学校は危険だらけ。(4)
1年前、入学早々クラスメイトと殴り合いにまで発展する大ゲンカを引き起こしてしまった信也は当然のごとくクラスで孤立してしまった。
その結果、教室に居辛くなってしまった信也は登下校以外は屋上で放課後になるまで時間を潰すという形で過ごしていた。
屋上に設置されている貯水タンクの上、そこが信也のお気に入りの場所だった。
そこから見下ろす風景、耳を澄ますと聞こえてくる校庭で体育を行う生徒たちの声。
それを誰にも邪魔されることなく眺めたり、聞いたりすることが信也の屋上での日課になっていた。
いつもと同じ、何一つ変わらない日常…変わり映えのしない風景、音。
しかし、その日だけは違っていた。
「おんやぁ…先客がいると思ったら、うちのクラスの織田…だっけ?こんなところで1人で早弁かぁ?」
「北条…先生…?」
「堅っ苦しいなぁ、ねーちゃん先生でいいよ。みんなそう呼んでるからな」
そこに現れたのは彼の担任。
一瞬、信也を教室に連れ戻しに来たのかと身構えたが、どうやら昼寝をしている間に昼休みを迎えていたようだ。
彼女の手にはコンビニのビニール袋が下げられており、信也には興味が一切無いようで信也の畏まった呼び方に「うへぇ」と舌を出し手をヒラヒラさせながら言った。
「じゃあ…ねーちゃん先生…?」
「なんだ織田?」
「どうしたら友達って出来るんすかねぇ…」
「友達ねぇ…そりゃお前が他人と仲良くしたい気持ちがあるんなら、自ずと出来るんじゃないか?じゃなけりゃ、アタシがお前の友達になってやろうか?もちろん、先生と生徒という関係抜きにしてな」
信也の質問に、微笑みながら彼女は答えた。
これが織田 信也と、北条 氏音、2人の友人としての関係の始まりだった。
この時はまさか彼女と敵対することになるなどと信也は思ってもいなかった。
「早く上がって来いよ、織田ァ!お前の天下統一の夢、ここで終わらせてやるよォ!」
そして現在、信也が見上げる先…屋上には高笑いをする北条 氏音こと北条 氏政が立っていた。
すぐそばには衣智との戦闘で気絶させられた後に鎖で拘束されたのであろうグッタリした様子の秀吉と道三が人質として囚われていた。
「先生…いや、氏政…今すぐそこに行ってやるから覚悟しろ!」
そう叫んで、信也は地面を力一杯踏み抜く。
すると、彼の踏み込みに耐えきれなくなった地面に亀裂が入ると共に、信也の身体は天高く跳び上がった。
「敵陣に単騎で突っ込んできた度胸は評価してやる…だが、出直してきな…小太郎ォ!」
信也の跳躍力に驚きを見せる氏政だったが、すぐに叫ぶと同時に彼女と信也の間の空間が裂ける。
そこから現れた忍者のような出で立ちをした男が信也に斬りかかり、予想外の襲撃に反応の遅れた信也の喉元に容赦なく刃が迫る。
「信也殿!」
「マスター!」
だが、信也の従者である黒髪の少女…明智 光秀が男へと銃弾を放って牽制し、その隙を突いて信也をマスターと呼んで従う漆黒のマントを羽織った少女…玄野 衣智が足場もない空中で器用に体を捻りながら男に蹴りを浴びせ、そのまま校庭へと弾き飛ばすと2人は校舎の壁を足場にして男の後を追った。
「彼は私たちが引き受けます!」
「マスターは氏政を!」
「チッ…小太郎、遊んでやれ。織田はアタシが殺る」
氏政は2人の少女からの妨害を受けた小太郎と呼ぶ男と、無事に屋上に跳び移った信也を見て軽く舌打ちをしながら男に指示を飛ばした。
そして両腕を広げながら信也を迎え入れた。
「さぁ、始めようぜ織田。邪魔なんて無粋なもんは無しのアタシとお前の個人授業を」
そう言って氏政は微笑んだ。
その顔は、これから命のやり取りをするとは思えない様な穏やかな笑み。
そして奇しくもそれは、屋上で彼女が信也に最初に1対1で話した時に見せた微笑みによく似ていた。
「衣智殿この御仁、只者ではないかと」
「当たり前です、彼は…かの有名な伝説の忍…風魔 小太郎ですよ。今回も北条家ですか…」
「それは…油断したら、あっという間に頭と首がおさらばですね」
今だにパトカーが炎上する校庭にて、男と対峙した2人。
そして、光秀は衣智から男の正体を知らされると更に警戒を強める。
風魔も相手が少女2人とはいえ油断はしないように隙のない構えを見せる。
「小娘共、貴殿らに恨みはないが他でもない御嬢の命令だ、斬らせてもらおう。断首刀」
そう言うと風魔は身の丈程もある刀を抜く。
対して光秀と衣智は双銃とナイフを構えてお互いに間合いを測るようにジリジリと摺り足で横移動する。
訪れる静寂、燃え盛る瓦礫と化したパトカーが崩れ落ちる。
ガラガラという音を皮切りに、互いに詰め寄る衣智と風魔。
両者の剣撃が火花を散らしてぶつかり合う。
「光秀さん!」
ぶつかり合いながら衣智が叫ぶと、跳び上がっていた光秀が銃弾の雨を風魔に向けて放つ。
その全てが的確にそして無慈悲に風魔の急所を狙って飛ぶ。
「甘い」
当然一筋縄では行かず、風魔は空いている左手で懐から短刀を引き抜くと、クルクルと回転させ銃弾を弾き落とした。
かなりの弾数を彼に向け放っていた光秀も全て弾き落とされたとあって風魔の名は伊達ではないと再認識させられ舌を巻くしかなかった。
「やっぱり、この程度の小細工では到底通用などしそうにありませんね」
光秀の言葉に、鍔迫り合いから態勢を整えるために飛び退いてきた衣智が頷く。
彼女も風魔に負けない技量を有しているが、体格差は容易に埋めることは叶わず肩で息をしていた。
「流石それでこそ伝説の忍、風魔 小太郎。こちらも本気で行かせてもらいますよ」
そう言って、衣智はバイザーを取り出すと頭に装着する。
これは様々なデータを記録し、相手の癖や攻撃パターンを分析して最善策を導き出してくれる優れものらしく、同じく長宗我部重工の試験品らしい。
敵であるはずの織田にどうしてここまでしてくれるのか長宗我部の真意は計り知れず疑問も尽きないが、協力してくれるのならば喜んで受け取るべきだと光秀は判断した。
「危険度SS、風魔 小太郎との戦闘を開始します。記録開始」
校庭の方から聞こえる刃の交わる音に氏政は楽しそうな声色で耳に着けたピアス型の戦石を露わにする。
「始まったみてーだな。そんじゃ、アタシ達も始めっかー」
そう言った氏音の戦石が輝くと、長大な槍が現れて彼女の手に収まった。
「北条 氏政が槍捌き…存分に味わうといい」
そんな氏音に信也はこの争いを辞めるように彼女に良心が残っていることを信じて心に訴えかける。
「ねーちゃん先生、もう辞めよう…これ以上やったところで誰も得なんてしない…。だから…「かーっ…これだからテメェみたいな甘ちゃんは嫌いなんだよ。得がねぇ?バカ言うんじゃねーよ、お前を潰せばアタシはまた一歩、天下人へ近づく。そしたらこの国はアタシの思うが侭、そんな最高の娯楽をみすみす手放すワケねーだろ」
しかし、氏音は信也の訴えすら遮って不気味にそして、楽しそうな笑みを浮かべる。
そんな氏音の残酷なまでの変貌から目を背けるように信也は目を伏せて尋ねる。
「最後に聞かせてくれ…アンタはその考えを改める事は無いのか…?」
「当たり前だ、アタシは…アタシを拒絶しようとしたこの国を支配する…その為にならアタシは何だってする。例えそれが大切な教え子を殺すことになったとしてもだ」
信也の最後の質問に答えた氏音は、一瞬だけ信也も初めて見るような悲哀に満ちた表情を浮かべたが、すぐに表情を変えると自身に過った雑念を振り払うかのように長槍を振り回す。
「そうか…だったら俺は、全力でアンタを止める。どんなに傷付いてボロボロになっても…手足を捥がれても…命ある限り、俺はアンタの前に立ちはだかる。それが先生の教え子である俺が出来る最大級の恩返しだ」
「やれるもんなら、殺ってみやがれ!」
そして氏音の振り下ろした槍、それを受け止める信也の大剣が爆発音にも似た轟音を轟かせ校舎全体を揺らした。
「お嬢の方も始まったようだな…大丈夫か小娘ども。もう既に息が上がっているようだが?」
そして場面は戻り、校庭で刃を交える風魔 小太郎と光秀と衣智だったが小太郎の言うように彼女たちは肩で息をしており疲労の色が濃かった。
「主らの技量、決して悪くはないが少々相手が悪かった様だな」
「光秀…さん…何か打開策は無いのでしょうか…?」
衣智は息を整えながら光秀に尋ねる、しかし光秀は首を軽く横に振りながら答える。
「無いワケでは…はぁっ…ないのですが、成功率が低…過ぎます…一歩間違えれば…私たち両方とも再起不能になる可能性が…「やりましょう…成功率がゼロではない以上、試す価値は充分です…ですが…試さなければ結果は…」
だが、衣智は一縷の望みをかけて、光秀の作戦を実行しようと彼女に尋ねようとするが、風魔がそれを許さない。
「戦にのんびり会話する暇があるとでも思っているのか!」
「くっ…光秀さん!」
「時間もなさそうですし…やるしかなさそうですね…衣智殿、下方35度、十時の方向にナイフを!」
「承知!」
光秀の指示で衣智は風魔がいる位置とは全く違う、明後日の方向にナイフを投げ放つ。
「はっ!」
そして、風魔の攻撃によって徐々に追い詰められて行く二人、その間にも衣智は見当違いの方向へナイフを投げ放ち続け、光秀は衣智を守り、ナイフを投げる方向を指示しつつ、彼に間合いを詰められぬよう双銃で必死に牽制する。
「次、二時の方向、下方20度…くっ…そのまま半回転、同じ角度に!」
「ラスト、五時の方向、上方78度に!」
「はい!」
「隙だらけだぞ!」
そして、背後がガラ空きとなった衣智に風魔の攻撃が迫る。
それを迎撃しようと双銃を構える光秀だったが…
「ぐっ…。」
突如、右腕を襲った激痛に思わず銃を取り落して蹲ってしまう。
数週間前、今でこそ味方となっているが、当初は敵だった斎藤 道三によって左腕を折られたが、驚異的な回復力を発揮して、ものの一週間でギプスが外れるまでになったが、衣智と風魔 小太郎との連戦により、治りきっていない腕を酷使しすぎたせいでとうとう限界が来てしまったのだ。
「大丈夫ですか⁉︎」
光秀の異変に気付いた衣智が彼女の元へ駆け寄る。
しかし、そんな無防備な2人にも風魔は無慈悲にも刃を振り下ろす。
流石の衣智もそれには対応できず目前に迫った刃を目で追う事しかできない。
「しまっ…」
次の瞬間、ザシュッという音と共に深紅の血が舞い上がった。
しかし、衣智に襲ってくるべき痛みはいつまで経ってもやってこない。
「そんな…私を庇って…光秀さん!」
それもそのはず、風魔の凶刃に倒れたのは衣智を庇った光秀だったからである。




