃彼女たちの毒牙にかけられて…想像するだけで恐ろしい」


「何それ、主に前半の部分が何かおかしくない?不穏すぎるんですけど」


こうやって光秀と話していた信也は、ふと彼女と2人きりで会話するなど初めてではないかと思った。

いつも光秀と一緒にいる秀吉(ひでよし)や何かと自分につきまとう道三(どうさん)、意外と心配性な衣智(いち)や天然な元親(もとちか)たちの姿が無いことに微妙に違和感を感じていることに苦笑しながら彼女の隣に腰を下ろした。

だが、2人きりというのが頭に(よぎ)ったせいで急に緊張してしまい顔が熱くなる信也。

何とか話そうとすると変に上擦った声で話題を持ちかけてしまう。


「そっ…それで話は変わるが、相談ってのはやっぱりさっきのアレだよな!?」


「…信也殿いかが致しましたか?」


「いっ…いや、飲み物が詰まっただけだから!」


「そうですか…はい、夕刻(ゆうこく)に会った輝虎(てるとら)と呼ばれていたあの女の子と赤い髪の少年のことです」


その声に光秀が目を丸くして彼の方を見るが、変な声が出たことでさらに恥ずかしさで顔の赤くなってしまった信也は思わずそっぽを向いてしまうが、話題が話題なだけに光秀もそれ以上は追求しようとはせず、真剣な表情に切り替えて答える。

夕方出会った2人。

信也の頭に真っ先に浮かんだのは、自分が織田と名乗った瞬間の2人の明らかに仇を見るような冷たい視線と表情だった。

それが光秀が信也を呼び出した理由であり、彼の頭の中に引っかかっていたものである。


「まさかとは思うが…アイツらも転生者(リバイバー)なのか?」


「確実にそうだと断言は出来ませんが、可能性的には考えておいて良いかと…」


輝虎と呼ばれた少女と赤髪の少年、その2人が敵かもしれないというだけで信也は小さく息を飲んだ。

それに先立って思い起こされたのは、1週間ほど前に起きた彼と彼の担任教師であった北条(ほうじょう) 氏音(しおん)との熾烈な戦いだった。

その時には信也が未熟だったこともあり、殆ど一方的に攻撃され、彼の幼馴染である長宗我部(ちょうそかべ) 元親(もとちか)が乱入してこなければ今頃こうして全員無事に揃って修学旅行には来ることはできなかったであろう。

そんな自身の不甲斐なさからか、氏音との戦闘の翌日から元親や彼女の従者であり、信也のボディーガードである玄野(くろの) 衣智(いち)に戦い方を基礎からレクチャーしてもらっていた。


「でも今の俺じゃあの2人には勝てないと思う…俺を睨んだ瞬間のアイツらの殺気、素人の俺でも分かるくらい冷たかった…多分既に何度か戦いを経験してる…」


「あ…そのですね信也殿…」


「おーいそこのお前らもう消灯時間だぞー早く部屋に戻って寝なさい」


そう言って唇を噛む信也を見た光秀は話題を変えようと声を掛けるが、タイミング悪く見回りの合間で飲み物を買いに来ていたのであろう、手にペットボトルを持った教師に見つかってしまい、部屋に戻らなければなくなってしまった。


「もうそんな時間になっちまったのかよ。しゃーねえな、光秀行こうぜ部屋の前まで送るよ」


「そんな、申し訳ないです…あ…」


信也の唐突な提案に断ろうとする光秀だったが、いきなり信也が手を繋いできたため頬を赤く染めて何も言えなくなってしまった。


「なあ、光羽」


「はっ…はいっ⁉︎」


光秀の部屋のある階までの階段の途中で、信也は唐突に彼女を真名で呼んだ。

思わぬ奇襲に、ヤカンを頭に置いたら沸騰してしまうのではないかというほど一瞬で耳まで真っ赤にして妙に甲高い声で返事をしてしまう。


「もしあの輝虎って子と戦うことになっても今度こそお前たちを傷つけさせたりしないから。絶対に守ってやるから」


「信也殿…本当に貴方はバカですね…配下の為に(あるじ)自ら身を投げ出す必要など無いとあれ程に申しましたのに」


そしてふと踊り場の途中で立ち止まった信也は光秀の方へと振り返ると、彼女の目を真っ直ぐ見つめながら決意を宿した瞳でそう告げた。

その言葉に僅かに瞳を潤ませる光秀だったが、すぐに悲しそうな微笑みで彼の決意に対する返答を出した。

そこからはというもの2人とも黙り込んでしまい黙々と階段を登るだけになってしまった。


「わざわざありがとうございました…信也殿…」


「いや、遅くなった俺が悪かったしな、ところで光秀、さっきロビーで何か言おうとしてなかったか?」


女子と男子の階は別々になっており、女子の階の踊り場まで光秀を送った信也は頬を染めながら礼をする光秀に手を振りながら先ほど中断されてしまった光秀の言葉の続きを尋ねる。


「えっ…いや、何でもないんです…おやすみなさい信也殿…」


「おっ…おう、おやすみ光秀」


少し頬が赤いままの光秀を見て信也も思わず息を呑むが、その表情を隠すように彼女は階段を駆け上がっていってしまった。

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