03 手紙
間が空いてしまいました
「ありがとうございましたー」女性店員が挨拶をしてくれる。何とかやりくりできた。袋の中には、チョコサブレとんまい棒が2本入っている。セールで本当に助かった。カフェから出る前に降り始めた雨は少し本降りになってきた。ヘッドライトに反射する雨粒の量がすごい。ここから家までそれなりにあるが頑張って歩いて家に帰る。途中で実聡から聞いた事は少しだけ頭に頭に浮かんだ。
「運命…」ぼそっと呟いてみる。さっきの話を思い出す。何とも現実味に欠ける話だった。幸いに考える時間はないわけじゃない。話の内容を整理してみる。色々な考えを巡らせ見たがどうもピンとこない。打つい向きながら歩いていたのか、前方から自転車のベルの音がした。あわててよける銀瀬。自転車の主は女性で彼女は冷ややかな目で銀瀬を一瞥すると発車しだした。すれ違いざまその人は小さな声で呟いた“Fatum est determinata”相手はイヤホンをつけていたので、何かの歌詞かと思い、彼は気にせずに帰路を急ぐ。
ようやくマンションの下に着いた。鍵を取り出しオートロックのマンション玄関を開ける。ポストを確認する。中には何通か郵便物が入っていた。その中にひどく目につく手紙が2通ほどあった。真っ黒い封筒と、光沢のある銀でコーティングされた封筒である。どちらとも消印や差出人の名前がなかった。とりあえずそれらを菓子の袋へ入れる。そして、そこから階段へ。部活に属してない銀瀬は普段の運動だけはするように心がけている。特に意味はない。6階分を上がり廊下の突き当たりの手前にある606号室のまえに立ちカギを開ける。
「ただいまー」
銀瀬はドアを開けた。
なぜか返事がない。
「ただいまー」
もう一度声に出して見るが、返事がない。妹が家に居るはずなのに。
奇妙なことにリビングへのドアが閉まっている。いつもは大々的に開け放たれているドアが。
なんとなく不思議に思いつつも、銀瀬はリビングへのドアに手をかけた。そして、左にスライドさせる。
白色蛍光灯が照らすリビングにいたのはヘッドフォンをつけてエアコンをガンガンにかけてる美由佳だった。気配で兄を察したのか、ゆっくりとスローモーションのように振りかえる。そこには、凍りついた笑みが張り付いていた。笑顔のままゆったりとした動作でエアコンの電源を切り、窓という窓すべてを全開にした。冷気を逃がすには完璧な判断だ。そして窓際から風のような速さで土下座をしに来た。二人の間に沈黙が下りる。しばらくその状態をキープさせた美由佳が顔を上げ、すがるような目で見てきた。銀瀬にそういう趣味はない。なので、どうもこう言うシチュエーションになると優しさが働いてしまう。しばらく考える。
「じゃああれな、風呂掃除これからよろしく」それを聞いた瞬間美由佳はものすごくめんどくさそうな顔をした。だがすぐに安堵した表情に変わった。そして銀瀬の脇をすり抜け風呂場に行った。銀瀬は食卓に袋を置き、中から手紙類を出した。水道料金と、光熱費の知らせ、まではいいがやはり2枚の封筒が気になる。赤い封筒のほうを手にとって透かしてみる。しかし中身は見えない。あきらめて制服のズボンの尻ポケットに入れとく。続いて黒い封筒に手を取ろうとした。するとその黒い封筒は封がきられていた。銀瀬には開けた覚えがないので、妹に聞きに行った。
「おーい美由佳、お前もしかして手紙勝手に開けたかー?」妹に聞くが、開けてはないという。銀瀬は不思議に思った。が、母親から「ご飯を作っておいて」というメールを見てすっかりと忘れてしまった。鋼野家では母親が働いているので晩飯は妹と二人で食べる事が多い。今日は、あんな事があったせいであまり会話が弾まない。というか会話が発生しない。銀瀬は自室に戻り勉学に励む。美由佳はリビングでテレビを見ている。しばらくして、母親が帰ってくる。家に上がり込む瞬間までは、ビシッとスーツを着こなし、アップに上げた髪や、きりりとした口元はバリバリのキャリアウーマンを思わせる。だが、リビングに入ると、鞄を放り出し、光の速さでジャージに着替え、髪をかきむしる。さながら自宅で警備をしている方だ。この天と地、いやオゾン層とマントル程の差はまさに神の妙技といえる。その後も銀瀬の作った晩飯を女性らしからぬ勢いでガツガツと食べる。銀瀬としてはおいしそうに食べてくれるのは嬉しいのだが、後片付けも銀瀬がやるのでもう少しきれいに食べともらいたいと思っている。その後3人が順に風呂に入り、各自で時間を潰し、一斉に同じ部屋で就寝する。これが鋼野家の平均的な一日だ。
そろそろ寝そうなまどろみをしていた時、銀瀬の母が思い出したように言った。
「そういえば明日は早めに帰れるよううになったから久々の私のご飯に期待しなさい」眠気が吹っ飛びかけるほどのオソロシイ言葉だった。これはフラグがたったと思われる。丁重に断ろうとした時、彼の母や既に小さな鼾をかいて寝ていた。妹はとっくのとうに寝ている。銀瀬は、リビングの窓閉めたかな?、と思いいたり二人を起こさないように静かに窓を閉めに行った。