旅行は、波乱のはじまり。⑴
「ふぃー…新幹線の中ってずっと同じ格好だから身体が痛え…」
そう言って赤レンガの駅舎で有名な東京駅、その新幹線のホームで、顔にかかった少し長く黒い前髪を掻き上げてから、軽く伸びをして新幹線に長時間乗っていたことで凝り固まった身体を解すのは、織田 信長の遠い子孫、織田 信也である。
愛知のとある街に住む信也がなぜ東京にいるのかというと。
「ここが…東京ですか…生まれて初めてきました…それにしても信長殿の高校は修学旅行の時期が随分と早いんですね」
「秀吉も初めての東京だよー!わー大っきいビルがいっぱいだー!」
そう、学生の内でしか経験出来ないイベントの一つ、修学旅行である。
そして信也の両隣に現れたのは、漆黒の闇夜の様な長い黒髪と切れ長の目、端整な顔立ちの小柄な少女で明智 光秀の子孫の明智 光羽と、彼女と対照的な太陽のように光り輝く金髪を結い上げ、信也たちと同い年ながらも幼い顔立ちでありながら出るとこは出ているというアンバランスさが特徴の少女、豊臣 秀吉の子孫である豊臣 秀夏がキョロキョロと辺りを眺めながら目をキラキラと輝かせる。
「お前ら、あんまりキョロキョロしてると田舎者だと思われるぞ」
2人の様子に信也は苦笑しながら落ち着かせようと諭す。
すると、彼の背後から更に声が聞こえてくる。
「ふぉぉぉぉ…ここがかつて江戸と呼ばれた日本の首都、東京…マスター、私これまで無いほど緊張してます!」
「ノブちゃん、酷いなぁ…僕に黙って修学旅行に行っちゃうなんて。衣智が教えてくれなかったら今頃は僕たちだけでお留守番だったじゃないか」
「うぉぉぉぉあ⁉衣智とそれにチカまで、何でここにいるんだよ!」
薄紅色のショートヘアで、クリクリっとした大きな緋色の瞳が印象的な少女、信也の幼馴染で長宗我部 元親の子孫、長宗我部 千華と、彼女の父親が社長として勤めている長宗我部重工によって作られた人造人間の玄野 衣智が突然、信也の背後に現れる。
信也たちの通う、私立 泉蘭高校の生徒ではない2人の、ましてや背後からの登場に思わず素っ頓狂な声を上げて前につんのめりながら転んでしまう信也。
慌てて振り返ると、そこには泉蘭の制服に身を包んだ2人がコケた信也を見下ろしてクスクスと笑っていた。
その2人の姿にキョトンとする信也に千華が彼の疑問に先回りで答える。
「その顔は何で僕たちがこの制服を着ているのかって表情だね。簡単なことさ、衣智にノブちゃんたちが修学旅行で4日も留守にするって言うから、急いで衣智も一緒に編入手続きしたのさ」
そう言いながら、決して簡単ではないことをサラッと言ってのける根っからのお嬢様な千華に信也は呆れて物も言えなくなるのであった。
そして、新たな美少女2人を仲間に加えた信也一行は…いや、正確には信也1人が、クラスだけでなく学年全体から、美少女を集めてハーレムを作ろうとしている敵として嫉妬と怨恨の念に苛まれるのであった。
それから少し東京を観光…もとい社会科見学をし、信也たちがこれから4日間宿泊するホテルのロビーで、彼らの学年が全員集合したところで学年主任から自由行動に関する注意事項が告げられた。
「えー、では荷物はここにまとめておいてこれから自由行動になるが、注意事項を述べておく。まずは、時間通りに戻ってくること、それを破った場合は明日以降の自由行動を無くすからな。2つ目は、他にも修学旅行に来ている学校があるかもしれないから、くれぐれも問題は起こさないように。最後に、危険な場所、あまり遠くまで行かないように、先生たちが君たちを信用している上での自由行動であることを各々自覚するように。では解散」
学年主任の説明中、信也はチラリと引率の教師の列を見る。
そこには彼の担任で、北条 氏政の子孫であった北条 氏音がいるはずだったのだが、一週間前、信也と死闘を繰り広げた後、姿を消してしまい、その消息を絶ってしまっていた。
今、彼女のいるべきはずだった場所には代わりの教師が立っていた。
そしてようやく学年主任の話が終わり、生徒たちは思い思いのグループを作り始める。
泉蘭高校の修学旅行は自由時間に関しては完全自主制で、グループや行き先まで個々に任せるという形をとっている。
「ダーリン、ようやく見つけたワァ…新幹線も車両が別々だったからワタシ寂しくて死んじゃうかと思ったのヨォ?…って、何か増えてる…ダーリンのスケコマシ…」
その時、銀髪のロングヘアーをワンサイドで編み、透き通るような青い瞳の少女、斎藤 道三の子孫で信也の隣のクラスの秀才美人、斎藤 道由紀がようやく信也を見つけたらしい様子で合流してきた。
しかし、いつもの光秀と秀吉の2人に加えて見慣れない2人がいるのを見て、信也に冷たい視線を送った。
「これがスカイツリー…大きいです…信也殿、登りましょう!」
「ほえー…ここが秋葉原なんだね。人がいっぱいだー!あ、信長様ー、メイド喫茶があるよー、メイドさんメイドさん!」
「ダーリン、光秀ちゃんはほっといてアタシとお台場の散策でもしましょウ?」
「マスター!元親お嬢様という許嫁がいるにも関わらず、そのような不埒な行動…許せません!ですが…この大観覧車に2人っきりで乗っていただけるなら容認します…」
「ノブちゃん、僕をほったらかすなんて酷いよ…これはもう、ノブちゃんの奢りで高級フレンチだね!」
「おーい…みんな少しは俺の財布を気にしてくれー…」
それから東京散策に繰り出した信也たちは、様々な所を巡り、それに比例して信也の財布は薄くなっていくのであった。
そして、そんな信也を助けるように時間は進み、気付けば集合時間が迫っていた。
「おーい、みんなついて来てるか?急げ、あと10分しかない!」
「あーお腹いっぱーい…ノブちゃんごちそうさまー!」
「お嬢様、呑気に言ってる場合じゃないですよ⁉︎」
「衣智ちゃん、それって遅刻フラグじゃないかしラァ?」
「信長様!」
「しまった!急ぐぞ!」
「信也殿、前!」
思った以上に時間いっぱいまで東京観光を満喫していた一行だったが既に時間ギリギリだったため、急いでホテルまで走って向かっていた。
そして、後ろを気遣っていた信也も全力で走ろうと正面を向いた時、光秀から掛けられた声にようやく自分の眼前に人がいることに気付くが、その時には避けきれる距離ではなく、信也は目の前の人にぶつかってしまう。
「キャッ⁉︎」
「あっぶねえ!」
ぶつかってしまったのは少女らしく、甲高い声で短く悲鳴を上げる。
だが、信也は咄嗟に少女の手を掴んでなんとか支えた。
「悪い、大丈夫か⁉︎」
「……」
しかし、信也の質問に少女は答えることなくキョロキョロと不安げに何かを探すような仕草で辺りを見回す。
「もしかしてこれですか?」
すると、光秀が先ほど少女が落としたと思われる手帳とペンを拾い上げて差し出す。
その瞬間、少女は目にも留まらぬ速さでそれを光秀からひったくるように受け取ると何かを恐ろしい速さで手帳に書き込み、信也に書いたものを見せつける。
「"人通り多い、走ったら危険"」
そう書かれた文章からも少女が怒っている事を読み取れた。
「ごめん…」
そんな少女の一言に信也は頭を下げる。
そして、顔を上げた信也はようやく少女の容姿に気付いた。
髪は黒に少し藍色が混ざったような色で、ストレートのロングヘアを結ぶことなく下ろし、瞳も黒に藍色が混ざったような淡いブルーの瞳で、その身に纏っているのは、どこかの学校の制服である。
それに、恐らく修学旅行中なのであろう、藍色の大きなキャリーバッグを傍らに置いていた。
「もしかして、君も修学旅行?」
「"そう"」
「他の班のヤツは?」
「"多分、はぐれた"」
「そっか、泊まる場所は分かるか?」
「"ここ"」
信也は少女と会話というか、筆談というかよく分からない不思議なやり取りを繰り返し、宿泊場所を尋ねると少女は修学旅行のしおりを広げて指差す。
それを見た信也たちは何かに気付く。
「ここって…」
「私たちの泊まるホテルですね」
信也同様気付いた光秀が少女に言うと、一瞬彼女の目が希望に輝いたような気がしたが、すぐにまた同じような無気力な目に戻っていた。
「信長様、時間無い!」
「うぉぉぉっ⁉︎しまった!走れみんな!」
しかし、秀吉の声でハッと我に返った信也は少女の手を引き猛ダッシュでホテルに向かうのであった。
「何とか…間に合ったな…」
集合時間ギリギリに到着した信也たちは何とかお咎めもなく、解散になった。
そして信也と光秀と秀吉は、一緒に集合場所に行く訳にはいかないためロビーから少し離れた場所に待機させていた少女と合流する。
「どうだ?知り合いか誰か見つけたか?」
信也の質問に少女は首を横に振って手帳を見せる。
少女の表情は相変わらずの無表情だったが、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。
「"まだ"」
「そうですか…でも、このホテルで間違いない筈ですから待っていれば良いかと…」
「輝虎!」
その時、唐突に少年の声がロビーに響き渡る。
その声に一早く反応した少女は声のする方へと駆け出す。
その様子を信也たちは目で追うと、少女が声の主と思われる少年に抱きついていた。
そして、抱きつかれた赤い瞳で、赤髪を整髪料で逆立てた、いかにも不良な見た目の少年は信也たちの視線に気付くと、目つきを鋭くして近づいてきた。
「おい、お前ら。俺の輝虎に何ちょっかい出してくれてんだ…まぁいい…少しツラ貸せよ」
そして、少年は信也の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
しかし、それを阻止しようとした光秀や秀吉よりも早く少年の手を叩き、止めさせたのはそばにいた少女だった。
彼女はすぐに手帳に何かを書き込むと、少年に突きつける。
「"彼ら、良い人。私、迷子、助けてくれた"」
「すると、こう言うことか?お前が迷子になってて、たまたまコイツらが通りかかって、たまたま同じホテルだったから案内してもらったってことで良いのか?」
あの単語の羅列だけでそこまで読み取れるのは関心ものである。
そして、少年の理解が間違っていないことを肯定するように少女は頷く。
そしてどうやら、危機を脱出したらしい信也は大きくため息をつく。
「そりゃ、お前の恩人に悪いことしたな。すまなかった、コイツってこんな感じで喋らねえだろ?それに顔も良いから、それを良いことに手を出そうとするヤツが多くてな。今回は俺の早とちりだった。本当に申し訳ない」
少年は信也の方に向くと、本当に申し訳なさそうに頭を深々と下げる。
信也も少年が少女を守ろうとして取った行動だったと分かり、少年の頭を上げさせる。
「もう良いよ、アンタが来たから俺たちの仕事ももう終わったしな。もう、はぐれたりすんじゃねーぞ?」
そう言って信也は荷物を取りに踵を返して去っていく。
しかし、赤髪の少年は信也の背中に向けて声をかける。
「待ってくれ、このままじゃ俺の気が済まねー、何か礼をさせてくれ!」
「いーよ、別に見返りとかが欲しかったワケじゃないしな。」
「じゃあ、せめて名前くらい教えてくれ!」
「信也…織田 信也だ。」
そう言って信也が振り返ると、2人の表情は一変して冷たいものに変わっていた。
「そっか…お前が織田か…一応礼は言っておく…」
そう言って少年と少女はあっという間にいなくなってしまう。
そんな2人の様子の変化に、3人は言いようのない不安に駆られるのであった。
「輝虎…ケータイで今すぐ景綱と景家にメールしろ。近いウチに面白えことが起こりそうだってな。つーワケで聞いてたか幸村、そうだ…佐助も呼べ」
「"晴信、嬉しそう。彼、強い?"」
携帯電話で誰かと通話しながらの少年の指示に少女は頷いてペンを走らせる。
そして少女の問いかけに、少年は獰猛な笑みを浮かべる。
「嬉しいに決まってんだろ…何てったって、あの織田 信長だぜ?今度こそ俺がヤツをブチのめす…第六天魔王の喉笛、この甲斐の虎が必ず食い千切ってやる」
そう言って甲斐の虎、武田 信玄こと武田 晴信は声を上げて笑うのであった。




