居候は平穏を壊す。(1)
初めまして煉獄と申します。
このサイトでの初投稿作品となります。
まだまだ未熟者の身ですが精一杯面白くて次が読みたいという気持ちにさせる作品にしたいと思います。
よろしくお願いします。
「信長さまーお腹空きましたー」
コツンコツンというスプーンとフォークをテーブルに小突かせる軽快な金属音を立てているのは食事用のテーブルに張り付いて食事を今か今かと待ちわびている少女。
「秀吉殿、少しは信長殿を手伝うという発想にはならないのですか?あぁ、やはりサルだから脳みそも獣レベルなんですか?…そうですね、貴女に手伝わせようとした私が馬鹿でした。それはそうと信長殿、何か手伝うことはありませんでしょうか?」
「うきゅ…みっつん酷い…」
秀吉と呼んだ少女に一息の間に無数の罵詈雑言を浴びせた毒舌少女の名前は、明智 光秀。
夜の闇のように黒い髪を束ねることなく下ろし、その合間から覗く切れ長の瞳も髪と同じ黒。
小柄に見合うスレンダーさで、普段は大人しいが1度スイッチが入ると機関銃のような毒舌で相手の心を容赦無くへし折る欠点がある彼女だが、根は優しく気配りの出来る才女である。
一方そんな彼女に毒舌マシンガンの集中砲火を浴びせられている少女の名は豊臣 秀吉。
明るい性格が印象的な少女で、そんな彼女の茶髪は後ろで束ねられポニーテールになっている。
彼女が「まだかなー、まだかなー」と期待に胸を膨らませて頭を揺らす度にピコピコと跳ねていた。
何よりも特徴的なのは言動の幼さに反比例している出るとこだけが出たスタイル抜群のボディ。
この体格の差がありながら光秀と秀吉は同い年だと言うから驚きである。
「じゃあ、光秀は皿を出してくれ」
「心得ました」
キッチンに立ち料理を作りながら光秀に食器を出すように指示している少年、彼の名前は織田 信也。
至って普通の高校二年生である。
そんな普通の一般人であるはずの信也がなぜ、こんな美少女たちと同居しているのか…。
そもそも、何故彼女たちは戦国武将と同じ名前なのかと言うと…。
「秀吉殿、いくら信長殿の料理が美味しいからといって待つだけなのはどうかと思いますが?あぁサルには、働かざるもの食うべからず。という諺も分かるはずがありませんでした。そうやって働かず、食べるだけ食べてどんどん太って見る影も無くなってしまえばいいんですよ、つーか少しは太って下さい、ボンキュッボンがボンボンボンになればいい」
「うっきゅー!もー怒ったもんね!いくらみっつんでもここまで言われたら秀吉でも黙ってないもんね!」
普通の人間ならば、最初の毒舌で激怒しそうなものであるがマイペースな秀吉はここまで言われて漸く堪忍袋の尾が切れたのか、どこからともなく取り出した鉤爪を両腕に装着して光秀に飛び掛かる。
床を踏み抜かんばかりに蹴り、人間とは思えないほどの跳躍力を見せて一瞬で光秀との距離を詰めた。
「チッ…少しキツめのお灸を据えた方が良さそうですね」
光秀も秀吉のタダ飯食いにとうとう嫌気が挿したのか、苛立たしげに舌打ちするとどこからか取り出した紫色の双銃を秀吉に向けると彼女を迎え撃つべく床を蹴って、こちらも小柄な少女のものは思えぬ跳躍をする。
「転生者同士で喧嘩すんな!家が壊れる…」
信也が悲痛な叫びを上げたのと、ドカーンッという凄まじい爆発音と共に、信也の家の一階の壁が一部吹き飛んだのは殆ど同時。
爆発に巻き込まれて爆風に吹き飛ばされる中、信也は数日前に彼女たちに出会ってしまったある意味不幸の始まりとも呼べる時のことを思い出しながら意識を手放した。
時は遡り3日前…
「今日も疲れた…つか、ねーちゃん先生どんだけ仕事溜め込んでたんだよ…」
信也は学校からの帰り道、夕食の為に買い込んだスーパーのビニール袋を手に下げながら夕日を背に歩いていた。
「今日の晩飯は、肉と野菜の炒め物と白米…それと…」
信也は、フフフ…と笑いビニール袋からドライアイスの詰まった袋を取り出す。
それは彼にとって今夜の主役とも呼べる…
「今日のデザートには奮発しちゃったからな…週に一つしか買えないダーゲンハッツ。先週分をガマンしたことで…2つも買ったんだぜ!」
ババーンッと誰に見せるわけでもないのにアイスの入った袋を天高く掲げて高らかに言い放ちドヤ顔する信也。
「いっけね…早くもヨダレが…」
ハッと我に返ると、涎でたっぷりと潤った口元を拭った信也はふと、自分の目の前に人の気配を感じて視線を戻す。
「ん?」
「みっつん……この人…?」
「えぇ……違い……ません。彼が……殿のようです」
そこには小柄な少女と長身の女性が信也をチラチラと横目で見ながらヒソヒソと話し合っていた。
少女たちは小声で話し合っているので、僅かに距離のある信也の耳に入ってきたのは会話の断片的な部分で結局何の事なのかサッパリ分からなかったのだが、信也のその疑問もすぐに解消された。
「信長さまー!」
突然、綺麗な金髪の女性が信也に飛びついてきたからである。
突然の出来事に心臓を高鳴らせる信也。
しかし、彼女の口から出た名前に少し考え込んで首を傾げた。
「って…俺、信長って名前じゃねーし…人違いだぜ?」
すぐに別人の名前であることに気付き、少しガッカリしながら答えた。
「いいえ、貴方は織田 信長殿の転生者なんです」
先程、金髪の女性に「みっつん」と呼ばれていた少女が初めて、信也に対して口を開く。
聞きなれない単語に疑問が止まらず聞き返してしまう信也。
「転生者?」
「聞いたことないですかー?最近、転生者って呼ばれてる人たちのこと」
今だに首にぶら下がる金髪の女性が可愛らしく首を傾げながら、信也に問いかけてくる。
その様子に思わず鼻の下が伸びそうになってしまう信也だったが慌てて煩悩を振り払うように首をブンブンと振る。
「かわっ…じゃなくて、それなら聞いたことあるな。ニュースとかで最近取り上げられてる…」
「はい、貴方がまさにそれです」
「秀吉たちは信長さまの為に会いに来たんだよー」
「あ、自己紹介がまだでした。私は明智家の転生者、明智 光秀…真名は光羽と申します」
「秀吉は、豊臣家の転生者…豊臣 秀吉こと、秀夏だよー」
「俺は…って必要ないか」
グーギュルルルルッ…。
そんななか、いきなり唸り声のような大きな音が信也の耳に届いた。
何かとキョロキョロ辺りを見回した彼の視界に映ったのはお腹を押さえながらへたり込む秀吉だった。
「お腹…空いたなぁ…」
「ここに辿り着くまでほとんど飲まず食わずでしたからね。流石の秀吉殿も限界のようです」
「はぁ…とりあえず、ウチ…来るか?」
これが彼と光秀、秀吉の出会いであると共に、平穏との別れの日だった。
そして現在に至る。
「お腹いっぱーい。信長さまのご飯はいつも美味しいねぇ」
「今回は秀吉殿の意見に同意します。信長殿の料理は私たちが食べてきた中で最高クラスに美味しいです」
「褒めたところで、吹っ飛んだ壁のことはチャラにはしないからな…ちゃんと後で修理やっとけよ」
幾分か風通しの良くなったリビングで信也たちはさっきの爆発でダメになった夕食を冷蔵庫の中にあった余り物で作り直し、それも食べ終えて、ひと段落ついていた。
「ところで聞きそびれてたけど、転生者って厳密に普通の人間とどう違うんだ?」
「信長殿、その質問、遅すぎるくらいです」
「うぐっ…だってここ数日間お前らの身の回りの世話してたら聞きそびれちまってたんだよ。ましてや毎日のようにお前らケンカするんだからよ」
「それに関しては返す言葉もありません…コホンッ、それでは僭越ながら私が説明をさせていただきます。転生者とは文字通り、祖先の魂が転生したものがその身に宿った人間のことです。そして、転生者には特殊な力が備わると言われています。秀吉殿には常人離れした身体能力、私にはズバ抜けた知能、とそれは転生者によって異なります」
「今分かってる転生者は駿河の今川 義元さん、甲斐の武田 信玄さん、越後の上杉 謙信さん、奥州の伊達 政宗さん、有名どころはこんなものですよー。しかも、それに誘発されてか何かは知らないけど彼らの配下武将たちも続々と転生してるみたいですー」
「何で俺が転生者って分かったんだ…?」
信也は疑問に思ったことを聞く。
その疑問に答えた光秀はシャツの襟口に手を突っ込みゴソゴソと何か探すような仕草を見せて取り出したのは首に掛けた小さな紫色の石。
「それはこれのお陰ですよ」
「これは?」
「戦石と言って、私たち配下武将が主となる人物に反応して強く輝く不思議な石です。因みに輝きの原理は私にも分からないんです」
「信長さまも見たことないですー?こんな石、誰かからか貰ったとか」
「あ…」
信也は思い当たる節があるのか小さく呟くと慌ただしく2階へと上がって行き、戻って来た彼の手には小さな箱を握り締められていた。
「何で今まで忘れてたんだろ。これ、半年前に親父とお袋が海外赴任に行く前に俺に預けてったんだ」
その箱を開けると、光秀の持つ石に良く似た黒色の石が入っていた。
「それが信長殿の戦石ですか」
「戦石は転生者を探すだけじゃなくて、転生者同士の決闘「一騎打ち」の時には転生者を護る装備、戦装を顕現させるための必須アイテムなんですよー」
「ですから、信長殿これからはその戦石を肌身離さず持っていてください。貴方の進む道、その戦石が必ず示してくれるでしょう」
そう言って、光秀は微笑んだ。
これが、信也がさっきまですぐそこにあった筈の日常へ完全に別れを告げた瞬間であることに気付くのはもう少し先の話である。